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第17話「これが昭和の打ち上げか」

ライブが全部終わって、片付けをしていると、声をかけられた。


「お前ら、打ち上げ来い」


振り返ると、でかい男が立っていた。初めてライブハウスに行った時に俺に声をかけてきた、シーンの古株だ。名前は知らない。でもCLUB NOVAでは顔が利く男だということは知っている。


ZEROが「お疲れ様です」と頭を下げた。顔見知りらしかった。


「初ライブやったな」


「はい」


「客動かんかったな」


「はい」


古株の男は少し笑った。


「正直でええ。来い」


断れる雰囲気じゃなかった。


五人でぞろぞろとついていった。


(待って。)


歩きながら俺は気づいた。


(俺ら高校生やぞ。)


現代なら絶対にありえない。高校生を飲み屋に連れて行くなんて、補導案件どころか大人が捕まる話だ。でも古株の男は何も気にしていない。


ZEROも当然のようについていっている。他のメンバーも誰も疑問を持っていない。


(これが昭和か。)


俺だけが心の中でツッコんでいた。


連れて行かれたのは、CLUB NOVAの近くの居酒屋だった。暖簾をくぐると、すでに先輩バンドマンたちが十人くらい集まっていた。全員髪が高い。全員目の周りが黒い。全員革ジャンを着ている。


そして全員、煙草を吸っていた。


(くさ。)


店内が煙草の煙で白く霞んでいた。換気扇が回っているけど全然追いついていない。目が痛い。喉が痛い。


(分煙とかないんか。)


ないんだろう。この時代は。


俺たちは端っこの席に固まって座った。JUNEが小声で言った。


「煙草、すごいですね」


「そうやな」


「目が痛いです」


「そうやな」


JUNEは特に疑問を持っていなかった。この時代の人間にとって、居酒屋で煙草を吸うのは当たり前のことだ。


(俺だけがおかしいと思ってるんやな。)


「飲め」


古株の男がビールをどんと置いた。


(ビール。)


(高校生にビール。)


「あ、ありがとうございます」


俺はグラスを持った。断れる雰囲気じゃなかった。というか断るという概念がこの場には存在していなかった。


(現代やったら大問題やぞこれ。)


俺だけが心の中でツッコんだ。他の四人は普通にグラスを持っている。


「一気で」


(え。)


「え?」


「一気や。新人の最初の一杯は一気や」


(なんやそのルール。)


全員が俺たちを見ていた。先輩バンドマンたちの目が、一斉にこっちを向いていた。


(断れん。)


(高校生やぞ俺ら!!現代やったら絶対アウトやぞこれ!!)


心の中で叫んだ。でも口には出せなかった。


「「「「「いきます」」」」」


五人で顔を見合わせて、同時にビールを飲み干した。


全員が「おう」と声を上げた。


(これが昭和の洗礼か。)


頭がくらっとした。


それからが大変だった。


次々とルールが出てきた。


「先輩のグラスが空いたら注げ」


「呼ばれたら即座に返事しろ」


「先輩より先に食うな」


「席を立つときは一言言え」


「料理は先輩から取れ」


(ルールが多すぎる。)


現代の飲み会なら、各自が好きなものを頼んで、好きなペースで飲んで、好きなタイミングで帰る。そもそも高校生は飲み会自体がない。


でもここは1982年だ。高校生が煙草くさい居酒屋で先輩バンドマンに一気飲みをさせられながら謎のルールを叩き込まれている。


(現代の高校生活では絶対に経験できんやつや。)


JUNEは律儀だから全部完璧にこなしていた。凱は不満そうだったけど黙って従っていた。DEADは無言で先輩のグラスに酒を注ぎ続けていた。


ZEROだけが少し違った。


先輩バンドマンの一人が話しかけてきた。


「お前、ボーカルか」


「そうです」


「声ええな。でも今日は届いてなかったな」


「わかってます」


「なんで届かんと思う」


ZEROは少し考えてから答えた。


「俺がまだ本物じゃないからです」


先輩バンドマンは少し目を細めた。


「ええ答えやな」


それだけ言って、また仲間の話に戻っていった。


俺は隣でその会話を聞いていた。


(ZEROはどこでも本気やな。)


飲み会が進むにつれて、場が賑やかになってきた。先輩バンドマンたちの武勇伝が始まった。


「俺が初めてライブしたとき、弦が切れてギター投げたわ」


「俺はドラムのスティックが折れて素手で叩いた」


「俺は緊張しすぎてステージで嘔吐した」


(嘔吐。)


「みんなそんなもんや」と古株の男が言った。


「最初からうまくいく奴なんておらん。大事なのはそこからどうするかや」


俺は黙って聞いていた。


(この人たち、みんな同じ道を通ってきたんやな。)


体で覚えた言葉だった。スマホで調べた情報とは重みが違う。


「一気」


また声がかかった。


今度は五人全員だった。


(何杯目やこれ。)


頭がくらくらしてきた。


JUNEが俺の耳元で囁いた。


「あの、僕お酒あまり強くなくて」


「俺もや」


「どうしましょう」


「飲むしかない」


「そうですよね、先輩がおっしゃるなら」


(JUNEは疑問すら持ってない。)


これが昭和の高校生だ。先輩に言われたら飲む。


それだけだ。


俺だけが心の中で「現代やったら大問題やぞ」と叫び続けていた。


DEADがすごかった。何杯飲んでも表情が変わらなかった。ただ黙って飲み続けていた。


「こいつ強いな」と先輩バンドマンの一人が言った。


DEADは小さく頷いた。


「…普通です」


(普通て。)


深夜になって、ようやくお開きになった。


五人でふらふらしながら外に出た。


夜風が冷たかった。煙草の匂いが服に染み付いていた。


(くさ。)


思わず自分の袖を嗅いだ。ひどかった。


(高校生が深夜に酒飲んで煙草くさくなって帰る。現代やったら大問題やぞ。)


俺だけが心の中でツッコんだ。


JUNEが服の匂いを嗅いで「煙草くさいですね」

と言った。それだけだった。当たり前のこととして受け入れていた。


凱が空を見上げながら言った。


「あの古株の人、ちゃんと見てくれてたな」


「そうやな」


「嫌いじゃない」


(凱が認めた。)


ZEROは黙って歩いていた。


「ZERO、楽しかったか」と俺が聞いた。


ZEROはしばらく考えてから言った。


「…勉強になった」


「それだけか」


「それだけや」


でもその口元が、少しだけ緩んでいた。


DEADが突然立ち止まった。


全員がDEADを見た。


「…腹減った」


(また腹減ったか。)


「何杯飲んでも腹減るんか」と俺が言った。


「…減る」


全員が笑った。


深夜の昭和の街を、五人でふらふら歩いた。


服は煙草くさかった。頭はくらくらしていた。足がふらついていた。


でも、なんか悪くなかった。


(これが昭和の打ち上げか。)


現代の高校生活では絶対に経験できなかったやつだ。


しんどかった。でも、この時代に生きてる感じがした。


それだけで、十分だった。


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