51 黒窓1
ブクマありがとうございます!
アントンは少し肩を落として帰りジルドだけが残った。
「いつ立つつもりだ?オレも準備が必要だからな」
なんだか嬉しそうだな。
「そうね、買い物をして、調べたいことがあったんだけど……もう無理かな」
『黒窓』の事がまだ気になるがここを離れるならもう諦めるしかないか。
「なんだよ、言ってみろよ。オレが出来る事なら手伝うぜ」
「ん……『黒窓』って知ってる?」
「もちろん、貴族も利用する高級な店だって有名だからな。知り合いも働いてる」
「そうなの?!」
客として行けば目立つかもしれないが働いている者なら誰も気に止めないんじゃないかな?もちろん知り合いは別として。
「ポッポ」(良からぬ事を考えていそうだな。)
「だってせっかくの機会かもしれないでしょ?」
私とパフの会話がわからないジルドは不思議そうな顔をしている。
彼にその知り合いに頼んで何とか一日だけでも店に入り込めないか聞いてもらう事となった。
次の朝、食堂で食事を取っているとジルドがやって来て一緒に食べ始めた。
「昨日の話だけどやっぱりイキナリ誰ともわからん所作もなって無い奴を使えないって」
店には貴族が来るのだからそれなりに厳しい礼儀や動きが要求されるらしい。
「駄目か、仕方ないわね」
「と、言いたい所だが丁度従業員が一人怪我で休んで困ってたから急遽一日だけ来てくれって」
「ホントに!?やった!」
ジルドが得意気になりながら興奮気味の私をなだめる。
「まぁ慌てるな。店は夜からだがそれまでに教育しときたいってさ。曲がりなりにも『黒窓』の店員として恥ずかしくない程度にはなってもらわないと困るとさ」
多分それは大丈夫だろう。これでも貴族の娘だったんだ、きっとなんとかなる。
早速食事を終え店に向かおうとしたが、肩のパフがツンと耳元の後れ毛を引っ張る。
「ポッポ」(流石に貴族が来ればロージーだとわかるんじゃないか?この髪で。)
「あ……」
私は一つに纏めた父に赤すぎると言われた髪に触れた。ゾルガーの出来の悪い娘は髪が赤いと知っている人は割といる。
「店でフードをかぶっちゃ駄目よね」
ジルドはう〜んと唸った後ハッとした。
「カツラを被ればいい。髪が目立つのが嫌ならそれしかないな。すぐに探してきてやるよ。用意しといてくれ、後で迎えに来る」
早速ジルドは食堂から出て行った。きっとすぐに戻って来るだろうから私も急いで支度しに部屋へ戻った。
高く結い一つに丸めていた髪を解くと小さく高さも出ないように紐とピンで纏めた。思った通りジルドはすぐに部屋まで来ると黒髪の肩までの長さのカツラを用意してくれていた。
それを受け取り廊下に彼を待たせてカツラを着ける。
「髪を変えただけで大分印象が変わるのね」
化粧も少し派手に目にして印象を変え部屋を出た。
「けっこう変わるな。パッと見じゃきっとバレない」
ジルドは詳しくは知らないが私が貴族に会いたくない知り合いがいる事はわかっている。そのまま『黒窓』まで歩いていくと店の裏に回った。
「セス!オレだ、開けてくれ」
従業員用のドアをノックしながら声をかけるとすぐに開き店のお仕着せを来た男性が立っていた。
「来たな、早速で悪いが着替えてすぐに始めてくれ」
セスは私に女性用の服を渡すと着替える部屋に案内してくれた。黒地に白いエプロン、城の女中のそれによく似ている。
着替えて部屋を出ると何故か男性用のお仕着せに着替えたジルドがいた。
「紹介した責任がある。心配だからな、オレもやるよ」
言いたいことはあったが時間が無いとセスに急かされ早速礼儀や言葉遣い、グラスの持ち方、酒の注ぎ方などを教わった。
「いやぁ〜、ロージーが使える人で助かったよ」
基本的な動きは出来ている私は細かい調整だけですぐに店で働けるとわかりセスが喜んでいた。
ジルドは流石にそこまで洗練された動きは身についておらず裏方に回される事となった。
「クソっ、少しくらい貴族的な礼儀を身に着けておくんだったぜ」
平民でも貴族相手の仕事をする者はある程度の礼儀や所作を身に着けている。ジルドは貴族と関わるつもりは無かったのだから仕方がないだろう。
ひとまず開店時間まで休憩となった。
店の裏の路地に従業員達が休憩する時に集まる場所がある。何人か他の従業員が休憩する中、若手の料理人達が座って芋の皮剥きをしていて、そこにジルドも加わった。
「そういうのは上手いのね」
慣れた手付きのジルドを褒めるとため息をつかれた。
「子供の頃に散々やらされたんだ。毎日毎日芋剥いたり野菜切ったり。何十人分も用意しなきゃいけなかったから嫌で仕方なかったよ」
「どこかで働いてたの?」
「あぁ、うるさいジジイにガミガミ言われながら働いた。大人になったら絶対に芋の皮剥く仕事だけはしないと思ってたのに、はぁ……」
「そんなに嫌なら帰れば?」
別について来てなんて言ってない。
「そこは……ほら、紹介した責任が……」
口ごもるジルドを見て一緒に休憩していたセスがニヤニヤしながら口を挟む。
「そこはわかってやれよ、ロージー。君を一人にしておくのが不安なんだよ」
へ?
「どうして?何も変な事しないわよ」
他の従業員達がクスクス笑う中ジルドが皆を睨みつける。
「余計な事言うな。ロージーが失敗しないか心配なだけだ」
ますます笑い声は大きくなったがそこで丁度時間となった。
ジルドは厨房で皿洗い。私は最初はお客様を席へ案内する係になった。
『黒窓』は一階のホールスペースを主に平民が利用し、二階の半個室のような仕切りがあるスペースを貴族が利用しているようだ。平民でも予約すれば利用出来るが貴族が優先らしい。
店の入口付近に立ち少し緊張しながら最初の客を迎えた。ドアマンによって開けられた扉から完全予約制のこの店に最初に入ってきたのは平民の年配の夫婦だった。
「いらっしゃいませ、ようこそ黒窓へ」
緊張が顔に出ないよう気をつけながら仲良く手を繋ぐ夫婦を席へ案内する。
「只今係りの者が参ります」
二人にメニューを渡しすぐに次の客を迎えに行く。
何人か平民の客を案内した後、貴族の客が到着した。流石に新人の私にイキナリ任すわけにいかなかったのか、セスが素早く来ると三人の貴族を二階へ案内しようとした。
「こちらでございます」
セスが先に歩き出し二階へ続く階段をのぼり始めた時、少し困った様子のドアマンによって開けられた扉から入って来たのは予定外の貴族だった。
「少し早いがかまわんだろ。案内しろ」
偉そうな態度で予約時間を無視して入って来た男はなんとルーベンだった。予約票に書いてある名前は違う物だったので気づかず、咄嗟のことで隠れる事も出来ず驚いてジッと顔を見てしまった。
「そこのお前……」
ルーベンも立ち尽くす私をジッと見る。
「見ない顔だな、早く案内しろ」
「は、はい。失礼致しました。こちらへどうぞ」
階段の上からセスが私に頷いて合図して来たので慎重にルーベンを二階へ案内した。どうやら私が誰かわからないようだ。
半年も一緒に働いていたのに……お馬鹿で助かった。
お馬鹿なルーベンは見知らぬ貴族とニ人で来ていた。
半個室の席につくなりワインをボトルで頼むと少しまわりを気にする連れの男と違い無神経な声で話し始めた。
「もうあの一族も終わりではないか?そろそろ世代も変わるというものだ」
半個室という事は仕切りだけで一方の壁は開放されている状態だ。つまり聞こうと思えば話はつつ抜けである。普通の平民の店員なら貴族の話などそう気にも止めないだろうがちょっと考えれば大事な話はこんな所ではしないだろう。だがルーベンだ。
「今まで次点に甘んじておった我々にもそろそろ機会が巡ってきても良いであろ、フ、フ、フ」
相変わらずお馬鹿。
「そうでございます。今は絶好の機会です。アチラ様は一族内で何やら問題があったとか。優秀なあなた様がここで遠慮なさらず出るべきです」
相手の男は下手に出てルーベンを持ち上げる。上位貴族というだけでこの男を利用しようとしているのだろうか?出来が良くないの知らないのかな?
「あぁ、娘の事であろ?出来の悪い娘を平民の男に下げ渡したのだ。見知った娘だったからな、私に任せて貰えば面倒くらい見てやっても良かったが……まぁいい」
何がいいんだ。
「それより我が一族をお取立て頂く話は父上にして頂いたのでしょうか?お約束の日にちはとうに過ぎておりますが……」
「そうであったか?父上には申し上げておいたのだが、返事が無いのであれば駄目であったのかもな。其方らの力不足は簡単には補えないぞ」
男は愕然としていた。
だから言ったでしょ、出来が悪いって。




