101 再び王都へ4
いよいよ王都へ近づいた。
一つ手前の小さな町に準備の為に一度騎士団一行は待機し、私は前と同じ宿屋へ連れて行かれイングバルが用意したドレスに着替えると複雑に髪を結われ化粧を施された。
最後に美しい装飾が施された箱を目の前に置かれルーがそっと開くと見事なエメラルドの大きな石がついたネックレスが揃いのイヤリングと共に入っていた。
「はぁ……」
つい気が重くてため息をついてしまう。
「本当に素晴らしいですわね」
ルーは私が宝石の美しさにため息をついたと思ったのか機嫌よくそれを私に身に着けさせる。鏡に映る自分を見ると胸元の大きな石に触れた。ルーがタイラーがくれた花模様の小さなピンクの石がついたネックレスを外そうとした。
「待って、それは……はずさないで」
ルーは一瞬驚いたがすぐに何も言わず戻してくれた。
「前よりも具が少なくて済みましたわ」
両手でドレスの上から私の胸をグイグイ寄せながらルーが言う。
「もう、そんなにここを強調しないで。恥ずかしいわ」
「皆さんがこの宝石を見たときにここがペッタンコではもっと恥ずかしいですよ」
「ぐっ……」
どっちの恥ずかしさを取ればいいの。っていうか別にペッタンコでも恥ずかしくなんかないわ!
着替え終わり片付けをしながらルーが何気なくという感じでがポツリとこぼす。
「タイラー様にお会いするのも久しぶりですね」
急にタイラーの名前を出されてドキッとした。
城に戻るのだから当然彼がいることはわかっている。私のせいで命を狙われたりしているのに助けを呼べばいつでも答えてくれた。その彼の為にもゾルガーを排除しようと戻ってきたのだから。
「えぇ、ホントに……久しぶりね」
胸のドキドキはおさまらないが何とか平静を装っていたがドアがノックされビクリとしてしまう。ルーが応対し振り返ったその顔は不安気だ。
「お嬢様、フェルナンド様です」
フェルナンド……タイラーと婚約して以来合うことは無かった。お父様に言われて来たのだろう。
「いいわ、通してあげて」
ゾルガーに戻るつもりなのだからまた弟になるのだ、追い返すことは出来ない。
ドアが大きく開けられ少し顔を引きつらせたフェルナンドが何とか笑顔を作りながら入ってきた。
「ローズマリー姉さん、お久しぶりです。長旅はいかがでしたか、お疲れになったのではないですか?」
私が黙ったまま座っているとフェルナンドは差し出した手の持って行き場がなく握りしめ下を向いた。
「フェルナンド、気を使わなくてもいいわ。お父様に言われて来たのでしょう。ありがとう、お父様にはちゃんとフェルナンドが迎えてくれたと言っておくから心配しないで。もう少し出発まで時間がかかるでしょうからゆっくりしてて、ルー」
ドアが開けられフェルナンドは戸惑った様子だったが黙って出て行った。
彼の姿は以前の私だ。父の言いなりで自分の意志など関係なく、ただ父の怒りに触れないように生きていた。
「フェルナンド様、なんだかお痩せになったようですね」
「そうね、食事を出すように手配してあげて。……串肉を出してあげるといいわ、私からだと言ってね」
串肉なんてそのままじゃきっと食べないだろう。だけど今のフェルナンドは私からだと言えば食べざるを得ないだろう。そしてその美味しさに驚くはず。
きっと私を廃嫡したときから父の機嫌はずっと悪いのだろう。いつも父の一番近くにいなくてはいけないフェルナンドが本当は一番父に縛られているのかもしれない。私が父を、ゾルガーを排除したらフェルナンドはどうなるだろう……可愛がられていたアイダはきっと私を許さないだろう。
「お嬢様、具合が悪いのですか?」
急におなかが痛い気がして押えてしまう。
「大丈夫、ちょっと……」
ルーは心配そうに私を見る。
「少しお待ち下さいね」
ルーが部屋を出て行きひとりになった。ずっと大人しく窓辺にいたパフが私の前のテーブルにふわりと降りた。
「ポッポ」(ここからは警戒を怠るな。誰に対しても魔術を使えるようにしておいたほうがいい。でないとロージーを守りきれん)
パフがハッキリと言いきるということはこれから行く城で既に気を許せない事態が起こっているということか。
「わかった、何に対しても魔術で攻撃していい……人に対しても」
パフはホッとしたように頷くと膝に乗ってきた。すべすべの羽を撫でているとルーが戻りカップを私の前にそっと置いた。
「きっと緊張なさっているのでしょう。これを飲めば少しは落ち着きますよ」
それは温かいココアだった。甘い香りの湯気を吸い込みひと口飲むとじんわりと体にしみ込み気が緩む。
「久しぶりに飲んだわ」
前にココアを飲んだのは街でタイラーに買ってもらった時だ。あの時も口に広がるココアの甘さにホッとした。
「ルー、ありがとう」
少し落ち着きを取り戻し、いよいよ出発時間が来た。
部屋の前にイングバルとシーラスが迎えに来ていた。イングバルが周りを警戒しシーラスが私をエスコートして階段をゆっくりと降りていく。一階の食堂でフェルナンドが待っていたがさっきよりも少し顔色がマシな気がする。
「姉さん、気遣って頂きありがとうございます。その……とても美味しかったです」
だよね、串肉は最強。
食べ慣れない物を食べたせいかフェルナンドの頬には微かに串肉のタレがついている。
「それは良かったわ。わたくしもあれが大好きなの」
そう言って弟の頬を指で拭った。フェルナンドは慌てて赤い顔をする。
「すみません、気が付かなくて」
その顔は年相応のまだ未熟な弟の顔だった。
「では参りましょうか」
再びシーラスに手を取られ宿から出ると用意されていた馬車へ乗り込んだ。フェルナンドは同じ馬車には乗らず別々に城へ向かう。イングバルが用心のため許さなかったようだ。
私を乗せた馬車は順調に街道を進み騎士団に先導されながら王都へ入っていく。街の様子は以前と変わりなく、人々が行き交い店は物が溢れている。平民が暮らす区域を抜けすぐに貴族街に入ると静かで立派な建物の間を進み豪華な造りの門が見えてきた。騎士達は門前で迂回し騎士団棟へ直接帰るようだ。私達の馬車は門をくぐり美しい前庭を通り城の入口の大階段の前に馬車を止めた。
御者がドアを開きイングバルがさっと降りる。続いてシーラスが降り私をエスコートしようと手を差し出した。その手を取って足を踏み出したその時反対からも手が差し出され思わず反射的に手を乗せた。
「久しぶりだな」
ニヤリとした笑顔のタイラーの声に驚いて足を滑らしシーラスの方へ倒れ込んだ。
「きゃあ!」
シーラスが素早く抱きとめてくれたが恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。
「あ、ありがとうございます。申し訳ありません」
シーラスを見上げお礼をいうと彼は優しく微笑んだ。
「いつでも歓迎いたしますよ」
そっと支え私を立たせると再び手を取りすぐに階段をのぼり始めた。
呆気に取られたままのタイラーを振り返りシーラスを止めようかどうしようかとあわあわとしてしまう。するとタイラーがすぐに追いかけて来て私の隣に並んだ。
「お久しぶりですノヴァック様。その説は婚約者のローズマリー様が大変お世話になりありがとうございました」
シーラスは涼やかな笑顔をタイラーに向ける。
「いいえ、ローズマリー様のお世話はとても有意義で楽しいものです。これからも是非この関係を大切にしたいものです」
そのまま睨み合う二人に挟まれ階段をあがりきったところに既にイングバルがいて、騎士団長のギデオンと副長のラウリスが迎えに出てくれていた。
「ギデオン様、ラウリス様まで……お二人共いつもイングバル様のお出迎えをなさるのですか?」
騎士団のツートップがお出迎えとはかなり豪華だ。
「まさか、此奴ではなくローズマリー……様の出迎えですよ」
秘書として働いていた時はともかくゾルガーに復帰する予定の今は馴れ馴れしくすることは出来ないということだろうか。ギデオンが敬称をつけて私を呼ぶことに違和感を感じた。




