103 一族への復帰
イングバルは父の冷たい視線を物ともせず一枚の書類を取り出した。少しお伺いを立てる様な視線を王へ向けると頷かれたのでそのまま続ける。
「ローズマリー様にゾルガー一族の権限を全て委譲していただく。これは即時です」
すぐに怒りだすかと思っていたが、父は少し眉間にシワを寄せただけだった。
「ローズマリーは長子だ、女の身であるがいずれはゾルガーを継ぐものとして権限は委譲するつもりである。だがまだ若すぎる故時間が必要だ。婚姻も済ませておらぬ」
「婚約者はおりますな」
イングバルがタイラーに視線を向ける。タイラーは不敵な笑みを浮かべている。父はそれでも少し不愉快そうな顔をしただけでまだ冷静そうだ。
「ローズマリーが、どうしても勇者タイラーと婚姻したいのであれば致し方あるまい。だがそれも直ぐにと言うわけにはいかない。一族の結束が乱れる可能性がある案件であるから時間が必要だ」
流石にこれには一同が驚いた。絶対に許されることはないと思っていた平民との婚姻を父が認めた瞬間だ。驚きはしたもののタイラーは直ぐに眉間にシワを寄せた。そしていつの間にか入り込んでいたパフを呼び寄せ何かを話している。
いつあんなに仲良くなっていたの?
「いずれも即時では無いということですかな?」
イングバルの言葉に父は首を振る。
「即時には決定出来ないことばかりだ。とにかく時間はかかるが条件はわかった、まずは家族としてローズマリーが屋敷へ戻る事を優先させたい。住み慣れた家で家族と過ごせばローズマリーの気持ちも安らぐであろう」
その言葉に胸がざわめく。このまま戻ってしまえばきっとどうにか理由をつけまた閉じ込められるに違いない。私は動揺し何か言わなければと焦ってしまう。
「では婚約者の私も同行していいでしょうか?」
タイラーが軽い感じで発言した。皆が彼に視線を向ける。
「まだ正式な婚約ではない者を同じ所に置くわけにはいかない」
父の言葉にイングバルが同意する。
「確かにお二人だけの思いですからな、父として娘を心配する気持ちはわかりますよ。
でしたら城の客室に滞在していただくということで宜しいのではないですか?幸いゾルガーの方は皆様城でお勤めされておられる。むしろ城にいるほうが家族としての時間が持てるのでは無いですか?」
「おぉそれが良い、ローズマリーはそもそも私の秘書だ。秘書として復帰すれば良い」
王がすぐに賛同し父が言い返せずにいるとイングバルが大袈裟に困ったような顔をした。
「陛下、申し訳ありませぬがローズマリー様は魔術部隊の特別顧問です。ですから騎士団棟でお働きいただかなければいけません」
「そうであったな、では仕方あるまい。ローズマリーは騎士団棟へ行くが良い」
王の言葉に父も流石に逆らえず黙って引き下がった。
すぐにイングバルが王へ暇を告げドアへ向かう、その後それぞれが王へ礼を取り退出しようとして私は王に呼び止められた。
「ローズマリー、少し良いか」
勿論応じないわけにはいかない。予定外のことで一瞬イングバルと父がお互いに見合っていたがそのまま静かに退出していった。タイラーが心配そうに私を見ていたが少し微笑み出て行った。
ソファへ座るように促されお茶が運ばれると女中たちは静かに下がり王と二人だけになった。
「ローズマリー、よく戻ってきたな。貴族の娘である其方が平民と同じ所に暮らすのは苦労が多かったであろう」
「陛下、ご心配頂きありがとうございます。ですがわたくしはこの数ヶ月とても有意義に過ごしてまいりました。得難い経験をしたと思っております」
「そうか、では今回城へ呼び戻すことは其方に取っては意に沿わぬことであったか?」
私は俯くと少し考えた。
「陛下、わたくしは十八年間、屋敷から自由に出ることを許されず、子供の時分は何故自分だけ父や母と一緒にいることが出来ないのだろうと思っていました。
十五歳で『魔術開花の儀式』を受け『無能者』と烙印を押されその後伯母が亡くなるまでは父は一度もわたくしに会いに来ることはありませんでした。王都へ呼び寄せられてからも家族としての時間を持つことはありませんでした」
王は悲しげに私を見ている。
「今回、わたくしに魔術があるということで父に初めて必要とされました。
父は初めてわたくしの事を家族だと人前で認めました。
これが……最後の機会なのかもしれません」
「最後とは?」
「今後、父や弟妹たちと家族として生きていけるかどうかの瀬戸際だと考えております」
王は静かに私を見つめた。そしておもむろに口を開く。
「どれほどの苦しみがローズマリーにのしかかっておるのか私にはわからぬ。きっとイングバル達にも色々な魂胆があるのであろ。
だがなローズマリー、ゾルガー一族がこれまで王家に尽くしてくれたことでこの国は保たれて来たのだ。今尚それは続きゾルガー無しにこれからの王家の繁栄はありえぬ」
私は立ち上がり王の前に跪いた。静かに深く息を吸い込むと意を決した。
「王家は民の為にあるべきです。
王や国家が民に尽くすことで民もまた国や王家に尽くします。そこにゾルガーがいなくても王家に尽くす民がいます。わたくしも微力ながら国の為、民の為に力を尽くします。
ですから王よ、ゾルガー亡き後も民の為にわたくしどもを導いて頂けませんか?」
苦悩の表情で私を見下ろす。
「ゾルガー亡き後……そのために戻ってきたのか」
「ゾルガーはあまりに多くの憎しみを背負い過ぎております。その存在は国家のためにはなりません」
「だが其方はゾルガーに戻るのであろ?」
「わたくしで最後にいたします」
「これまでの遺恨を其方独りが背負うというのか?」
「それで済めば幸いかと……わたくしにもゾルガーの血が流れております。これ以上それを知らぬふりは出来ません」
王は深くため息をつくと背もたれに体を預けた。
「だが其方の魔力は国の宝だ。それを持ってすればゾルガーを存続しつつも国に仕えることができるのではないか?」
「この力は民のために使うものです。派閥を大きくする為のものでも存続する為のものでもありません。わたくしはこの先この力を民のために使うつもりです」
「民のためとは?」
そこからはこれまで見てきた町や村の事情を話し、外壁を作る必要があること。用水路が必要な事、街道の整備の必要があるということなどを説明した。
魔物に襲われても助けを待てるまちづくりや、食料不足を補うための農地の確保などをあげる。
「人手が足りないなら平民に委託すればいいのです。彼らは料金さえ支払えば良く働きます。勿論管理は必要ですが」
「タイラーもそのような事を言っておったな。通じ合っておるのか?」
急に王は微笑ましそうな顔をした。
「は?い、いえ。そんなことはありません。彼は平民ですからこれまでの経験上そのように考えたのでしょう」
なんだか顔が熱くなる。
王は私をソファに座るように促すとしみじみとこちらを見ている。
「初めて其方がここに来たときの事は全く覚えておらん。」
「はい、あの時、陛下は戦後の処理や和平交渉に忙殺されておりましたから。わたくしの顔も見ていなかったかと」
あの時はまだセバスチャンがいた。彼は王のスケジュール管理だけでなく体調管理も上手くこなしていた。今の王はその時よりも少し痩せたようだ。今の方が忙しさはマシなはずだが。
「お顔の色が優れませんね」
私は王へ癒やしをかけた。淡い光が体を包みやがて消えていく……
「ほう……これまで幾度か魔術師から癒やしを受けたことはあるがこのようにハッキリと効果を感じたことは無いのう」
興奮からか少し頬に赤みがさす。
「恐れ入ります」
「ローズマリー……」
「はい」
「思うようにやってみるが良い」
私は驚いて目を瞬いた。
「陛下、宜しいのですか?」
「ふぅ……構わぬ。だがゾルガー抜けた穴は大きいであろう。其方にはこれより先、国家と民と、そして王家に尽くしてもらう。良いな」
厳しく言い渡され立ち上がると王の前に再び跪いた。
「仰せのままに」
下がるように命じられ執務室から廊下へ出た。そこにはタイラーとシーラスが心配そうな顔して待ってくれていた。
「お疲れのようですね」
「大丈夫か?」
二人の顔を見てほっとした。
ここから全てが始まり、これでもうあとには引けない。
パフがふわりと私の肩に降りた。
「ポッポ」(いらぬものを背負い込みよって)




