79 主の選択2
部屋の中へ戻るとヘクターが待っていたようだ。
「ローズマリー・ゾルガー様……」
迷い遠慮がちに私を呼ぶ。
「貴方にそう名乗ったことはないわ。言ったでしょ、ゾルガーだったと。
今はただのロージーだしあなたにもそう名乗ったはず。他の呼び名には返事しないし、私はここを出ていかない」
「はい……申し訳ございませんでした、ロージー様」
ヘクターはやっと吹っ切ったように姿勢を正した。
「お食事の用意が出来ております。それからジルドが来ております」
「そう、お腹ペコペコよ。彼の部屋も用意してあげてね。お食事も一緒にするわ」
ヘクターが顔をしかめた。
「ジルドは平民だけど仕事相手よ。これまでもこれからも彼とは対等よ。お互いに仕事をする上で必要なの。私の執事ならこれからは平民、貴族に関係なくお客様が来れば同じように対応してもらうわ」
一瞬目を閉じたがすぐに切り替えたようだ。
「では、ジルド様とのお食事のご用意を致します。こちらへ」
そう言って私を連れて食堂へ案内した。
ジルドとの食事を終え場所を応接室へ移した。ここはとても居心地がいい。
「それでシーラス様の話に乗るのか?」
ルーがお茶をいれてくれカップを口へ運ぶといい香りが立ち上り気持ちがリラックス出来る。
「乗る、というかどうか分からないけどゾルガーをこのままにはしておけない」
国を裏切りタイラーの命を狙っている。それを阻止する為には排除という方法しか無いだろう。
「何かあるかとは思っていたがゾルガーのお嬢様だもんな」
タイラーが婚約者だと名乗った時点でジルドは気づいたようだ。あれだけ派手に凱旋したのだ。王都では知れ渡っている。
「ちょっと話がデカ過ぎてオレはもうどうでもいい気がしてるけど、アントンさんは気づいていたようだぜ。流石だよ」
抜け目ない商売人という事なのだろう。
「アントンさんにはゾルガーの動きを探ることって可能なのかしら」
「そりゃ、情報屋も兼ねてるからな。金になることならやるだろ」
「だったらオスロワスとの繋がりを探ってほしい」
シーラスの言うことが本当ならオスロワスと連絡を取っているはず。
ジルドによると今、オスロワスは変な動きをしているが果たしてそれが父の企みなのか、それとも不安定なこの国が落としやすいと思われているのか。
オスロワスからこの国を攻める事は以前は容易くはなかった。西側に隣接しているがほとんどの境界は切り立った岩山に阻まれある程度の大勢の人間が行き来できる道はラッテンリットの南西に位置する部分だがそこも戦うには難しい狭い場所だ。一気に攻め込むには不利な位置で砦もある。
だが北は今や旧ウギマを国土とした為そこが狙い目になっている。王都からも遠く素早い対応が難しい。砦もあるが旧ウギマとの国境に立っている為、現在の国境であるオスロワスとの国境からかなり離れていて、境界線の警戒もおざなりなようだ。やはり攻めてくるなら北からだろう。
「それと、旧ウギマへ行ってみたい」
「はぁ?どうしてそんなところへ?魔王の根城だったんだぞ、今だに危険だ。第一砦の向こうへ行くには国境ではないけど検問がある。流石にそこは貴族が行っているから地元民じゃないオレは簡単には通れない」
貴族が絡んでるのか、だったらシーラスに言えば通れるかもしれない。
それからジルドと農場の人の集まり具合と魔物を売った金額、これからの予算等を打ち合わせた。
やはり宿では無く自分の屋敷があるというのは気持ちが安らぐ。まだ馴染んではいないが他人の目を気にすることなく過ごせるし静かだ。
話し合いが終わりルーに自室へ案内してもらう。二階へ向かう階段を上り初日に入った突き当りの部屋へ行くと部屋の入り口にとまり木が設置してあり、そこへここに置いていたもうひとりのパフが止まっており護衛をしているようだ。
カワイイ……
「さぁ、どうぞお入りになって下さい」
ルーが出来栄えを披露するように言った。部屋の中は見違えるほどキレイに整えられていた。屋敷の中をまだ全部は見ていないが玄関ホールや応接室、ここへ来る廊下は完璧に掃除がされていた。
私の部屋はテーブル、ソファ、カーテン、絨毯などは新品では無いが入れ替えられ、まだ使えそうだった暖炉と執務机などは修理したらしい。寝室もベッドは入れ替えきれいに整えられていた。奥に浴室もあり準備が出来ていた。
「お嬢様、申し訳ありませんが魔石の準備をお願いしても宜しいですか?」
ルーが蛇口を指差した。貴族の屋敷にはあらゆるところに魔石が使われ生活がしやすくなっている。宿屋でもそれなりのところではシャワールームに魔石が使われお湯が出る。
屋敷の掃除をするにあたり既にルー達が住んでいたので一階の一部のみお湯が出るようにしていたようだが、私の部屋は急に帰ってきた為まだだったようだ。魔石の使用開始には魔術師の力が必要でお金がかかる。大した魔力はいらないので下位貴族の魔術師の仕事だが、平民のほとんどは貴族として生きるのを止めた私のように密かに平民として生きている魔術師が貴族より安価に引き受ける仕事らしい。
魔石に魔力を送り込み起動させた。設置されていた施設はまだ使えるらしくそれだけでお湯が出るようになる。蛇口をひねるとふわりと湯気が立ちのぼった。
「これでいいわね」
その時遠くでジルド叫ぶ声が聞こえた気がした。
「あ……」
ルーが何か気づいたようだ。
「客室の蛇口もまだでしたわ」
冷水シャワーを浴びたようだ。
次の日、バルクに滞在しているであろうシーラスに砦の検問を越えられるか頼みに行った。ガロの宿にいた彼は私一人ならなんとかなると言ったのでジルドには他の仕事を頼んだ。
シーラスの馬車でここから一時間ほどの砦まで向う。
ここから先は更に魔物が多くいる。もちろん、パフが側にいるが念の為もうひとり空から見張らせ進んでいった。
バルクを出てしばらくいくと遠くに砦が見えてきた。いかにも堅牢で石造りの外壁が正面に見えその奥に国境を守っていた砦の建物の一部が見える。
検問らしき小さな門には数台の荷馬車が止まり順番を待っている。砦の向こうへ品物を届けるのだろう。護衛らしき冒険者風の男を数人連れている馬車もある。
シーラスの馬車はその横を通り過ぎ検問が行われている場所へ直接向かった。門にいた騎士の前で馬車を止めるとシーラスが窓から顔を出す。
「ご苦労だね。いいかい?」
「シーラス様、お一人……ではないようですね。どなたですか?」
やはり身元を確認されるのだろうか?私はフードを目深に被ってはいるがシルエットから女性であることはわかるだろう。
「無粋な事を聞くんじゃないよ。時々高貴な御婦人の中には戦場跡など見てみたいと仰る方がいる。追求するのは身の為にならないよ」
そう言うとこっそり何かを渡したようだ。貴族も平民もやることは変わらない。
「最近また魔物が増えた感じがしますからお気をつけて」
騎士はそう言って門の方へ合図すると馬車は進み外壁の中へ入った。砦の中を馬車で通り建物を挟むようにまた外壁があり、向こうの門を抜ければ旧ウギマだ。
馬車が行き来するところから離れた場所で騎士達が訓練をしているのが見えた。最近まで戦争をしていたのだから大勢の騎士がいるのかと思っていたが予想より少ない感じがする。他へ偵察にでも出ているのだろうか?
「規模が小さくて驚きましたか?この先へ行っても騎士が配置されている場所などありません。流石に戦時には多くの騎士がいましたが終戦をむかえ随分引き上げられました。この先が新しく国土として手に入れた場所ですが本気で自領として扱う気があるのかと疑いますよ」
砦の向こう側にある門を抜けると何も無かった。




