82 旧ウギマ3
誰も私を追い出そうとしないなら町へ戻ってもいいか、と思い壊れた防護壁から町の中へベンと一緒に戻っていった。
「ご無事で何より」
シーラスが何事も無かったように近寄ってくる。パフがふわりと私の肩に止まった。
「さっきのは何です?それにその紋章は……」
ステッキを見てすっかり忘れていた事を思い出した。
向かい合うグリフォン。これは確か失踪した王の第一秘書セバスチャンの部屋に置いてあったティーカップにあしらわれていた紋章だ。王都の『黒窓』という店で初めてシーラスを見た時に一度見ていたが再会した時は魔力の使い過ぎでそんな事を思い出す余裕が無かった。
「ウギマ国の王家に代々仕えていたバーンスタイン家の紋章ですよ。先程町の住人が言っていたでしょう?おかげで信頼を得られた」
整った顔で微笑むシーラスが詐欺師に見えてきた。
「出来すぎですわ。まさか仕込みましたの?」
「人聞きが悪いですね、軽い演出ですよ。この紋章がバーンスタイン家のものというのは嘘ではないし、このステッキが祖父の忘れ形見なのも嘘ではない。だたしこれは私の物では無い、というだけです。預かりものですよ、バーンスタイン家の者からの」
やっぱり、詐欺師の顔だ。
詐欺っぽい演出であったが町へ戻れたのは助かった。だけど今の状況でセバスチャンとの関係を問いただすのはいいタイミングではない気がしてそれ以上は何も言わなかった。
シーラスが歩き出したのでそれに付いていこうとしてふと立ち止まった。
「シーラス様、ちょっと待って下さい」
振り返り町を囲う防護壁を見た。人の手だけによる土壁のこの防護壁ではまた魔物の襲来を受ければすぐに突破されてしまうだろう。
「パフ、どれ位かかると思う?」
「ポッポ」(ふむ、一日で仕上げるには終わった後の其方が使い物にならぬであろうな)
「使い物っていい方はないでしょ」
「ポッポ」(三日ほどかけるほうが良いであろうな。身の安全の為にも)
パフの言葉を受け、私は壊れた防護壁に近づき左右を見渡した。どうやら見える範囲に人は壁に触れていない。だけど念の為ベンを呼んだ。
「ベン、初仕事よ。皆に防護壁から離れるように言って、ちょっと修繕するから」
ベンは驚いた顔で目を輝かせた。
「本当か!オレ間近で魔術を見るのさっきのが初めてだったんだ。小さい頃にはあったかもしれないけど最近は魔術師が殆どこの町に来なかったから」
そう言って防護壁沿いに走っていきながら離れるように町の人に触れ回った。
しばらく走った後、遠くで手を振り合図して来るのを見ると防護壁の壊れた前に立った。
ちょっと気合をいれ、ベンが立っているところまで土の魔術で今の倍ほどの高さの壁を造った。防護壁の上を見回って歩ける幅をもたせ、通路と一か所見張り用に高い塔も加えた頑丈な物を造り上げた。
ザッと一瞬で出来上がった新しい防護壁を見つめベンが口をあんぐりと開けている。私は少し自慢気にならないように気をつけながらベンがいる方へ歩いていった。後ろからシーラスが満足気についてくる。きっと彼の計算通りに私が動いているのだろう。癪に障るが町の安全の為には仕方がない。
「これなら今度トロールが来ても上から撃退出来ると思うわ」
そう言うと上を見上げていたベンが呟いた。
「スゲー……さっきも思ったけど、そりゃ大人達がビビるわけだな」
顔を引きつらせ私を振り返る。
「あ……ごめんなさい。怖がらせるつもりじゃ……」
私はさっきの町の人の反応を思い出し彼から一歩下がった。すると後ろにいたシーラスが私の肩にそっと触れた。
「君はローズマリー様が怖いかい?」
いつもの微笑みをベンに向けると問いかけた。
「いや、凄いとは思うけど怖くはない。怖いのは力じゃ無くて人だろ。強い戦士だって良い奴なら怖くないのと同じだよ。アンタは良い奴だと思う」
そう言って笑った。私もホッとして笑うとベンはまた壁沿いに走り出した。
「もう一回見せてくれよ。今度はもう少し遠くまで行ってみる!」
張り切って走る彼を見送りながら肩にいるパフに触れた。
「もう一回位は大丈夫よね?」
「ポッポ」(宿を押さえるようにシーラスに言っておけ)
「は〜い」
私は深呼吸して気合を入れ直した。
結局予定よりは少し魔力を使ったがシーラスに取ってもらった宿へ行くとひと休みした。
ベンには何人が仕事する気があるのか、聞いてくるように言って今回防護壁を直すのを手伝ってくれた代金を渡した。
「これっぽっちか?」
「なに言ってるの、ちょっと走っただけじゃない」
「けっこう大声で叫ぶのは大変なんだぞ」
ニヤつきながら受け取ると皆が待つ家に帰っていった。
部屋で休んでいると食事の時間だとシーラスが誘いに来てくれた。私はドアを開けたものの少し戸惑った。
「町の人に私のことは知られてしまっているでしょう。怖がると思うので私は部屋で食事致します」
シーラスは手を差出し私を部屋から連れ出す。
「大丈夫ですよ、むしろここで全ての魔術師が魔王のようでは無いと知るいい機会です。彼らにしても頭ではわかっていてもどうすることも出来ずきっかけを失っているだけですよ」
なんとなく陰謀の香りがするが行ってみることにした。全て計算した行動を取っているように見えるが今のところ誰も傷つけているわけではない。
宿の食堂は私とシーラスが入るとシンと静まり返った。既にそこに座っていた人達の視線を引き連れ席につく。
「やっぱりあまり居心地が良くないですね」
「そうですか?」
シーラスはしれっと答え、すぐに宿の女主人が料理を運んできた。
「さぁどうぞ。ウチはシチューが自慢なんですよ。お疲れでしょう、町の防護壁を直してくれてるって聞きました、ありがとうございます。
あんな頼りない防護壁でも無いよりマシだと思っていたけど、これで本当に安心してここで生きていけます」
優しい笑顔で感謝された。
「いえ、出来ることをしただけですから」
「コレ、サービスしとくから町を全部囲ってね、あんたの魔術で造った壁で」
そう言ってクリームブリュレをそっと置いてくれた。次の客に料理を運びに行った女主人を見てシーラスがクスッと笑った。
「あれほどの魔術を使わせて、コレで帳尻を合わそうなんて随分安く見られましたね」
「シーラス様の演出じゃないんですか?」
私はクリームブリュレを見つめながら言った。
「私なら人前で泣きつかせて感謝を訴え周りの人を巻き込みながら噂を広めていけるようにしますよ。こんな地味にしませんよ」
確かに彼の演出にしてはさり気なさ過ぎる。
とすると彼女の本心と思っていいのか。では……
お砂糖を焦がしたフタをスプーンので背割ると私は久しぶりの大好物、クリームブリュレを心ゆくまで味わった。
ゴリゴリとろ〜りだ……
一晩開けて宿の食堂で朝食を取りながらシーラスにこの辺りの土地事情を聞いてみる。
「井戸が潰れてしまっていますからね。まずそこからでしょう。そして農業を行うには土を耕すわけですが、経験者が圧倒的に足りないでしょうね。この町にいる人は魔物を狩って生活する人が多い。農業をやるにはまだ魔物が多く危険が伴う、出来た畑を荒らされれば台無しですからね」
「土地の持ち主はどうなってるのですか?」
「今は不明な所が多いですね。管理はラッテンリット国ということになっているでしょうが、買い取る事は出来ますよ。国としても遊ばせるよりは売ったほうがマシでしょうしね」
「ではシーラス様の名義で買っていただけますか?」
「いいのですか?私に取り上げられるかもしれませんよ」
シーラスはイタズラっ子のような顔をした。
「そんな事を仰ってもシーラス様は土地に興味がないでしょう。他にやりたいことがあるようですし」
彼は平民から搾取するタイプでも無いようだし大丈夫だろう。どのみち私の名前で派手に土地を買うことは避けたほうが良いだろう。万が一父に見つかればそれこそ取り上げられる。そうなればまた孤児達の働く場所が無くなりそうだ。
宿にベンが訪ねてきて一緒に出るとまた町の防護壁を修繕する為に昨日直した続きの場所へ向かった。
今日はベンとザック、そしてパフの串肉を取ったヒューが一緒に来ていた。
「えっと……お肉食べちゃってごめんなさい」
ヒューは恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。ベンとザックは十三歳、ヒューは十歳だ。
「あとの二人も反省してたから許して下さい。今日は下のチビが昨日の魔物のせいで怖がって外へ行きたがらないからついてなくちゃいけなくて」
親兄弟を魔物のせいで失ったばかりだという小さい子がいるらしい。
「そうなの、大丈夫よ。謝罪は受け入れます」
ヒューがホッとした顔をした。




