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どなたか王様の秘書セバスチャンを知りませんか?  作者: 蜜柑缶


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77 お屋敷

 魔力など無く普通の娘として生まれればよかったのか。と、何度思っただろう。

 アイダのように学院へ行き、友達と勉強する。フェルナンドのように父の仕事を手伝い城で誰にも蔑まれずに働く。

 

 そういう生活を夢見たことがないのか、と言われれば答えは勿論、ある。

 辺境での生活が嫌だったわけでは無いがどうすれば父や母と一緒に暮らせるのかと子供なら誰でも考えるだろう。

 

 シーラスの言葉は私の心に甘く優しい毒のように染み渡っていく。

 

「私が言っているのは何も理不尽なことでは無く、取られた物を取り返すだけです。本来の自分の生き方を元に戻す」

 

 本来の自分……

 

「自由に生きれた、選べたはずなのに無慈悲に奪われた生き方を取り戻したくありませんか?」

 

 奪われた生き方……

 

 シーラスは私の頬に触れ自分の方へ顔を向かせた。

 

「本当なら貴方はこの国の最高派閥の娘として美しく着飾り華やかに生活するはずだったのですよ。この美しさに心を捧げる誰かと結婚し幸せに暮らしているはずだったのです」

 

 ゆっくりとシーラスが端整な顔を近づけてじっと瞳を見つめる。

 

「私と一緒にそれを実現しませんか?」

 

 低音のよく響く声で囁く。

 

「シーラス様……」

 

 私は頬に添えられた彼の手をそっと掴んだ。

 

「なんでしょう……」

 

 もう少しで鼻が触れそうだ。

 

「それ以上近づく事は許しません」

 

 彼はピタリと動きを止めゆっくりと離れていった。触れていた頬からも手を離すとフッと笑った。

 

「失礼致しました……ついその美しさに自分を抑えることが出来なかった」

 

 ソファに座り直すとカップを手に取り何事も無かったようにお茶をひと口飲んだ。

 そんな言葉を信じるほど私は馬鹿じゃない。見目麗しいシーラスの誘いを断る事は本当なら難しい事だろう。

 

「シーラス様はゾルガーを憎んでいるのですね」

 

 私のような小娘を懐柔しようとするほど。

 

「私だけではありません。あの一族を憎むものは多い、かの魔王もゾルガーを憎んでいた。ゾルガーがいなければ魔王も誕生しなかったのですよ」

 

 膝の上のパフがピクリと反応した。私はパフの小さな頭をそっと撫でる。

 

「魔王がゾルガーを憎んでいたのですか?」

 

 どういうことなんだろう?

 

「えぇ、ご存知ないのは仕方ありませんがそれほどゾルガー一族は代々自らの勢力を伸ばし守る為にありとあらゆる手段を講じて今の姿を保っているのです。

 その影に犠牲になった貴族、平民は数しれず。それは今だに続いている。貴方も私もその一人。屋敷にいるヘクターもそうです。彼はゾルガーのせいで大事な主を失った」

 

 パフが急にバタバタと飛び立ちテーブルのカップを蹴り飛ばしシーラスの服へ投げつけた。

 

「パフ!!何をしているの、止めなさい!」

 

 私は慌ててハンカチを取り出しそれを拭こうとした。

 

「あぁ……大丈夫です。このままで、それより屋敷へ向かいませんか?もう準備は出来ているそうですよ。ヘクターは優秀ですからね」

 

 シーラスはパッと汚れた上着を払うと立ち上がった。自らのハンカチでサッとそこを拭い部屋を出るためにドアへ向かう。私はヤンチャな困った子のパフを睨みつけた。

 

 いきなりシーラスをまだ準備が整っているか確かめていない屋敷へ連れて行くのは気が咎めたがどうやら彼は以前の主と親しいようだし、屋敷の事もよく知っているようだ。

 

 仕方なく私はパフを呼び寄せ宿の自分の部屋へ行き荷物をまとめるとガロへジルドに屋敷へ来るように伝えるよう頼むとシーラスの馬車に乗り屋敷へ向かった。

 

 

 

 

 数時間かけあのわかりにくい森の奥の陰にある屋敷へ到着した。

 

「まぁ……随分見違えたわね」

 

 正面の門の雑草は初日に私が焼き払ったものの、屋敷を囲む鉄柵の内側の雑草はキレイに刈り取られ、玄関までのアプローチの石畳も見事に整えられていた。建物の側には数人の子供達が座り込んで草むしりをしている。一人はまだ小さい男の子で、ロッティの弟レジーだ。二人で仲良く抜いた雑草をまとめている。

 

 馬車が門から入りアプローチを進むとそのうちの一人、ヘイリーが玄関のドアを開け中へ声をかけたようだ。中からルーが顔を出し、馬車の窓から私が手を振ると慌てた様子で建物の中へ声をかけ持っていた雑巾をヘイリーに渡し扉の前にキッチリと立つとその横に慌てた様子を見せないヘクターがスッと並んで出迎えてくれた。

 

 馬車が玄関前に到着し、御者が扉を開くとシーラスが先に降りていった。

 

「久しぶりだね、ヘクター。元気だったかい?」

 

 シーラスは声をかけながら振り返り私へ手を差し伸べる。仕方なくそれに従い馬車から降りた。

 

「お帰りなさいませ、ロージー様」

 

 ヘクターはキッチリと頭を下げる。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。急に帰られては準備に困りますわ」

 

 ルーが少し不満気な顔をする。ちゃんと出来上がってから迎えたかったのだろう。

 

「ごめんなさいね。シーラス様がもう準備が整っているだろうと仰って来てしまったの」

 

 ヘクターは私達を中へ案内しながらシーラスを見た。

 

「いつぶりでございましょう?シーラス様」

 

「十年は下らんだろうね。あの方がここを出て以来だから」

 

 私の肩に止まっていたパフがパッと飛び立ち玄関ホールから左にある部屋へ開いているドアから入っていった。

 

 ヘクターは少し顔をしかめたがそれに続いて部屋へ私達を案内した。

 そこはどうやら応接室らしく日当たりが良い広い部屋で、庭へ続く硝子戸、古めかしい暖炉が正面にあり中央に応接セットが設えてあった。

 

「これは前からあったものなの?」

 

 応接セットは新品とは思えなかったが十年前の物とも違う気がする。

 

「いいえ、ガロへ頼んで入れさせました。今はこういう物を作る職人も不足しておりますので新品は手に入りにくく出来るだけ状態の良いものを選んだのですが」

 

 ヘクターは中古製品が気に入らないらしく不満気だ。

 

「構わないわ、まだ十分使えるもの」

 

「他にもお嬢様の部屋のベッドも新品が無くて……」

 

 お茶の用意を運んできたルーも不満気な顔をしている。

 

「大丈夫よ、野宿だってしてきたのに」

 

 それを聞いたヘクターは首を振ってため息をついた。

 

「もう野宿はおやめください」

 

 そうは言っても宿があるかどうかなんて行ってみなくてはわからない。取りあえず返事だけすると庭へ続く硝子戸を開けた。

 シーラスはソファに座りヘクターと話し始めた。十年ぶりなら積もる話もあるだろう。

 パフは暖炉のマントルピースの右側に止まり部屋を見渡している。

 

 庭へ出ると子供達が刈り取った雑草を必死に運んでいるのが見えた。

 

「みんな、頑張ってるわね」

 

 そう言うと私に気づいた子供達が駆け寄ってきた。

 

「ロージー様、お帰りなさい。早かったですね」

 

 カイルがニッコリと笑って迎えてくれた。

 

「まだ掃除が終わってないのに帰ってきたのですか?ロージー様」

 

 ブレアがちょっと驚いたような顔をしている。

 

「ヘクターさんは掃除が終われば帰ってくると言ってたのに、勝手に帰ってきたの、ですか?ロ、ロージー様」

 

 マックスが難しい顔でちょっと恥ずかしそうに視線をそらしながら言った。三人共いつの間にか私をロージー様と呼び、なんとか丁寧な言葉で話す。ルーが素早く間違いを訂正する。

 

「お戻りになる、か、お帰りになる、というのです」

 

 そう注意され三人は口々に「おみどり……おもどれ」「お、お帰りに」とゴニョゴニョと言い合う。

 

「ふふふっ、凄いわね。屋敷もキレイになっていて、とても嬉しいわ」

 

 マックスはやっと私を見て笑った。

 

「オレたち凄く頑張ったんだ。草がぼうぼうで凄かったんだぜ!」

 

「虫がいっぱいでロッティ達がぎゃあぎゃあうるさかった!」

 

「ご飯がお腹いっぱい食べれるんだ!」

 

 三人がワイワイと騒ぎ始めると玄関先にいた女の子達もこちらへやって来た。

 

「ロージー様ぁ!お帰りなさい」

 

 レジーが走ってくると私に抱きついた。

 

「まぁ!おやめなさい!」

 

 ルーが慌てて止めようとしたがレジーを見たデラニーも抱きついてくるとヘイリーもそれに続いた。ロッティは少し躊躇っていたが手を差し出すと嬉しそうに加わった。

 

「ロージー様、お帰りなさい!お屋敷キレイになったでしょ?」

 

「私がロージー様の部屋の窓を拭いたのよ」

 

 口々に話す女の子達の迫力に押されちょっと驚いた。

 

「そうなのね、ありがとう」

 

 足を踏ん張りながら皆を受け止めているとルーが一人ひとり私から引きはがし一列に並べた。

 

「みんなちゃんとご挨拶の練習をしたでしょう!お嬢様に抱きついてはいけません、失礼ですよ」

 

『は〜い。』

 

 子供達は元気良く返事をした。

 

「お返事は短く!」

 

『はい!』

 

 ルー、あなたが一番頑張ってるわね。ありがとう。

 

 

 

 

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