102 父との対面
城の入り口から静かに建物内へ入る。
私達の前をイングバルが警戒しながら歩き隣をシーラスとタイラーが固める。肩の上にはパフがいてなんとも言えない顔をしている。
「疲れていないかいローズマリー?」
ラウリスが何故か少し面白そうな顔で尋ねてくる。
「そうですね、なんだか急に疲れた気がしますが大丈夫です」
ちょっとムッとした感じのタイラーは何も言わない。
「とりあえず一旦客室で休むといい。王への謁見が予定されているがまだ時間がある。その間に我々は話し合う必要があるのでな」
私を客室に通したあとイングバル、シーラスがギデオン、ラウリスと共に消えていった。
「はぁ〜疲れた」
ソファに座るとホッとした。部屋の中にはタイラーと二人だけだ。
「まだ階段のぼっただけだぞ」
タイラーが隣にボスッと座り伸びをする。
「自分だって疲れてそうじゃない」
そう言うと不満気な顔で私を見た。
「本当に良かったのか?戻ってきても」
「もうここまで来てしまったし、いいの。誰かが何とかしなければいけないもの」
イングバルの計画は恐らくギデオンも知っているだろう。それはタイラーにも伝わっているはず。ゾルガーを排除するために私が一族に復帰しその主権を握る。そうすれば彼に向けられている行為もやめさせることが出来るはずだ。
「あの、ごめんなさい……」
「なんのことだ?」
「その……危ない目に合ってるって……」
私の肩に乗るパフをタイラーが睨みつける。
「クチの軽い奴だ」
「ポッポ」(お前の言うことなど聞くわけなかろう)
パフは私の肩から飛び立つと窓辺に行った。それを目で追っていると不意にタイラーが私の耳に触れた。
「な、なに?」
ビックリして振り返ると彼の顔が直ぐ側にあった。
キスが来る!!
私はとっさに身構えた。
「ちょっとイヤリングが落ちそうだったからつけ直してやろうとしただけだ、ホラ」
彼の手の中にエメラルドの石が光っていた。
「あわわ、ご、ごめんなさい。ちょっと焦ってしまって」
慌ててイヤリングを手に取りつけ直そうとするがなかなか上手くいかない。
「アレ、どうして……」
焦れば焦るほど上手くいかない。
「いいから、かしてみろ」
タイラーにイヤリングを取り上げられ少し顔を横に向けられまた耳に触れられる。顔はどんどん熱くなり恥ずかしくて堪えられずぎゅっと目を閉じる。
「ここで目を閉じるとまたキスするぞ」
鼻で笑いながら言われますます焦った。
「ふわぁっ!」
慌てて立ち上がるとイヤリングが落ちた。
「あ、動くなよ、冗談だよ。もうキスはしない」
「そう言って前もしたじゃない」
タイラーはイヤリングを拾い上げると私に手渡した。
「シーラスと暮らしてるんだろ。人の女に手を出すほど落ちぶれてない」
はぁ?
私は驚いて口をポカンと開けた。
「誰がそんなことを……」
ノックがしてフェルナンドが顔を出した。
「姉さん、陛下がお呼びです。タイラー様もご一緒に」
更にドアが開くとイングバルとシーラスも一緒にいた。
「は、はい、わかりました」
私は落ち着いてイヤリングをつけると部屋から出た。
先頭をフェルナンドが歩きその後にイングバル、私と続きシーラスが私の少し後ろを歩く。パフがついっと私達の横を通り過ぎていった。
少し離れてギデオンとラウリスがタイラーに何か話しているようだが内容は聞こえてはこない。
王の執務室につくと護衛がドアを開けた。
フェルナンドが先に入り私の様子を窺うように視線を向ける。私は深呼吸すると意を決して足を進めた。
久しぶりの王の執務室に少し懐かしさを感じながら進んでいくと執務机の側にいる人が振り返った。
「ローズマリー……」
最初に声をかけてきたのは父だった。首筋がゾワッとする。
初めて見せるその表情は少し困ったような申し訳無さ気な感じに見える。両手を広げて私に近づくとそっと抱き寄せた。
「すまなかったな。なれぬ生活に苦労したであろう」
初めて父に触れられた感触に体がこわばった。
「お、お父様……」
触れられたところからゾワゾワとして肌が泡立つ。肩をそっと掴まれゆっくりと体をはなすと私を優しく見下ろす。
「これからは何も心配しなくていい。私に任せておきなさい」
そう言われひと粒涙が溢れた。
こんな人の為にこれまで言いなりに生きてきたなんて。
平気で私やフェルナンドの気持ちを踏みにじるクセに必要とあれば心にもない言葉をかけ笑顔を向ける。
父は微笑むと私の頬に触れようとしたがその時、後ろから腕を引っ張られ引き離された。
「もう宜しいでしょう」
タイラーが挑むような目で父を見ていた。私は彼の胸に抱きとめられ震えていた。
本当はそのまま彼にすがって泣き出してしまいたかった。
父に対して怒りが込み上げ悔しさと悲しさと複雑な感情をぶちまけてしまいたかった。だけど今はそうすべきではない。ここに来たのは父に怒りをぶつけるためではなくゾルガーを排除するために、計画を進めるために来たのだ。
「も、もう大丈夫です。申し訳ありません、ちょっと動揺してしまって……」
まだ震えは止まらないがそう話すとタイラーから離れようとした。なんとか笑顔を作り独りで立とうとするが足も震えてどうしても彼から手を離すことが出来ない。
「ロージー……」
優しく名を呼ばれ反射的に顔をあげると彼の顔がまた直ぐ側にあった。
「頑張らないとここでキスするぞ」
誰にも聞こえないように小さく囁かれた。
「えっ!」
そんなの恥ずかしすぎる!!
パッと彼から手を離すと後ろへ下がった。
アレ?立てる。
驚いてタイラーを見るとニヤリと笑われた。
「もう、笑わないで」
「悪いな」
そう言って嬉しそうな顔をする。どうしてタイラーはいつも私を助けてくれるのだろう。
「ゴホンッ、では話を進めてよろしいですかな?」
イングバルが咳払いをし、注目を集める。私は慌てて口元に手をあてると笑んでいる顔を隠した。チラリと父を見上げると一瞬無表情に私を見ていたがすぐに作った笑顔で微笑んだ。この人も必死なのかもしれない……
イングバルが王へ帰還報告をし、続いて私を王の傍に招く。
「陛下、もうご存知かと思いますがこちらのローズマリー様をこの度騎士団の魔術部の顧問として招請いたしました」
私は慇懃に頭を垂れると王へ挨拶を述べる。
「陛下、お久しぶりでございます。この度魔術部隊特別顧問という職を賜り参上いたしました」
「うむ、話は聞いておる。それよりも城を出た後、慣れぬ生活に苦労したのではないか?」
王は心配そうな顔で気遣ってくれる。
「そうですね、最初は少々戸惑いましたが楽しく過ごしておりました。色々な所を旅してまわり危ないところをシーラス・ノヴァック様に助けて頂き旧ウギマにも行って参りました」
「聞いたぞ、魔物の集団に襲われたと」
私はこくりと頷きタイラーを振り返った。
「タイラー様のお蔭でイングバル・ラーション様に助けて頂いてエカードの町も事なきを得ました」
「素晴らしい働きであったと聞いておる。そのうえ其方は類稀な魔術師であると」
王はチラリとタイラーに視線を向け微笑んだ。
「ローズマリー、廃嫡は取り消される事となった。ゾルガーに復帰し家族の元へ戻るのだ、良いな」
すかさず父は私の肩に手を置きグッと力を込めた。王へ向けたままの私の顔が一瞬ピクリと引きつったが一度ゆっくりと呼吸すると笑みを作り父を振り返った。
「はい……お父様」
父はその言葉に満足気に頷く。
「少しお待ちを」
イングバルがニヤリとしながら王と父の前に進み出た。
「ローズマリー様のゾルガー復帰には条件がございます、宜しいですか?」
彼は私に了解を取るように視線を向けたので私は黙って頷いた。
「条件?娘が家族の元へ戻るのになんの条件があるというのだ」
父の顔からは笑みが消え、再びエドワード・ゾルガーという顔をしていた。




