第26話「音で話す」
翌日の練習、凱は定刻通りに来た。
昨夜のことは何も言わなかった。
「よ」とだけ言って、ギターケースを開いた。
「よ」と俺も言った。
それだけだった。
ZEROがこっちをちらっと見た。JUNEも見た。
DEADは見なかった。でも気にしているのはわかった。
全員がなんとなく空気を読んで、黙って準備を始めた。
チューニングをして、アンプの電源を入れて、DEADがスティックを持った。
「やるか」とZEROが言った。
「ああ」と俺が言った。
「ああ」と凱が言った。
DEADがカウントを叩いた。
一曲目が始まった。
(あれ。)
最初の一音で、俺は気づいた。
凱の音が、昨日と違った。
走っていなかった。でも、もたってもいなかった。
ちょうどいいところにいた。
俺も、昨日より少し力を抜いた。頭で考えるんじゃなくて、凱の音を聴きながら弾いた。
凱の音に、俺の音を合わせるんじゃない。
お互いの音が、自然に同じ場所に落ちていく感じだった。
(これや。)
二曲目に入った。
ZEROが歌いながら、こっちをちらっと見た。何かに気づいた顔をしていた。
三曲目。
DEADのドラムが、いつもより少し表情豊かだった。JUNEのベースが、いつもより少し伸び伸びしていた。
俺と凱のギターが噛み合うと、全員の音が変わる。
バンドって、そういうもんなんやな。
練習が終わった。
全員が黙っていた。
しばらくして、ZEROが口を開いた。
「今日、なんか違ったな」
「そうですね」とJUNEが言った。「なんか、全体的に音が広がった感じがしました」
DEADが小さく頷いた。
ZEROが俺と凱を交互に見た。
「昨日、何かあったんか」
「別に」と俺が言った。
「別に」と凱が言った。
ZEROはしばらく俺たちを見た。それから、何も言わずに自分のマイクスタンドを片付け始めた。
(察してくれたんやな。)
ZEROがこういうとき余計なことを言わないのは、意外と気が利くからだった。
片付けをしながら、凱が俺の隣に来た。
「蓮」
「なんや」
「さっきの三曲目のソロ、どこで覚えたんや」
「バウハウスから盗んだ」
凱はしばらく考えた。
「バウハウスか」
「知ってるか」
「名前だけ」
「聴いてみろ。お前の音に合うと思う」
凱は何も言わなかった。
でも、否定もしなかった。
それだけで十分だった。
帰り道、また凱と同じ方向になった。
昨日みたいに川沿いを歩いた。
しばらく二人で黙って歩いた。
「お前、なんでこの音楽やってるんや」と凱が聞いた。
唐突だった。
「なんで」と俺は聞き返した。
「昨日、俺のことは話した。お前のことは聞いてない」
俺はしばらく考えた。
正直に言えるわけがない。工場で死んで転生してきました、とは言えない。
「好きやから」と俺は言った。
「それだけか」
「それだけや」
「嘘くさい」
(鋭いな。)
「嘘やない」
「お前の音には、好きやからだけじゃない何かがある」と凱は言った。「なんか、必死さみたいなもんがある。追いかけてるものがある感じがする」
俺は少し黙った。
「そうかもな」
「何を追いかけてるんや」
俺はしばらく夜の川を見た。
(何を追いかけてるんやろ、俺。)
転生してきて、バンドを組んで、BACK-KICKに圧倒されて、ルーツを掘って。
何のためにやってるんだろう。
「わからん」と俺は正直に言った。「でも、やめたくない。それだけはわかる」
凱はしばらく黙っていた。
「俺も同じや」と凱が言った。「何のためかはわからん。でも、やめたくない」
二人で川を見た。
夜の水面が、街灯を反射して光っていた。
「お前のこと、まだ嫌いや」と凱が言った。
「俺もお前のこと、よくわからん」と俺が言った。
「でも」
「でも?」
「一緒にやろ」
凱はそれだけ言って、また歩き始めた。
俺は少し笑った。
(こいつ、不器用やな。)
でも、その不器用さが凱らしかった。
(一緒にやろ。)
昨夜の「お前とやりたくない」から、一日でここまで来た。
昭和のバンドマンは、回り道しながら前に進む。
それがなんか、悪くなかった。
夜風が吹いた。
川面が揺れた。
俺たちは並んで歩き続けた。




