49 ハズレ
去って行くジルドを見送りながら宿の前でポツリと立っていた。
「ポッポ」(中へ入らんのか?)
「お金はもうほとんど無いの。宿代には足りないから」
ポケットから取り出した硬貨を手のひらの上で数えていた。
「道端でお金を数えるのは危ないよ」
声をかけられ見るとキキが側に寄ってきた。後にもう一人薄汚れた格好の男の子がいた。キキより小さい子だ。
「ニコロ、大丈夫だからおいで」
キキがその子を呼び寄せた。大人しそうなニコロはキキの後に隠れながら私を見上げている。
「他の宿へ行くの?ここは嫌だった?」
キキは私が他へ行くのかと思ったようだ。
「違うわ。お金があまりないから、今は入れないの」
「今はって?後で入れるの?」
「そう、魔物を売ったからそのお金を待っているの。だけど明日にしか貰えないかも」
そう言うとキキは笑って宿のドアを開けた。
「ジョバンニさんにそう言えばいいよ。あの人は美人に優しいから大丈夫」
ドアが開いた音で宿の主人のジョバンニが気づき近寄って来た。
「あぁ、お客さん。無事に帰ってきたんだね、良かった心配してたんですよ」
愛想のいい顔でジョバンニが迎えてくれた。
「おじさん、ロージーは今はお金が無いんだって。魔物を売ったお金は明日入るからここにまた泊まっても良いよね」
止める間もなくキキがそう言ってしまい、なんだかとっても恥ずかしい。
「あの……大丈夫なんでしょうか?」
「魔物は取れたのかい?」
「はい、ジルドさんが責任持って引き取るって言ってくれました」
「そうかい、なら安心だ。ジルドの事もよく知ってるから大丈夫ですよ。今夜もお泊まりください。部屋は取ったままですから」
ホッと胸を撫で下ろしキキを見て笑った。
「ありがとう、助かったわ」
まだ夕食には早い時間だ。宿へはまだ入らず外へ出る。
「ねぇ、キキ。『黒窓』ってお店知ってる?ちょっと高級らしいんだけど」
「知ってるよ」
顔をパッと明るくしてキキは言った。
「こっちだよ」
すぐにニコロの手を引きながら歩き出す。
「ニコロは弟?」
「本当の弟じゃない。弟分ってとこね」
どう見てもキキは十歳にも満たない感じでニコロは五、六歳くらいだ。
「二人で暮らしてるの?」
「同じねぐらには何人かいるよ。ニコロが一番小さいの。前までは私が一番下だったけど」
孤児が集まって暮らしているのか。
「親は?」
「いない」
素っ気ない答えに心が痛む。
「私と同じね」
そう言うとキキは振り返り肩をすくめた。
「ロージーはまだマシね。私はハズレ引いちゃった」
同じ酷い親を持った者だがそれでも私はずっと恵まれて生きてきたのだ。
タイラーもこんな感じだったのかな。
気弱そうなニコロが私を時々見上げ目が合うと恥ずかしそうに笑った。
「もうすぐ着くよ」
キキが細い路地から抜け、大きな通りに出た角の店を指差した。
「あれがそう」
高級そうな造りの五階建ての建物の下二階が店のようだ。一階の扉は凝った造りでドアマンが立ち客を迎えている。二階部分は名前通り黒い枠で囲まれた窓が大きく取られ、レースのカーテンがかかっているものの高級感が漂う中の様子がうかがえる。
「もうすぐ開店みたいだけど行くの?私は近寄れないからここまでだけど」
案内は済んだとばかりにキキが手を出した。
「これで足りる?」
私は手持ちを全部渡すと彼女は喜んで受け取った。
「ありがと、また何かあったら言ってね」
そう言ってニコロの手を引きながら帰って行った。
彼女達に手を振り見送ると『黒窓』を振り返った。
ドアマンが店前に横付けした高級な馬車のドアを開ける。中から貴族女性が優雅に降りてきて、続いて騎士団副長のラウリスが出てきた。
『黒窓』の斜め前の路地から見ていた私には気づかないだろうが焦って路地へ隠れた。そっと窺うとラウリスは女性をエスコートしながら店へと消えた。
「知り合いか?」
「えぇ、少し……!?」
答えてから振り返るとアントンがそこにいた。
「驚かさないで下さい……」
悲鳴をあげそうになりながらも何とか堪えた。
「変な娘がいると思ってみてたらお前さんだった。で?今日はどうだったんだい?」
アントンは路地を『黒窓』から離れるように歩き出し私もそれについていった。
「ジルドさんにちゃんと引き取ってもらいましたよ。今日中に全部責任をもって引き上げるって仰ってました」
「今日中に?」
アントンに魔物を何回かに分けて持ち帰ると言っていた話をすると驚いて私を見た。彼は私より背が少し高いだけだがしっかりとしたガタイで恐らく年より若く見えていると思う。白髪混じりの頭に鋭い目でジッと見られると少し怖い感じだ。
「貴族で魔術師ってとこか。何かあるとは思ってたがやるようだな」
そのまま二人でジョバンニの宿屋へ行くとちょうど食事時になっていた。私は荷物を置きに自分の部屋へ一旦行って再び一階の食堂へ降りていった。
アントンが座っている隅のテーブルに一人の男が来ていたがすぐに出て行った。私がそばへ行くと同じテーブルにつくように勧められた。
ドンっと重そうな革袋をテーブルに乗せると笑った。
「良い魔石が出た。これを折半だが文句は無いな」
革袋を開くとかなりの額が入ってる。
「まだブラッドベアの分だけですよね?」
「あぁ、あと何が来る?」
「オーガとオーク、ルフは黒焦げになってしまって」
そう言うとアントンは豪快に笑いだした。
「良いじゃねぇか、姉さん。気に入った。ところで、金の事だが自分で持ち歩くかい?物騒だぜ」
確かに今、目の前にある分の半額でも結構重そうだ。
「そうですね。持ち歩くのは重そうです」
誰かに狙われたとしてもパフがいるから大丈夫だけど持ち歩くのは私だ。
「はっ、重そうか。まぁそこでだ提案なんだがオレに預けるってのはどうだい?」
アントンは懐から金属製のカードを取り出すと渡してきた。そこには読み解く事はできないが複雑な模様が描かれ魔術具だと一目でわかる。
「これを持っていればオレが預かってる金はいつでも使える。ある程度大きな街の店じゃ大概これで買い物が出来るし魔物を引き取る店では現金を引き出せる。これに血で登録をしておけば持ち主が誰かがわかる仕組みでって……貴族様には説明は不要だな」
どうやら貴族がよく使う魔術具らしく平民でも裕福な者達だけが使う道具のようだ。もちろん私は見た事も使った事も無い。
「いえ、存じませんでした。これを持っていれば現金は必要な分だけ持っておけばいいって事ですよね」
「そうだ。持ち歩かなくていいしオレもすぐに金を用意する手間が省ける。もしお前さんが死んで誰も引き取り手がないならオレが頂く事になるからその時用に誰か登録しておいてもいいぜ」
私が死んだ後か……
考えているとジョバンニが夕食を持ってきてくれた。
「そうだ、だったら定期的にここのお金をジョバンニさんに渡すって出来ます?私が死んだ後もお金が尽きるまで」
ジョバンニは危うく手にしていたスープを落としそうになる。
「なんの冗談だいお客さん?」
アントンも不審な目でジョバンニと私をを見る。
「冗談では無くてそのお金を街の孤児達の生活を見て渡してあげて欲しいんです」
「施しか?」
アントンは鼻で笑った。
「違います。貸すんです。ですから少し上乗せして返すように言って渡して下さい」
「誰も返したりしませんよ」
ジョバンニは困った様子だ。
「ジョバンニさんには報酬をお支払いしますから、何に使うか、どうやって返すかを聞いてから渡して下さい。確約は要りません。ただ、返してくれたお金はまた孤児に貸し出すと伝えて下さい」
私の話にアントンは笑うのを止めたがため息をついた。
「いい話に聞こえるがすぐに資金が尽きて終わっちまうのがオチだ。お前さんも孤児も野垂れ死ぬだけだ」
ジョバンニも頷いて同意してる。
「お金が尽きればそれまででも良いです。ある間だけでも誰かの助けになるなら。駄目ですか?ジョバンニさんなら任せられる気がするんですけど」
彼は孤児に無闇に金を恵む事はしないがやったことに対する報酬は払ってた。一線を引いて孤児と冷静に付き合っていけそうだ。




