52 黒窓2
お馬鹿なルーベンは置いといて、すぐに階下へ降りるとまた客を案内していった。
ルーベンの様に時間を守らない者はほとんどおらず、そこからは順調に店に客はやって来た。
席のほとんどが埋り料理がどんどん運ばれて行く。
私は最初のうちは一階のテーブルを回りお客の要望を聞いたり水を注いだりと簡単な仕事しかさせて貰えなかったが、いよいよ忙しくなって来ると注意点を指示されながら料理も運び出した。王の秘書をやっていた時にお茶はたまに運んでいたが料理となると経験が無く少し緊張する。
「いつもの方じゃないのね」
最初に入って来た老夫婦に料理の皿を出した時、奥様がニッコリと話しかけてきた。
「はい、新人です。不慣れなもので、申し訳ございません」
ちょっと手が震えてしまい、出した皿がカタカタとなっていた。
「かまわないのよ、誰だって初めての時があるわ。若いうちに色々試しておく事ね」
優しい笑顔にホッとした。
ここに食事に来るという事はけっこう成功している平民だろう。上品で落ち着きがあり、感じがいい。二階にいるルーベンとは大違いだ。
「恐れ入ります」
「あなたとても可愛いわね。恋人はいるの?」
「は?」
突然の質問に驚いてしまい思わず停止してしまう。
「おい、やめないか。仕事中の娘にそんな個人的な事を聞いてはならん。新人だと言っているのに邪魔をして。お前はいつも若い娘をみると余計な事を言いおって」
むかいに座る主人が奥様を窘めた。
「あら、若い人の話を聞くのは楽しいわ。自分達の若い時分を思い出さない?」
仲が良さそうな夫婦が微笑ましい。私のまわりには今までこんな穏やかな夫婦はいなかった。女中達の中には結婚している者も沢山いたが、話に聞くだけで夫婦仲良くしている所を見る事はない。
貴族の結婚といえば政略結婚がほとんどで、城でわずか半年しか働いていなかったせいもありよくわからない。自分の両親が揃っているのを見た記憶も微かでしかなく、母に至っては顔も覚えてない。
「それで、どうなの?いるの、いないの?」
目を輝かせて恋人の話を聞いてくるのは城の若い女中達とかわらない。言わないと離してくれないヤツだ。
「いません」
「好きな人は?」
すかさず次の質問がされて何故かタイラーの事が浮かんでしまった。
アレは……違うな。
「……いません」
そう答えると奥様が目を細目た。
「今、浮かんだ人がいたでしょ?」
「何故わかるんですか?」
もしかして魔術師!?
「わかるわよ、答えに間があったもの」
得意顔でニヤっとする彼女はまるで追求を許さない女中頭のようだ。若い娘達は皆色々な事を白状させられていた。
「もうそのへんにしておきなさい。仕事がある」
ご主人がクスクスと笑いながら助け舟を出してくれた。
「そうね、続きは今度来た時ね」
やっと解放され仕事に戻った。
厨房へ行くと他の従業員の娘が私を見て面白そうに笑った。
「あの奥様なんでも聞いてくるでしょ?」
「はい、恋人はって聞かれました。いないって答えたらすかさず好きな人は?って」
近くで皿洗いをしていたジルドがガチャリと何かを落とした。
皿洗いは慣れてないのかな。
「それでなんて答えたんだ?」
セスが続けて聞いてきた。
「もちろんいないって。じゃあ続きは今度ねって」
厨房中が何故かシ~ンとなり料理を作る音だけが響く。
すぐに次の料理が出来上がりそれをセスが持つとホールへ向かう。
「ジルド頑張れよ」
セスに続いてさっきの女性も料理を手にジルドに声をかけた。
「ホント、頑張って」
皆がジルドを励まし仕事を続けた。
皿洗い大変だもんね。
彼は黙々と皿を洗っていた。
早目の客がひと回りし、少し店は落ち着き出した。
今のうちに休憩しておけと言われ店の裏の路地に出た。
「はぁ……疲れた……」
一人でいるとパフが飛んできて肩に止まった。流石に店には入れない。
「ポッポ」(ルーベンの馬鹿が来ておるな)
「そうなの。まだいるわ、そろそろ帰るだろうけど」
いつまでも粘って邪魔な客だ。最初に来た老夫婦は既に帰って行った。最後にお見送りした時に奥様が私にコソッと囁いた。
「さっき頭に浮かんだ彼は良い人なの?」
「良い人……ではないですね。口は悪いしテーブルに足は乗せるし」
そう答えると彼女は笑った。
「だったら何故浮かんだのかしら?悪い人には気をつける事ね、図々しくいつの間にか心に入り込んでくるから」
「そうですか、気をつけます。
ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
夫婦はまた仲良く手を繋いで歩いて帰って行った。
図々しくか……ホントに気をつけよう。何かしていてもふとタイラーを思い出す時がある。
孤児のキキを見ても、城を出て初めてサンドイッチを作った時もそうだ。いちいち出て来てちょっとイライラする。
「パフ、その……タイラーにはまだネックレスは返せてないの?」
まだ、寝る時も一人にならないのかな。ずっとあの人と過ごしてるのか。
「ポッポ」(奴は今、オストロスを迎え撃つ準備にかかりっきりでな)
「オストロスって前に停戦協定がなかなか進まないって件の?」
「ポッポ」(まだくすぶっておるようだの)
戦争か……前のはタイラーが先頭に立って撃退した。勇者と呼ばれるに相応しい戦いをしたのだ。実際の彼は周りに比べて騎士の割にはそこまでガッシリとした体つきではなくバランスのいい体格だ。小さい頃から兵士になる為に鍛えられてきたって言ってたから戦い慣れているのだろうな。
攫われた私を助けてくれた時もゴブリンも誘拐犯もあっさり片付けていたし。
そうか、そのせいでネックレスを渡せないのか……何だかホッとした。
休憩を終え店に戻ると二階から聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえてきた。一階にいる女性従業員に尋ねると呆れた様子で肩をすくめた。
「いつもの事よ。あのボーダンって貴族、酔っては偉そうに振る舞って何か文句をつけてはお詫びに高級なワインを寄越せって言って来るの」
ボーダン……ルーベンの事か。
偽名を使って店を利用しているようで、ただの馬鹿と思っていたらどうしようも無い馬鹿だったようだ。
店側も被害を抑える為にボーダンからの予約は出来るだけ取らないようにしていたが、今日は相手の男が予約したせいでわからなかったらしい。
階下まで響く怒鳴り声が気になったのか厨房のジルドまで顔をだした。私はそっと階段を上がって行った。
「よせ、ロー……」
「しっ……」
私の名を呼びそうになったジルドを止めてそのまま二階へ行った。
ルーベンは酔もまわり絶好調にウザい仕上がりだ。
「お前の店はいつもなっておらん。気がきかない奴ばかり揃えおって!」
連れの男は最初、なんとかなだめようとしていたが、無理だと悟ると独り帰って行った。
それでもルーベンはセスを怒鳴りつけテーブルをバンバン叩いて叫ぶのを止めない。
仕方ないか。
私はパフを呼ぼうと二階にある窓を振り返った。
店の正面から見た二階は大きな黒枠で囲まれた嵌め殺しの窓だ。外からどんな客が来ているかはわからない様にレースのカーテンがかかっている。だがレースから透けるシルエットで客の上品さは伝わる演出だ。
ルーベンのような男はもちろんこんないい席には座らせない。フロアー奥の隅に押し込まれている。その横におあつらえむきに窓が設置されていた。既に窓辺にパフが来ていた。
セバスチャンの行方の手がかりでも無いかと店に来たが、ルーベンがセスたちに迷惑をかけていることは見過ごせない。
奴が声を張り上げる方へ歩き出そうとした時、ルーベンのテーブルの隣の客が仕切りから出て来るとうるさく騒ぐ方へ近づいた。




