100 再び王都へ3
ベットに入ったが何度も寝返りをうち眠れない。
「はぁ……」
諦めて起き上がると硝子戸を開けベランダへ出た。王都から北に位置するこの辺りでももう風は生ぬるく心地良いとは言い難い。不意に冷たい風が漂い汗ばんだ体に気持ちよかった。
「ありがとう」
パフが爽やかな風を送ってくれていた。
「ポッポ」(礼は不要だ。其方の魔力を使っているのだから)
パフがふんわりと手すりに止まると私を見上げた。
「ポッポ」(ヘクターのことだが)
「あれで良かったでしょ。私もここへ帰るために頑張れる」
叶わないとわかっていても口にすればいつか叶うんじゃないかと思える。
「ポッポ」(そうか、ヘクターも長生きせねばな)
「何かあったらすぐに知らせてよ。ヘクターが知らせるなって言ったことも全部よ」
「ポッポ」(ふっ、先を読まれておると思わず口止めしてくるであろうな)
「先に言った私の勝ちね」
荒れ放題のこの庭も見納めだ。ここが美しい庭園になっても私はそれを見ることは出来ないだろう。
部屋へ戻るとまだしっかりと見ていない自分の部屋を見て回った。暖炉や飾り棚があり綺麗に掃除されて磨き上げられている。書棚には古い本が並び何度も取り出され読み込まれたのか背表紙が傷んでいる物が目についた。それを手に取りパラパラとめくる。
「ポッポ」(そろそろベッドに入らんか。体を休めねば長旅になるのだぞ)
「は〜い」
パフに急かされ本をパタリと閉じたがそこからはらりと一枚の紙が舞い落ちた。
「アレ?なにこれ?」
「ポッポ」(ぬあ!)
パフが急にそわそわとし私がそれを拾い上げようとするのを邪魔してくる。
「ちょっと、邪魔よ」
パフを手で押えもう片方の手で紙をひろいあげた。
二つに折りたたんだそれはどうやら手紙のようで黄ばんだ古い紙に数行だけの短いものだった。
「えぇ〜っと」
「ポッポ」(コラよさぬか!人の手紙を盗み読むなど淑女のすることではないぞ)
パフの慌てっぷりがだだごとじゃない。
「何故あなたが慌てているのよ、これはきっとここの前の主のものよ。もうここには戻らない人の手紙だもの構わないでしょう?」
「ポッポ」(止めぬか!それを寄こせ、でないと燃やしてしまうぞ)
「魔術を使っちゃダメ!」
その言葉にパフはピクリとし悔しそうにするとどこかへ飛んでいってしまった。
拗ねちゃったか、まぁいいわ。
私はパフがいなくなってやっとゆっくりと手紙を読んだ。
えっと……紙の上半分に書いているのが『君の心はいつもくるくると変わり定まることはないのか』なんだコレ?何か怒ってるのかな。下は……『わたくしの心はいつも貴方に振り回されてばかりです』やだコレ!もしかしてラブレター……
なんの飾り気もない何気ない感じが微笑ましくじんわりと沁みる。だけどこれを大事に本に挟んで置いておいたんだ。仲良しだったんだね〜。
なんとなくこの屋敷の前の主が悲しい目にあっていると想像していたので少し嬉しかった。幸せな時もあったのだ。元の本に再び挟むと書棚に戻した。思いあった二人の日常を垣間見た感じがして少し羨ましい。私には望めないものだ。
ベッドに戻ると薄いうわ掛けに潜り込んだ。眠れないだろうが目を閉じて明日の事を考えた。
ヘクターが玄関ホールで私を見送るために子供達を整列させていた。自分もその列の少し前に立つと乱れていない背広の襟を整え付いていない上着のホコリを払う。
私は二階から美しいカーブを描く階段をゆっくりと降りるとヘクターの前に立った。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ、ロージー様」
「行ってらっしゃいませロージー様ぁ!」
子供達もヘクターに続いて元気に挨拶をする。
「はい、行って参ります。ヘクターの言うことをよく聞いて下さいね」
「「「はい!!」」」
玄関のドアが開くと既に到着していたイングバルとシーラスが馬車の前で待っていた。
「お待たせいたしました。では参りましょうか」
馬車に乗り込むと滑るように走り出す。門のところで振り返るとヘクターがいつまでも完璧な角度で頭をたれていた。私は座り直すと膝の上のパフに触れた。
「ここから数日かけて王都へ向かうわけですが最後に一つ前の宿で準備を整え城へ向かいましょう」
イングバルが予定を教えてくれる。
「随分慎重なのね。まるで勇者タイラーの凱旋の時のようだわ」
あの時も一つ手前で止まって準備した。ルーが来てくれ胸に色々と詰め込まれてドレスアップした。
「あぁ、あの凱旋を私は見逃したのです。なんという悲劇でしょう。折角のローズマリー様の華々しい場でしたのに」
あれはタイラーの華々しい凱旋だったのに。きっと勇者に興味が無かったのだろう。
「今回はあれ以上の華々しさで城へ向かって頂きます。念には念を入れお美しく着飾っていただき皆をあっと言わしめます。無論ご用意はこちらで致しますのでご心配なく」
ワクワクとしているのはルーとイングバルだけで私とシーラスはいたって冷静だ。
「シーラス様はお屋敷へお寄りにならなくて宜しいのですか?」
彼も長く屋敷を空けているはずだ。シーラスは一瞬いつもの微笑みを固まらせた。
「大丈夫です、マーサには連絡を入れてありますから」
どこの側仕えも主に対する思い入れは相当なものらしい。
これまでの旅とは違い今回は騎士団に守られての厳重な旅だ。途中危なげなく一行は進み幾つかの町に宿を取ったが時には野営をすることもあった。騎士団の上位貴族が使用するテントを用意され案内されたがとても簡易とは思えない立派なテントで中は三部屋に別れルーが直ぐ側で休めるようになっていた。
湯浴みの用の湯を用意をすると言われたが自分で用意すると言って驚かれた。野営でお湯を用意するのは大変だ。魔石もあるがそれは有限で下っ端貴族たちは使えないので彼らは薪を集め鍋で湯を沸かすか水で済ませるらしい。
私は用意された湯浴み用のテントに入りルーと二人きりになるといつものように湯船を用意し湯を注いだ。
「魔術って便利なものですね」
ルーが私の髪を洗いながら感心して言う。
「本来はこうやって使うものなのかもね。身を守ったり生活したり」
魔物を倒すのはともかく戦争なんかには使いたくない。
「はい、終わりましたよ。伸びましたね、少し切りましょうね」
湯浴みを終えたそのままに、ルーが私の髪を切り始めた。目の前に鏡を置かれチョキチョキと切りすすめるのをボンヤリ眺めていた。
「私の髪は真っ直ぐにならないのかしら?」
くるくるとした扱いづらい赤毛の巻毛を眺めているとタイラーの部屋から出てきた女性の事を思い出した。黒い艶のある美しい髪だった。私の髪は洗って濡れているときは少しは真っ直ぐに見えるが乾かすといつものふわふわした巻げに戻る。
「何を仰いますか。このように美しく愛らしい髪をなさっているのに」
腰まであった髪を肩の下あたりに切り揃え髪を乾かすように言われた。魔術で乾かす方がふんわりと乾いて髪が傷まない。
「さぁ、この湯は捨てて新しい湯をお願いします。少し多めに」
「何故なの?」
「さっき女性魔術師の方に頼まれたのです。出来れば湯を残して貰えないかって。ご自分では用意出来ないようですよ」
いったいいつの間に頼まれたのかしら。
私は湯船を大きく作り直しタップリとお湯を入れるとテントを出た。少し離れた陰からこちらを窺う数人の女性達がいる。ルーをそこへ向かわせるとキャーキャー騒いで喜ぐ声がした。
騎士に女性は少ない。魔術師ともなるとさらに少なく多分そこにいる数人だけなんじゃないだろうか。きっとお湯すらまともに用意出来る環境じゃないだろう。
次に野営した時はそこに女性騎士も加わり更に大きな湯船と大量の湯を用意した。




