57 地主1
男とジルドが少し睨み合うかたちになった。
「そっちが先に声をかけてきたんだ」
ジルドが私をチラッと見た。
「この人が土地を売ってくれるって言うから見せてくれるように頼んだだけよ」
私は何も悪くない。
ジルドがため息をつき男を見た。
「悪いな、世間知らずなんだ。土地の話は忘れてくれ」
「待ってよ、本当に見たいわ」
「土地なんか買ってどうするんだよ」
「それは見てから決めるわよ」
私達が言い合っていると男は黙って立ち去ろうとした。
「ちょっと待って」
ひとり黙って歩いて行く男の後ろに付いて行った。暗い顔で元気は無く少しやつれた感じだ。
「さっきなんの話をしてたんですか?」
「あんたには関係無い」
大股で歩く彼に小走りでやっとついて行く。
「でも土地を買ってくれって言ってたじゃないですか?」
息を切らしながら必死に尋ねると男は急に立ち止まり振り返った。
「そりゃ買ってくれるなら有り難いさ。だけどあの土地を見れば誰だって要らないと思うだろうよ」
「そんなの見なければわからないわ。ついて行ってもいい?」
「勝手にしてくれ」
よし、許可が出た。
男の後ろをほとんど走りながら付いていた。村の賑やかな所を抜け外れまでやって来るとそこで脇道に入り更に進む。
村の中心から大分離れた所にあるのね。
ここに来るまでも畑は沢山目についた。どこも広く青々とした野菜が育ち人々が精を出して働いている。地主に雇われているらしい者達が畑を耕し収穫して村でまとめて買い上げて売りに出しているのだ。
男は更に進み森を抜け人里離れた所にポツンと一軒の家がありそこへ入って行った。家の近くには小さく畑があり、いくつか並ぶ畝に控えめに野菜が育っていた。
男が入って行った家に近づき開いたドアから中を覗いた。家の中にある台所で食事の支度をしていたのか若い女性が手を拭きつつさっきの男と話していた。
「また駄目だったの?」
「あぁ、無理だの一点張りだ。もうここを離れてまたどこかで雇ってもらうしかないかもしれん……すまん」
「仕方ないわよ。地面の下はわからないもの」
何とか笑顔を浮かべて男に笑いかける女性が私に気がついた。
「どちら様ですか?」
男は私を無視したが家に入ると女性に挨拶をした。
「はじめまして、ロージーと申します。この方の土地を見せて頂こうと思いまして」
「うちの土地を!?どういう事ジョシュ?まさか騙して売ろうとしてるんじゃないでしょうね」
女性は男を振り返った。
「騙してなんてない……そいつが勝手について来たんだ。それより明日にでも働き口を探しに行く。フェリシーもそのつもりでな」
見た目は少し小柄のフェリシーは私をすまなさそうに見た。
「ごめんなさいね、お嬢さん。うちの土地は水が引けなくて畑として使えない土地なの。だから買うのは止めておいた方がいいわ」
「水が引けないってどういう事ですか?」
フェリシーはジョシュを振り返りながら仕方が無いって顔をした。
二人は結婚の約束をした時からお金を貯めて自分達の畑を持つことが夢だった。やっと貯まったお金でこの土地を見つけ下見も何度もして買った後で水が引けないとわかった。
「土地はいいんだ。森の中にあって誰も手をつけてなく、村の中心から遠いから安くて広く買えた。水はちょっと遠いが川から引けばいいと思ってたんだ」
体力と腕力に自信のあったジョシュは自分で水路を掘ろうとしたらしい。
「だけど途中で硬い岩盤に当たっちまった……」
少しくらいなら自分達で水を川から運べばいいが畑の水ともなるとそうもいかない。生活用の水も無く、井戸を掘っても水量は少なくどうしようもなくなったらしい。
「そうだったの……」
こんな辺境では魔石を扱う業者も行き届いてなく施設を設置する事も難しい。畑に必要な水を用意するほどの魔石を賄うことも難しいだろう。
「私達も他所へ行く事にしたし、何に使うにせよここじゃ色々不便だろうから買わない方がいいわよ」
黙って売った方が自分達は楽になっただろうに、フェリシーは私が若く何も知らなくて買い取ったりしないように止めてくれたのだ。
「硬い岩盤ってどこですか?」
ジョシュは呆れた顔をしたが最初に話を持ち出してしまったのは自分だった為キッチリ諦めさせようと岩盤の所まで案内してくれた。
彼らの土地から川までは森を通る、畑まで水を人手で運ぶには遠くやはり水路が不可欠なようだ。水路を掘ろうとジョシュが川から森の入口付近まで掘り進めた溝があった。丁寧に土を掘り木で溝を囲って崩れないように形を整えている。見かけによらず器用で腕は良さそうだ。
森に入ってすぐの所で溝は止まっていた。
「なるほど、これは硬そうね」
「最初は大きな岩かと思って回り込もうとしたがここら一体がそもそも硬い岩盤で覆われているらしい……オレが騙されたんだ。大事な金だったのに……」
少しでも安くて広い土地を探していたのが仇になり焦って契約してしまったらしい。
「村の役場に岩盤だけでも何とかしてくれって頼んだんだがなかなか取り合ってくれなくて」
これくらいのものなら優秀な魔術師を雇わなくてはいけないだろう。
何度か試したのか削られへこみが出来ている岩盤のそばに刃が欠け柄が折れた道具が転がっている。
「どう、いける?」
「ポッポ」(もちろん。だがどうするつもりだ?また施しをするのか?)
「違うわ。私、最近ちょっと世慣れてきたの」
パフとコソッと話をし、ジョシュに手を差し出した。
「良くわかったわ、ありがとう」
ジョシュは親切に接した結果騙されなくて良かったと私が喜んでの握手かと思いその手を握ったようだ。
「いや、オレも後味悪く生きて行きたくないからな」
「じゃあ契約成立ね、お幾らかしら?」
「あぁ?」
握った手を離さず彼は首を傾げた。
「話を理解出来なかったのか?」
「ちゃんと理解したわ。その上であなたの土地を買い取るのよ」
「本当か?オレを騙してるのか?」
「買い取る側の私が騙すとすれば……値段かな?言い値で買うわよ、だったらお互い納得よね」
まだ信じられない顔をしているジョシュを急かして家に戻り契約を始めようとした。
「もう済んだか?」
ジョシュの家の前にジルドがしかめっ面で腕組みして立っていた。
「ここの土地は駄目だ。水が引けないって役場で聞いた」
あれから役場でジョシュの事や土地の事を調べてここへ来たらしい。
「知ってるわよ、本人から聞いたもの」
ジョシュを家に押し込み契約書を用意するように言った。
「わかってるなら帰ろう。宿は抑えた」
「ありがとう、契約が済んで仕事を終えたら行くわ。場所だけ教えて」
家の中に入りテーブルに出された契約書を読み込む。
契約書と言ってもこの土地は誰の名義でちゃんと売買済みだと書かれた書類を役所に一緒に行って提出するだけだ。
ジョシュは身元をこの村に登録しているからそれだけだが私は身元を明かせないのでロージーとだけサインし保証金と、何かあった場合は土地を村で没収するという追加の契約をしなければいけないようだ。
「わぁ、結構な金額ね」
家に入って来たジルドが私から書類を奪い取るとジックリと読み込んだ。
「この広さでこの金額なら確かに破格だな。だけど使い物にならないんだぞ。何するつもりだ?」
「ナイショ。早く契約を済ませましょう」
私が本気だと悟ったのかジョシュは急いで家を出る。フェリシーはまだポカンとしていたが彼女は置いてそのまま役所へ向かった。
ジルドは呆れながらもついて来ている。
「せっかく貯まった金をこんな事に使うのか?」
「結構貯まったから何に使おうか悩んでいたの、丁度いいわ」
土地を買ったところで大して減りやしない。
役所に到着し立会人のもと、契約金を払い保証金を払い書類にサインして無事に終了。ジョシュには現金が、私には土地が手に入った。




