第27話「東京のレーベルが来る?」
凱との和解から一週間が経った。
夜叉羅刻の音は明らかに変わっていた、纏まりが出たというか、締まっているという。
(なんかそういうのあるよね、人間関係から来るやつ。)
ZEROは満足そうだった。「ええ感じや」と練習のたびに言った。ZEROが満足するのは珍しかった。
JUNEもいつもより伸び伸びしていた。DEADは相変わらず無口だったけど、叩く時の表情がなんとなく明るかった。
(このバンド、ちゃんと成長してるな。)
そう思える日々が続いていた。
そんなある日、CLUB NOVAでライブが終わった後、店長が俺たちを呼んだ。
「ちょっと話があるんやが」
五人で店長の事務所に入った。狭い部屋に、五人と店長で六人。空気がいっぱいだった。
店長は腕を組んでいた。
「来月、東京のインディーズレーベルの人が大阪に来る」
全員が黙った。
「うちの店にも顔出すらしい。ライブ見て、面白いバンドがおったら声かけるって言うとった」
「うちらのこと、知ってるんですか」と俺が聞いた。
「いや、まだ知らん。でもうちで面白いバンドがおるって伝えてある。お前らの名前も出した」
ZEROが少し前のめりになった。
「俺らを見に来るってことですか」
「お前らだけやない。他のバンドも見るやろ。でも、声かけられる可能性はある」
凱が腕を組んだ。
「どこのレーベルなんですか」
店長が一つの名前を口にした。
その瞬間だった。
俺の全身に、また電流が走った。
(あのレーベルや。)
現代で、何度もその名前を聞いた。インディーズシーンを支え続けた伝説のレーベル。あのバンドも、あのバンドも、あそこから世に出た。今は無名でも、これから何十年もかけて日本の音楽史に名を刻むことになるレーベル。
そこの人間が、来月、CLUB NOVAに来る。
俺たちを見るかもしれない。
(どうしよう。)
頭の中がぐるぐるした。
嬉しいのか、緊張してるのか、怖いのか、わからなかった。
ただ、心臓が異常な速さで打っていた。
「蓮、お前なんで黙っとるんや」とZEROが言った。
「あ、いや」と俺は言った。「すごいな、と思って」
「すごいな、で済むか」と凱が言った。「これ、ちゃんとしたチャンスやろ」
「そうですね」とJUNEが言った。「もし声かけられたら、活動の幅が一気に広がりますよね」
DEADは無言だった。でも、何かを考えている顔をしていた。
店長が言った。
「ええか、舞い上がるな。声かけられるとも限らん。それに、声かけられても、安易に契約するな。レーベルにもいろいろある。お前らの人生を左右する話や。慎重に動け」
「はい」と全員が言った。
事務所を出た。
廊下で五人で顔を見合わせた。
「マジか」とZEROが言った。
「マジやな」と俺が言った。
「東京のレーベルやで」
「東京や」
「俺ら、ついに見つかるかもしれん」
ZEROがそう言って、少しだけ笑った。
普段のナルシストの笑いじゃなかった。本気で嬉しそうな、子供みたいな笑いだった。
(こいつもこんな顔するんやな。)
凱だけが浮かない顔をしていた。
「凱、嬉しくないんか」と俺が聞いた。
「嬉しい」と凱は言った。「嬉しいけど、なんか引っかかる」
「何が」
「俺たち、まだ自分たちの音ができてない気がする。今レーベルに見つかって、それでええんかな」
JUNEが頷いた。
「凱の言うことも、わかります」
「焦るな、ってことやな」と俺が言った。
「そういうことや」
ZEROが「まあ、まずは見に来てもらえるかどうかや」と言った。「来月のライブ、全力でやろう」
「ああ」
帰り道、俺は一人で歩いた。
夜風が頬に当たった。
(あのレーベルや。)
頭の中で、現代で見たそのレーベルのドキュメンタリー映像が再生された。
何十年も前、まだ無名だったあのバンドを発掘した瞬間。創業者の人が「あいつらは絶対にでかくなると思った」と語っていたインタビュー。何度も赤字を出しながら、それでもバンドを信じて支え続けた歴史。
その伝説の最初の数ページに、今、俺たちが立っているかもしれない。
(震えるな。)
体が震えていた。
寒さじゃなかった。
ただ、その重みに、震えていた。
(俺、知ってるんや。あのレーベルがこれからどうなるかを。)
知識は、また俺を試そうとしている。
夜叉羅刻が知らないことを、俺だけが知っている。あのレーベルが信頼できる場所だということを。あそこと契約することが、間違いなく未来に繋がることを。
でも、それを言うわけにはいかない。
「あのレーベルは絶対に大丈夫や」なんて言ったら、なんでお前がそんなこと知ってるんやって話になる。
凱は、今でも俺のことを疑っている節がある。それ以上、疑念を増やすわけにはいかない。
(俺は、何も知らんふりをして、五人で考えるしかない。)
それが、この時代を生きるということだ。
知識を持っていても、使えない場面がある。むしろ、使わないことの方が大事な場面がある。
(しんどいな。)
でも、それでいい。
凱との和解で学んだ。頭で考えるんじゃなくて、体で生きる。知識じゃなくて、時間で勝負する。
来月のライブまで、五人で必死に練習するしかない。レーベルの人に何かを感じてもらえるような演奏をするしかない。
それだけだった。
家に帰って、布団に入った。
天井を見つめた。
(あのレーベルの創業者の人、どんな人なんやろな。)
現代でドキュメンタリーで見た時は、白髪の老人だった。穏やかな目をした人だった。
その人の若い頃に、俺は会えるかもしれない。
それだけで、なんか不思議な気持ちだった。
(霧島蓮として、お前のドキュメンタリーを見てた俺が、今、お前の若い頃に会いに行く。)
時間って、不思議だった。
工場で死んだ時、俺の人生は終わったと思った。
でも今、こんなところに繋がっている。
何十年も後の歴史の本に載るような瞬間に、俺は今、立っている。
(やったるか。)
来月のライブ、絶対に良いライブをしよう。
レーベルの人に声をかけられるかどうかは、その後の話だ。
まずは、五人で今までで一番のライブをする。
それだけだった。
布団の中で、俺は静かに目を閉じた。
夜が深まっていった。




