56 野宿2
辺りはすっかり暗くなり離れた場所で野営する人達の物か、ポツリポツリと灯りが見える。どれか一つはレックスとトーマスのものだろう。もちろん彼らは二人では無く、数人の護衛や部下と一緒にいて、交代で魔物や野盗に備えるのだろう。
私とジルドは二人だがパフがいる。
パフはもちろん眠らなくても大丈夫だから見張りにはうってつけだ。ジルドが簡易浴場にいる間にもうふたりほどパフを呼び出しそれぞれ見張りに配置した。ひとりは私と一緒に寝るのだ。カワユイからね。
ジルドが使い終わった天幕を片付けて干し、まだ濡れた髪を拭きつつ馬車へ戻って来た。
「ロージーは御者台の後ろで眠ってくれ、オレは外で見張ってるから。明け方にでも変わってくれ、先が長いからな少しは眠っておきたい」
「大丈夫よ、パフがいるからジルドも一緒に眠って」
そこまで言ってふと気づいた。御者台の後ろで二人寝るにはちょっと狭過ぎる。寄り添わない限り無理だ。
「い、一緒は駄目よ。別々の場所で、お願い」
慌てて訂正した。
「当たり前だろ、何慌ててるんだよ。だけどパフって有能だな……さっきはちょっと疑ったけど」
今度から湯加減をみなくては。
パフからの視線を感じつつ何とか微笑んだ。
馬車に乗り込み御者台の後ろのスペースに入る。このスペースにだけ屋根があり、少しの荷物と一人くらいがゆったりと横になれる感じだ。前後は幕で仕切られ外からは見えない。後ろ部分の幕を開くとジルドがいた。屋根と支柱を組み合わせ簡単にテントを張って眠る場所を作っていた。
これ一枚の仕切りなの?
視線は遮られているがけっこう近い。私が不安そうな顔したのかジルドが真剣な顔でパフを指差す。
「オレは死にたくないから、そっちには絶対にいかない」
そう言ってふっと笑った。その顔を見て安心しお休みを言って幕を閉めた。
信じてはいるが気になる為荷物をいくつか境目に置いて髪をほどいた。櫛で梳なおし、かるく結わえると横になった。頭もとにパフが来てちょこんと丸く落ち着く。それに触れつつ目を閉じると落ちる様に眠った。
ボソボソと聞こえる話し声で目が覚めた。パフがいるはずの所に手を伸ばすとふんわりした羽に触れた。この子がいると言う事は大丈夫なのだろう。
「だから、少し挨拶をしたいだけだ」
どうやらトーマスが来ているらしい。
「疲れてまだ眠ってるんだ。起こすのは可哀想だよ、旅慣れて無いんだから」
「そんな事はわかっている。彼女は……いや、とにかく待たせてもらうからな」
私が貴族の、しかも上位貴族ゾルガーの娘である事は流石に隠してくれたようだ。ジルドは貴族だとは気づいているようだが下位の田舎者くらいに思っているだろう。
起き上がり身支度をし髪を梳いて結あげると丸めマントを着るとフードを被った。
幕を開けて顔を出すとトーマスが駆け寄り馬車を降りるのに手を貸してくれた。差し出された手に捕まり地面に降りるとそのままその手を両手で握られた。
「ローズマリー様、私はもう立ちます。やはり一緒に行っては頂けませんか?」
あきらめ切れない顔で見つめられ少し俯いてしまう。
「そこまで言って頂いてありがとうございます。ですが、わたくしはこの国に居たいのです」
何をすればいいのかまだわからないが離れたくはない。
「私がここに留まれば一緒になって頂けますか?」
そっと近づき真剣な眼差しで見つめられる。
「いいえ、トーマス様とはご一緒出来ませんわ」
一歩下がると首を横に振った。やっぱり、という感じでため息をつくと彼は私の手の甲にくちびるをそっとつけると淋しげに去って行った。
黙ってそれを見送り竈でスープを作ってくれていたジルドの方へ行った。
「真剣に告白して真剣にフラレる奴を初めて見た」
からかっているのかと思って彼を見ると真面目な顔をしていた。
「良い人なのよ。私が辛い立場にいると思ってかばって下さっていたの」
「それだけじゃないだろ、あそこまで思われても心は動かなかったんだな」
「心が動く……よく分からないわ」
ジルドが何を言わんとしているのかはわからず、黙って差し出されたスープを手に取った。
朝食後、竈を潰し、辺りをキレイにすると出発した。
街道にはいくつかの馬車が西へ向かって走り皆それぞれ進んでいく。
「今日はどこへ向かっているの?」
ジルドはニヤリとして私の肩に止まるパフを見た。
「コイツがいるからな。ちょっと街道をそれて山深い所に行く。野宿になるが狩りをして獲物を売れば明後日には町に泊まれるだろ」
どこに狩り場があって、どこに町があるかは私にはわからないのでそこはジルドにお任せだ。
魔物を狩っては売りを繰り返し、二人の旅は進んで行った。
途中、いくつもの町や村を通ったが王都から離れた辺境はまだ品薄で人々は辛うじて食料を手に入れ暮らしていた。農村もあったがそこで暮らす人々が口にするのは売り物に出来ない小さく形が歪なもので、大きく見た目が良いものは王都へ運ばれているようだ。業者にすれば王都で売る方がいい値で売れるのでそこへ流れて行く。
私達が食料となる魔物を売りに行こうとすると通りがかりの農民が買い取らせて欲しいと頼まれる事もあった。もちろん町の取引所より安値だ。ジルドは渋ったが私は了承して全部は無理だがいくつかは売った。
「儲けが減るぞ。オレにだって給料が支払われてるんだぞ」
ジルドの給料はアントンが払っているが私の売上があると見込んでの事だ。それがあまりに減ればジルドは引き上げてしまうだろう。
「だから全部は売ってないじゃない」
口を尖らせ横を向いた。彼がいなければ困るのは私だ。
何度かそんなやり取りを繰り返しある村についた。
マルギットというこの村は結構栄えていて店や人の数も町と引けを取らない。
「ここは大規模な農村なんだ。雇われて畑で働く人が多い、出稼ぎもいるからな」
繁忙期だけ雇われる人もおり出入りの激しい村らしい。ここでも収穫のほとんどが王都へ送られていくようだ。
持って来た魔物を取引所の中に運び込むと係を呼んだ。
「アントンの所の者だ。明日精算に来るから頼む」
いつものようにジルドが声をかける。
「おぉ、久しぶりだなジルド。なんだ結婚したのか!」
私を見ると男はニヤけて言った。
「違うって、仕事仲間だ」
二人でいるとだいたいそう言われて、私も最初は驚いていたがそろそろなれてしまった。
「ジルド、ちょっと向こうを見てくる」
取引所の男にジッと顔を覗き込まれ薄く笑ってごまかすと建物を出た。
村は活気づいて大きな声で叫ぶ人がいたり、小走りに急ぐ人が行き交う。邪魔にならないように道の端を歩いていると嘆く男の声が聞こえた。
「頼むよ、今季駄目ならもう畑を売るしか無い!」
「そう言ってもな、うちだって再三要請はしてるんだ。だけどそんな難しい工事を請け負う業者なんてなかなか見つからないし、そもそも可能かどうかさえ怪しいだろ」
「クソっ!どうすりゃいいんだ……」
通りに面した事務所の様な所から項垂れた男が出て来ると壁を背に頭を抱えて座り込んだ。
男は三十代前半くらいでガタイも良く色黒。どうやら農家らしく服は泥でアチコチ汚れてる。
「大丈夫ですか?」
あまりの嘆き様に思わず声をかけた。
「ほっといてくれ……」
顔もあげず溢す。
「何があったんですか?」
「あんたに関係ないだろ!それともオレの土地買い取ってくれるのか!」
土地か……
「どこにあるんです?見せてもらえますか?」
そこで男は急に顔をあげた。
「あんた誰だ?」
「旅の者ですけど、それで土地はどこですか?」
肩にいるパフが呆れた声をだした。
「ポッポ」(ロージーは結構考えなしかもしれんな)
そうかな……
呆気にとられた男が立ち上がり私を見下ろした。
「あぁ!何やってる!?」
それを見上げていると後ろからジルドが慌ててやって来た。
「オレの連れに何かようか?」
ちょっと睨みつつ彼を見上げる。




