83 エカード
この町はエカードといい、ウギマが栄えていた頃は周りに大きな農場があり国境も近い栄えた所だったらしい。
「オレも町の大人達に聞いただけで覚えてないんだけど。牛や豚なんか飼って、農場を囲う大きな鉄柵もあって、時々は魔物に荒らされていたけど今ほど被害は多くなかったって」
ベンはザックが足を怪我して引ずって歩いているのを庇いばがら教えてくれた。
「そう、農業に詳しい人を知ってる?」
私はパフに合図するとザックに癒やしをかけてもらった。
パフがパタパタとザックの前に行き彼を一回りした途端驚いて立ち止まった。
「アレ?痛くない……」
何度も足を踏みならし治ったのを確かめる。ベンは私を驚いた顔で見ている。
「内緒ね」
三人に口止めし防護壁の修繕を行うためにまたベンに近寄らないよう触れまわってもらった。ヒュー、ザックも一緒に楽しそうに走っていた。
「魔術師が防護壁を修繕するから退いてくれ!」
そんなに大きな声で魔術師って言わないでほしい。私は慌ててフードを深く被るとサッサと昨日造った所から伸ばすように防護壁を造っていった。明日で完成かな。
ベン達を連れ泊まっている宿に行くと彼らにシャワーを浴びさせ着替えさせてた。
そして私のことを他の人に無闇に話さないよう約束させた。契約はもっと大人になってからでいいだろう。今いる三人はすぐにでも働きたいが他に一緒に暮らしている子が三人いる。小さい子も働けなくても連れてきていい事を告げて今日の働いた分のお金を渡して解散した。
宿に戻るとシーラスに呼ばれ食堂の一角を借りて土地購入の話し合いをした。町から少し離れた所に平坦で昔は土壌が良かったと言われていた場所があるらしい。土地購入は砦で手続きするらしくそこはシーラスに任せることにした。すぐに場所を確認する為だと言われて馬車に乗せられ土地を見に行く事になった。
エカードから馬車で数時間。元々畑があった場所らしく、薄っすらと区画割の名残が残っていたが殆ど見る影もなく荒れた感じだった。書類によると地下から汲み上げた水を水路に流し畑へ行き渡らせていたらしい。
「図面があるのですか?」
「もちろん、これです」
シーラスは先に土地の準備を整えさせたかったらしくわざわざ連れてきたのだ。
「パフ、アッチお願いね」
図面を見ながらシーラスは水路を作る指示をしてくる。けっこう広めだ。
「ポッポ」(人使いが荒いな)
「本当ね」
あまり離れては余計な魔力がかかるのでパフとふたり愚痴りながら作りあげた。低い防護壁も作り土地を囲うとやっと終わった。井戸を掘るのは後回しだ。
「ちょっと、疲れたわ……」
朝から魔術を使ってばかりだ。
「ポッポ」(すぐに戻ったほうが良かろう。あまり余裕がないぞ)
私の限界はパフの方がよくわかっている。馬車に乗り込むとエカード目指して出発した。
馬車のなかでウトウトしていると見張りに馬車の外にいたパフが何か見つけた。
「ポッポ」(マズイぞ、ワイバーンだ)
ここは嫌な思い出の魔物の宝庫だ。
「シーラス様、ワイバーンが来ているようです」
馬車の窓から顔を出すと遠く数体のワイバーンがこちらへ向かって来るのが確認出来た。
「まだ町までは遠い。だがこのままでは……」
シーラスは少し考え御者に方向を変えるよう指示した。
「古い建物ですが隠れる事が出来る場所がある。そこで避難しつつ最終手段として応戦するほうがいいでしょう」
馬車にいてまともに攻撃をくらえば帰る足も無くなる。猛スピードで走ると遠くに建物の影が見えだした。
「間に合いそうですね」
シーラスはホッとしたように言って例のステッキを持つと椅子の下からカバンを取り出し馬車を出た。
「ポッポ」(引き付けておくから今のうちに行け!)
段々と近づいてくるワイバーンをパフのひとりが引き付けてくれている間に古い建物の中へ入っていった。
そこは朽ちた屋敷跡のようで母屋に当たる大きな建物はすっかり崩れ落ちている。その端にある一角に馬車を隠すとまだ屋根が落ちていない離れのような建物へ入っていった。
「パフ、大丈夫?」
ひとり外で残っているパフの様子を手元にいる子に聞いた。
「ポッポ」(まだ油断できん。この辺りを飛び回っておるが三体だからイザというときは殺るが今のロージーはあまり魔術を使わぬほうが良いからな。じっと時を待つ方が良い)
パフの勧めもありそこで少しの間ワイバーンがどこかに行くのを待つことになった。
「ところでこのお屋敷はどなたのですか?」
ここに屋敷があることをわかっていた様子からもシーラスには持ち主が誰かわかっているはずだ。しかも逃げ込めるほど建物が残っていることも知っていた。きっとここがこんな状態になってから来たことがあるのだ。
「ここが噂のバーンスタインの屋敷跡ですよ。昔はもっと華やいだ美しい屋敷だったのですが、魔王と戦争でこの有様ですよ」
朽ちてしまった屋敷の中は荒され不気味な雰囲気だ。私達がいる場所は応接室なのか広い部屋の真ん中にかつてソファだったものが潰れて床に散乱している。
静かな屋敷が少し怖くてパフを両手で抱きしめた。
「大丈夫ですよ。少しお待ちくださいね」
シーラスは持ってきたカバンを御者の男と一緒に開けると中からティーセットを取り出した。
「こんな時にお茶ですの?」
朽ちた屋敷に似つかわしくない美しい白いカップだ。薄い水色の縁取りが可愛いらしい。
魔石でお湯を沸かしポットに茶葉をいれお湯を注ぐ。ふんわりと良い香りがして少し気が緩むのがわかった。
御者の男がなんとかあたりを見回り木箱のような物にカバンに入っていたシーツをかけてくれ座れる様に用意してくれた。そこへ座るとシーラスがそっとお茶を運んでくる。
「たまにはこういう状況でお茶を召し上がるのもいいでしょう?」
彼なりに気遣ってくれたのかと思わず笑んでしまった。シーラスは私の近くに立ちステッキを腕に掛け時々辺りを警戒している。御者の男も離れた場所から外を窺ったり屋敷の中を見に行ったりしていた。
「お気遣い頂いてありがとうございます」
「いえ、お誘いしたのも私ですし、魔力を使わせて疲れさせてしまったのも私ですから」
いつもの微笑みだが今は本心に思える。
「本当はバーンスタイン家とどういう関係なのですか?」
紋章が入ったステッキを持ち屋敷跡に来ている。全く無縁とも思えない。
「言ったでしょう。遠縁ですよ、母方の曾祖母がバーンスタインの出なのです」
「あのお話は本当だったんですね。でもステッキの持ち主ではないと仰ってましたけど」
「えぇ、これは預かり物です」
「バーンスタインの方の、ということですよね」
シーラスは微笑むだけで答えない。
「その方とあの王都のあの店で会うはずだったのですか?」
「……これ以上は婚約でもして頂かないと話せませんよ」
ニッコリ拒否されてしまった。彼に手を組もうと言われたがそれはゾルガーを排除するということだけで済むのだろうか?何を考えているのか私にはわからない。
お茶を飲み終わる頃、どうやらワイバーンが去っていったとパフから知らされた。御者の男がティーセットを片付けている間、まだ謎が多いバーンスタイン家の屋敷の中を少し歩いてみた。
最初に中庭に当たる部分から部屋の中へ入って来たので隣へ行くと玄関ホールのようだった。天井が高く階段が落ちてバラバラになっている。やはり朽ちた屋敷は不気味で寂しい感じがする。開きそうにない玄関のドアにはシーラスの持っているステッキと同じ、向かい合うグリフォンが薄っすらと彫り込まれているのがわかる。
やはりここはバーンスタイン家で間違い無いようだ。つまり王の秘書だったセバスチャンはここの人間、旧ウギマの人間で、貴族という事だ。私達に色々隠していたということか。
少しの落胆と騙されていた驚きはあるが何故か怒りは無い。シーラスと組んでいるのなら彼もゾルガーを憎んでいたということか。
突然、肩にいるパフがピクリとした。
「ポッポ」(ロージー……タイラーが居場所を教えろと言っているぞ)
「はっ!?」
ウザそうな声のパフが言った事が一瞬理解できなかった。
「忘れてた。まだタイラーのとこにいたのね」
もうひとりのパフをタイラーが連れていたのをすっかり忘れてた。なんとなく今の状況を知らせるとイケナイ気がする。
そっとネックレスの石に触れた。
「えっとね……私の屋敷の場所を言っておいて。そこで大人しくしてると言えば大丈夫よね」
「ポッポ」(何が大丈夫なのかわからぬが嘘でいいのだな)
嘘と言われると気が咎める。
「じゃあ、そこの屋敷に住み始めたって言っておいて」
これは嘘じゃないよね、よし。
パフがそれ以上反応がなかったのでシーラスがいる方へ戻り始めた。
「ポッポ」(独りで淋しくないか聞いておるぞ)
「え!さ、淋しい……」
またネックレスに触れながら答えに迷った。
淋しいわけじゃない、いつも誰かが側にいるしどちらかと言えば賑やかだ。
だけどふと彼を思い出してしまう時がある。
顔がひとりでに熱くなる。
「大丈夫だと言っておいて。もうシーラス様の所へ戻るから話せないわ」
どうやってパフと話が通じているのかわからないが急いでシーラスの元へ戻った。
「ローズマリー様、大丈夫ですか?顔が少し赤いようですが……」
慌てて両手で頬を隠し首を横にふる。
「いえ、あの、なんでも無いです」
それ以上追求されないようにワイバーンがいなくなった外へ出た。
日は傾き急いで馬車へ乗り込むとエカードを目指す。町に到着する頃にはすっかり暗くなり宿に入ると眠気が襲ってきた。食事もそこそこに部屋へ入るとベッドに潜り込んだ。




