76 元国境の街 バルク3
ジルドが戻って来たので宿の食堂で食べながらこれからの打ち合わせをした。
数日はここに泊まって魔物を狩り、取引所へはジルドだけに行ってもらう。屋敷が整えば拠点をそこに移し、魔物を狩ったり人を集めて農場へ送り込んだりする。
「人を集めるならアントンさんにも声をかけてもいいんじゃないか?あの人なら顔が広い」
「なるほど、そうね。だったら家庭教師も探して欲しいわ。子供たち用の」
ジルドは顔をしかめた。
「孤児院でもするのか?」
「孤児院にはしない。働いてもらわないと費用が追いつかなくて途中で破綻したら困るから。でもある程度の教育は必要でしょう?最低限の文字や計算を教えてその中から勉強が好きな子がいればもっと教育して経理や秘書にする。農場を始めた以上必要よ。しばらくは私とヘクターで出来るけどどっちも忙しいから」
「何故そこまで孤児にこだわるんだ?大人の人手も探せばそのうち見つかるだろ」
「勇者タイラーは孤児だった」
私はジルドにタイラーのことを話した。彼は孤児でありながら戦士に育てあげられ今は立派な大隊長だ。平民でありながら人々を護り国を護った。
「彼は英雄なのよ」
「婚約者自慢か?」
ジルドがボソリと言う。
「ちっ、違うわよ。彼は……そう言ってくれているけど、本当は違うの。事情があったのよ。いずれキッチリと解消されるわ」
自然と顔が熱くなり横を向くとネックレスの石に触れた。
「とにかく、彼が言うには孤児の男の子を集めて戦士に育てるところがあるって」
「あぁ、知ってる。バナンのところだろ?がめつい奴だって言われてる」
バナンは時々町や村をまわり体格の良さそうな孤児の男の子を連れて行くという。
「男の子や戦士になりたい子には良いけど女の子や戦いに向かない男の子もいるでしょ?そんな子が働ける場所が必要だと思うの。孤児でも立派にやれる」
「勇者タイラーのようにか?」
ジルドがニヤついて言う。
「そうよ、孤児の為なら彼の名を利用してもいいでしょう?」
ニヤつく顔に腹が立つ。
「いっそ婚約者だって言ったほうが人が集まるぞ」
「もうやめて」
ジルドのからかうような目に堪えられず立ち上がると部屋へ帰った。
ベッドに座り先に部屋へ戻り留守番していたパフが近寄ってきたので膝に乗せた。
「ポッポ」(大丈夫か?疲れたろ)
「えぇ……」
パフを撫でながらホッとため息をついた。
正直、孤児達は思ったより酷い生活をしていた。ミーナがいた場所はあまりに酷くて足が震えた。カイルの手前平気なフリで彼女を抱き上げたが本当は怖かった。感染る病気ならどうしよう、ここから連れ出してもいいのか?心は揺れ動いたが後にひけなかった。ミーナは汚れて異臭がしたし抱いている間、何度も吐き気がした。鳥肌が立ち早くどこかへ投げ出したかった。だけど縋るようなカイルの瞳と力無く私を見るミーナを突き放すことが出来なかった。
「これで良かったのかしら……私にタイラーを育てたバナンの真似が出来ると思う?」
「ポッポ」(駄目で諦めても誰もロージーを責めたりせぬ)
「失敗すれば子供達は困るわ」
「ポッポ」(失敗するまでは彼奴等も食事にありつけるのだから不満はないであろ。元々酷い生活だ。昔はここまで非道く無かった。街が賑わい品物も多く人も大勢いた。
だが王都の貴族が特権を振りかざし辺境は廃る一方だ。だから他国より戦争を仕掛けられるスキが出来る)
パフが昔の話って……やっぱりパフには過去があるってことか。でもきっと聞いても嫌がる。
「そうなのね」
問いただすことはせず、ベッドに横になると眠ってしまった。
数日はガロの宿を拠点に魔物を狩って過ごした。
元国境の旧ウギマの近くには魔物が沢山いた。ゴブリン、オークは勿論、オーガも多くバジリスクが出た時は慌てたがパフと連携して倒した。
その時は流石にジルドの馬車だけじゃ積みきれないので何台か荷馬車を雇い取引所へ持ち込むことになった。
私が倒したバジリスクの側で待っていると数人の男がやって来て解体し積み込んでいく。時々こういうことは行われるらしいが大概はグループで追い込み倒して取り分を山分けするらしい。だけど今ここにいる人間はジルドと私だけだ。フードを目深に被り大人しくしているがジロジロと見られているのがわかる。
「お前あの時の魔術師か」
そう言われ顔をあげるとバルクへ来て初日に絡んできた男が立っていた。
「凄腕だったのか、オレは命拾いしたってことだな」
男は鼻で笑いその場は立ち去った。
バジリスクを取引所へ持ち込むのはジルドに任せ先に宿へ降ろしてもらう。
そろそろ噂になっているのかもしれない。孤児を屋敷へ送ってから一層狩りに力を入れ豊富な狩り場で次々と魔物を倒していたが少しやりすぎたかな。
もう屋敷の準備が整っているかもしれない。噂が出る前に引き払おうかと思いながらパフを連れ宿へ入るとガロに呼び止められた。
「客が来てる。ここじゃなんだから奥の部屋へ通しておいた」
そう言われ案内されてカウンターの奥の部屋へ入っていった。
「ああ、やはり貴方でしたね」
応接スペースにあるソファにはいつもの柔らかな微笑みを浮かべたシーラスがカップを手に優雅に座っていた。
「どうしてここに?」
彼は立ち上がり私の手を引きエスコートして座らせるとガロにお茶を頼むと隣に自分も腰掛ける。
「オレは給仕じゃないんだがな」
ガロはぶつくさ言いながら用意してくれる。
「あの屋敷に人が入ったと聞きました。しかも若い女性だと」
私はお茶を持ってきたガロを見た。
「これも仕事なんでね」
彼は私の前にカップを置くと肩をすくめ部屋を出ていった。どうやらシーラスに情報を流しているようだ。
「えぇ、偶然見つけたんです」
私はカップを口に運び一口飲むとシーラスの様子を覗う。
彼はパフが私と話せて魔術を使う時の補助をするということぐらいしかわかっていないはず。パフがあの屋敷へ行けと言ったことは知らない。
カーリの町で起こった事を見て私が魔術を使う事は知られてしまったが父や他の貴族へ知らせた様子は無い、だが油断は出来ないだろう。
「あの場所はただでさえ分かりづらい上に、結界が施されていたはず。貴方が解いた、ということですね……」
「ポッポ」(気をつけろ)
パフが私の膝に乗ってくる。
シーラスはお茶をひと口飲むと手にしたカップをテーブルにガチャリと音を立てて置いた。いつも優雅な彼にしては珍しい。
「あぁ、失礼しました」
そう言うと気持ちを落ち着かせるように深く息を吸い込み静かに吐いた。そして体を私に向けた。
「ローズマリー様、私と手を組みませんか?」
「どういう意味でしょう?シーラス様の土地をお借りすることは決まっておりますし、それ以上に手を組むとは何があるのでしょう?」
私は素知らぬフリで首を傾げた。すると彼は家名を名乗った時と同じ自嘲した表情を浮かべながら微笑んだ。
「私の一族が没落したのはゾルガー家の策略でした」
私の中の魔力がゆらりと揺れ、パフが警戒を高めたのがわかった。カップをテーブルに置きひと呼吸する。
「わたくしには関係ないことです。父からは勘当されておりますから、もうゾルガーではありません」
「ですが魔術が使えます。それも優秀な魔術師だ。それを有効に使って貴方を追い出したエドワード・ゾルガーに復讐したいと思いませんか?」
シーラスはもう優雅な微笑みに隠そうともしない好機を得た復讐者の顔を見せた。ゾッとする冷たい笑みで私を見る。
「ご期待に添えませんわ。わたくしは追い出されたのでは無く自ら出て来たのです」
「ですがそうさせたのはエドワード・ゾルガーでしょう?あなたの他に二人の子供がいたはず、彼らは出ていこうとしていないのに、貴方だけがそう思うような扱いを受けてきたはずです」
彼は私が『無能者』として暮らしてきた事を知っているのだ。




