78 主の選択1
「お願いですから、ロージー様に余計なことを仰らないで下さい」
ヘクターが険しい表情で声を荒らげている。対するシーラスは涼し気な微笑みを浮かべ素知らぬ顔だ。
「私はただ提案をしているだけだ。それを選ぶかどうかはローズマリー様が決める事だよ」
ヘクターは私が部屋に戻ったのに気づくと口をつぐんだ。私はゆっくりと足を進めシーラスから離れた場所にあるシングルソファに座った。パフが静かにハイバックの背もたれに移って来る。振り返って見上げたが何も言わない、今日は口数が少ない気がする。
「顔色が悪いわよ、ヘクター」
声をかけると躊躇いがちに彼は私の側へやって来た。
「ロージー様、どうかシーラス様の話に耳を貸さないでください」
悲痛な表情のヘクターの握りしめられた手が少し震えている気がする。
「それは前の主の事があるからですか?」
俯き何か迷っているようだ。
「ごめんなさいね、前の主の事をそうそう口にする事は出来ないわよね。彼から少し聞いたものだから……」
ヘクターの前の主でこの屋敷の持ち主は亡くなっている。きっと彼が私にしてきたのと同じ提案をヘクターの前の主にも持ちかけ彼はそれに乗った。それを実行する為にここを出たのだろう。
ゾルガーへの復讐の為に……そしてそれは失敗に終わりここへ戻れなかった。
「……わたくしはエドワード・ゾルガーの娘でした」
ヘクターは驚いて顔をあげた。このまま黙ってここに住む続けるのはどうしても嫌だった。
「そんな……ロージー様が、あのゾルガー家の……ですが、魔術が、どうして……」
混乱するヘクターの腕にそっと手を手を触れた。彼は一瞬ビクリと身を固くしたがそのまま優しく掴んだ。この屋敷を整えるために忙しくしていた上に私がゾルガーの娘だと知ってショックを受けただろう。
「大丈夫?座った方がいいわ」
「い、いいえ。このままで」
ふわりと私の魔力が使われパフがヘクターに癒やしをかけたのがわかった。ヘクターはそれを感じ取ったのか体の力を抜いた。
「ロージー様……ありがとうございます」
「いいのよ。だけど、わたくしがゾルガーの娘だったとわかって仕えるのが嫌になったんじゃないかしら。貴方が望むならわたくしはここを出てもいいのよ」
ヘクターは目を見開き大きく息を吐いた。
そして迷いを振り切ったように私を力強く見つめた。
「とんでもございません。ロージー様はこの屋敷の主に相応しい方です。私は貴方の執事になると決めたばかり。まだそれらしい働きもしないうちから暇を告げるわけには参りませぬ」
「ですがわたくしは」
「貴方が何者であっても今の私の主に変わりありません。ここにいらっしゃる限り私はお仕え致します」
私はヘクターから手を離し頷いた。
「お話はもう済みましたか?私も先程の話を続けたいのですが、いかがです?」
シーラスがいつもの笑みを浮かべこちらを見ていた。
ゾルガーに復讐……一体何をする気なのだろう。
「詳しい話を聞きたいわ」
「ロージー様!」
「ポッポ」(止めておけ!)
ヘクターとパフが揃って声をあげた。
「ここからは二人きりの方が良いと思いますが?」
邪魔が入るのを嫌がってかシーラスがヘクターを見た。私はヘクターに頷くと心配そうに見ていたが黙って部屋から出ていった。
「パフは大人しく出来るならいてもいいけど」
「ポッポ」(其方一人でシーラスに相対させるわけにはいかぬ)
不満気だが了承し私の膝に乗ってきた。
「それで、どうするおつもりですか?ゾルガーを排除するのは簡単ではないでしょう。
あなたの話によると魔王と呼ばれた男すらゾルガーを憎んでいたのに実行出来ていない」
シーラスはニヤリと笑う。
「えぇ、そこでローズマリー様のお力が必要なのです。魔王と呼ばれた男は少し過激過ぎました。ウギマを落としたまでは良かったが王都を落とすには遠すぎた。騎士団の抵抗が思ったより強く寄せ集めの力では押し切ることができず最後には平民の男に倒された」
パフが膝の上でブルっと震えた。冷笑しながらシーラスは更に続ける。
「勇者タイラーは今やゾルガーの関心の的ですよ。彼に気を取られている間にこちらは随分と動きやすくなった」
「どういう意味ですか?」
「タイラーが魔王を倒し旧ウギマに大隊長として留め置かれている事にゾルガーが何も関わり無かったと思いますか?驚異に感じる平民を出来るだけ王都から遠ざける為に策略を巡らせ、帰還させる事無いよう戦争まで引き起こし処分しようとした」
「処分……タイラーを殺そうとしていたって事?」
だからタイラーはレーンだけを連れて王都へ密かに移動していたのか。
魔王を倒し民を護った彼を自分の驚異だからと亡きものにしようとするなんて……
体の奥底の魔力がグラリと揺れるのがわかる。
「ポッポ」(落ち着け、ここで暴走させるわけにはいかぬぞ)
パフの言葉にゆっくりと深呼吸した。それに気づいたシーラスは意外そうな顔をした。
「そう言えば婚約なさっていましたね。随分離れていらっしゃいますが、気持ちがおありなのですか?」
「いえ……あれは事情があっての事ですから。それより戦争を引き起こしたと言いましたね。まさか敵国に通じていると?」
「昔からそうですよ。派閥に都合が悪い事が起きそうになると戦争を引き起こし皆の関心をそらすのです。勿論何らかの代償を払っているでしょうね」
派閥を守る為に戦争を……他人をなんとも思っていない父がやりそうなことだ。
「そんな証拠があるなら王へ知らせれば手っ取り早く済むのではないですか?」
些細な悪事ならともかく売国行為なら許されることは無い。
「そこは巧妙でね、失敗した一族が没落し辺境で機会を狙っているというところです」
シーラスはそのせいで自ら動かず魔王と呼ばれる男をそそのかしたようだ。やったことは許されないが魔王は彼に上手く利用されたのかもしれない。
これほどの復讐心と情報、彼一人で行っているとは思えない。
そう言えば……
「初めてお会いしたのは王都でしたわね。あの時はどなたかとご一緒でしたの?」
私が彼に気づいたときはテーブルにはもう誰もいなかった。
「いえ、フラれましてね。一人で食事を楽しんでおりましたよ」
わざわざ王都で会うくらいだ。慎重に計画された怪しい繋がりがある相手だったに違いない。
「それで、私をどう利用するつもりなのですか?王都へ移る事に興味はないですし国を落とすつもりもありません。無関係の誰かを傷つけることには手は貸せません」
そう言うとシーラスは興奮を抑えるようにソファに体を沈めた。
「それはエドワード・ゾルガーを排除する事には協力して頂けると思って良いのですね」
「父がいなくなって貴方が父のように王都で振る舞うのであれば協力致しませんわ。復讐ではなく、国の為、民の為というなら少なくとも邪魔は致しません」
探るような目つきで私を見ていたがゆっくりと立ち上がった。
「今日の所はこの辺りで引き上げたほうが良さそうですね。あまり詰めるとフワリと逃げられそうだ」
まるで城から逃げ出した時のことを知っているようだ。彼に繋がりがある者が城にいるのかもしれない。
応接室を出るとヘクターが素早く応対した。
「お帰りですか、シーラス様」
「あぁ、泊まることは許されないようだ。ではまた近いうちに、ローズマリー様」
「えぇ」
昼間のことがあるため彼を屋敷に留める気にはなれない。
ヘクターはホッとしたように玄関のドアを開けシーラスを見送った。
私は再び応接室へ向かった。
日が傾き庭が薄暗くなっていた。子供達は仕事を終えたようで、誰もいない庭に出るとパフが側へやって来た。手を差し伸べ両手で受け止めると目の高さに持ってきた。
「シーラス様が嫌いなのね、ヘクターも同じみたい」
パフは横を向いた。
「ポッポ」(其方は奴の顔が好みなのであろ?)
「なっ!?違うわよ、確かに最初はちょっと見惚れたというか……」
「ポッポ」(タイラーに言ってやる)
「ち、ちょっと、どうしてそこにタイラーが出てくるのよ!彼は関係ないじゃない!」
パッと飛び立ち庭の奥へ行った。
何よあれ、ヤキモチかしら?最近あまり構ってあげてなかったかな。




