99 再び王都へ2
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「失礼を承知でお聞きいたします。それはお嬢様の御為になるのでしょうか、あの恐ろしい旦那様に太刀打ち出来る方が一体どれほどいらっしゃるでしょうか。もし少しでもお嬢様がご無理なさるならお止めになっていただけませんか?私はもうお嬢様が無理して笑うお顔を見たくありません」
魔術部隊長で上位貴族のイングバルに意見するなんてルーにとっては大変な行為だ。青ざめブルブルと体を震わせ涙ぐみ必死に訴える彼女の姿に酷く胸が痛んだ。
私のために……
「何という……」
イングバルは立ち上がると険しい顔でルーの前に行った。
「イングバル様、待ってください。ルーは私のことを思って……」
平民の側仕えが直接訴えた事が気に障ったのかと焦って止めようとした。
「なんという見上げた忠誠心だ。其方はローズマリー様の側仕えとして素晴らしい働きをする。その気構えを失うことなくこれからもお支えするのだ。そして案ずるな、これより先はこの方の望まぬ事は一切を私が切り捨てる。無理をして笑顔を作るなどあってはならんことだ」
それを聞いたルーは感激してイングバルを見上げた。
「なんて素晴らしい方なのでしょう!この方がいらっしゃるなら私はこれからも安心してお嬢様のお側でお支えいたします」
ルーは急に目を輝かせ涙を振り払った。
「そ、それは良かったわ」
この二人はちょっと同じベクトルなのかもしれない。
二人は少々悦にいっているようだがヘクターは違う。静かにシーラスに視線を向けたままのヘクターを呼んだ。
「ヘクター、話を聞いてちょうだい」
私に視線を戻すとヘクターは口を真一文字に引き結んだ。
「あなたにお願いがあるの」
その言葉にヘクターはピクリとすると悲しげに少しうつむく。
「……なんでございましょう。……もし……このお屋敷から立ち去って再び結界でお封じになるということでしたら私も一緒に封じて頂けないでしょうか。再びここから引き離されるのは大変辛うございます」
それを聞いたパフたちがバタバタと飛び上がり口々に叫ぶ。
「ポッポ」(何を馬鹿なことを言っておる!)
「ポッポ」(だからお前は頑固で融通がきかんと言うのだ!)
急にパフ達に責められたヘクターは驚いた。私は慌てるパフが可笑しくて少し笑ってしまう。
「そんなことしないわ。私はただあなたに変わらずここを守っていて欲しいと言うつもりだったのよ」
「それは、私がここにいてもいいということでしょうか?」
「そうよ、ここに住んで屋敷を守ってちょうだい」
ヘクターは一瞬喜んだがすぐに顔を曇らせた。
「ですがローズマリー様がここへお帰りになることはないのでしょう?」
私は首を横にふった。
「ヘクター、残念ながらいつ帰るとは約束できない。やらなければいけないことが出来たの。その為にはここを離れなくてはいけない。だけどここにヘクターがいると思えばどこへ行っても安心して過ごせる。いつでもあなたが私の帰りを待ってると思えれば頑張れる気がするの。約束するわ、必ず帰ると。この屋敷のあなたの待つこの部屋へ」
ヘクターは何か言おうと口を開いたが言葉にならず私に背を向けるとマントルピースに顔を向け肩を震わせた。右側の端にパフが静かに止まっている。
「ロージー様、ご無事のお帰りをお待ちしております。出来ればなるべく早くお願い致します。私はもうこの通りでございますゆえ長くは待てませんから」
急に年を取ったように震わせていた背を丸めた。
「あら、ヘクターは気が弱ってしまったのね。でしたら他の若い執事をここへ置かなくてはいけないわね」
私の言葉に震えていたヘクターがピタリと止まった。なんだが彼の正面にいるパフが笑った気がした。
「それは……そうかもしれません。ですが執事の仕事というのはそう簡単ではございません」
「そうね、若い執事はこの屋敷の中の整え方もよくわからないかも。きっと何もかも取り替えてしまうわね、自分のやり易いように」
数秒考えた後ヘクターは咳払いをし私に向き直った。
「ロージー様、私がいつまでもここでお待ちしております。どうぞなすべきことを存分になさってお帰りください」
屋敷には人手が無いためシーラスとイングバルには街で宿を取ってもらうことにし、やっと落ち着いてソファに座るとルーがいれてくれたお茶をゆっくりと味わった。今夜はここで一泊し明日城へ向けて出発する。ルーは旅支度をするために下がると入れ替わるように庭へ続く硝子戸から子供たちが顔を見せた。
「ロージー様!お帰りなさい!」
デラニーが元気よくドアを開けて入ってきた。他の子もバラバラと入ってくる。
「コラ、靴の泥を落としてからだろ。それから『お帰りなさいませ』だ」
後ろからマックスが注意しながら入ってきた。
「お帰りなさいませ、ロージー様」
ペコリと頭を下げて挨拶する彼を見て他の子もそれに倣った。
「はい、只今戻りました。みんな元気だった?」
数日会わなかっただけだがなんだか久しぶりな気がする。
「お庭の掃除もだいぶん片付いて今は隅っこに薬草を植えられないか話してるの」
荒れ放題だった庭の雑草が抜かれ綺麗になっていくのはいいが子供達の手が傷だらけになっているらしい。
「まぁそうなの。だったら傷薬になる薬草を植えて育ててみてね。その後で他の薬草も植えてみて」
ここから畑があるエカード周辺やマルギットまでは遠い。小さい子達はここで文字や計算を覚えるほうが良いかもしれない。
「じゃあ皆手を出して」
汚れた切り傷だらけの小さな手を見ると心が痛むが施しだけで生きていくのは将来のためにも良くないだろう。
私は子供たちの手を握りしめると癒やしをかけた。
「うわっ光った」
「傷が治った!」
「もう痛くないね」
自分の手を面白そうに眺め楽しそうに笑う。この子たちの事も考えなくては。
「ロージー、いいか?」
ジルドがやってくると子供達は私に手を振りながらまだ庭へ出て行った。
ジルドと向かい合って話すのも久しぶりだ。
「あのねジルド」
私は少し遠慮がちに切り出した。
「城へ戻るって?」
優しく微笑みながら私を見ている。
「ヘクターから聞いた。それで、どうするんだ?ここや、マルギットの畑は」
とても気配りが素敵なジルドは私の事をよくわかっている。
「出来るだけこのまま続けたい。私が直接何かをすることは出来ないけど資金は送り続けるからあなたが必要だと思うことをやって欲しいの。お願い出来る?」
「今までずっと面倒見てきたんだ、今更手を引かないよ心配するな」
王都から出るときからの付き合いだ。最初からずっと優しく接してくれた彼なら安心して子供達を任せられる。
「それより大丈夫なのか?ゾルガーに戻るんだろ?」
「えぇ……私だけが逃げ回っていていつまで経っても迷惑をかけるだけだから」
タイラーはずっと私のせいで命を狙われている。それでもギリギリまで魔術のことは黙っていてくれていた。今は殆どの人に私が魔術師だとわかって、今度は婚約しているということが彼の足枷になっているのかもしれない。
「タイラーの元に戻るのか」
「はっ!?べ、別にそういうわけじゃ……」
ジルドが急にタイラーの名を口にしたので慌てて否定した。勝手に顔が熱くなりジルドが呆れた顔をした。
「別に隠さなくてもいいだろ。婚約者なんだし」
「ち、違うわ。私達の婚約はその、契約というか条件があって」
「始まりはそこかもしれないけど、あれだけ心配してたんだ。そこまで冷めた関係でもないんだろ?だったら結婚しても上手くいくんじゃないか?」
「ケッ!ケッコン!?」
一気に体が熱くなりのぼせたようにクラクラとする。
タイラーと私が結婚……そんなの無理だ……




