42 苛立ち
城の塀を容易く越える事は出来ない。当たり前だ、容易ければ塀に意味はない。
騎士団棟の大隊長の執務室は二階にある。
ロージーが嘘みたいな手で窓から抜け出し軽く塀を越えようとしたので反射的に廊下を走り抜け門の出入り口に近い窓から飛び降りるとそこへ向かった。
とやかく言う門番を急かして門を開けさせ向かったが既に彼女の姿は無く白い羽根だけがいくつも舞っていたがやがて消えていった。。
「馬鹿にしやがって」
今からこの広い街をガムシャラに探しても無駄だろう。どうせパフが邪魔して来る。
取り敢えず騎士団棟の自分の執務室に戻った。
「タイラー、会議の時間だ」
気まずそうにレーンが告げてくる。睨みつけると黙って会議室へ向かった。
会議室では既に殆どの者が集まり騎士団長ギデオンや副長ラウリスもいた。
「タイラー、ローズマリーが私を探していたようだが……いないのか?」
オレの様子も変だと思っていたのか、後にいるはずの彼女の姿が無い事にラウリスが眉間にシワを寄せる。
「後で話す必要があるようだな」
そう言われ黙って頷いた。
昨日の会議の時にも気づいていたが、やはりロージーは好奇の目にさらされていた。
会議中にもチラチラと彼女を目で追いかけコソコソと隣の奴と話すという鬱陶しい行為は胸くそ悪い光景だった。
そんな事を気にせず淡々と働く彼女に好感を持った者もいたようだがそいつはさらにムカつく。これまでの扱いも目に浮かぶようだがルーが言っていた通りゾルガーの名はロージーに人を寄せ付けない為の役割を果たしていた事を考えれば案外役に立っていたのかと少し感心した。
会議の内容はつまらん戦後処理が殆どでオレには興味が無いがレーンが必死に情報を書き留めていた。オレよりマシとはいえアイツも元々戦う方が性に合っているタイプだ。
ロージーが居なくなった穴埋めを精々頑張ればいい。
会議終了後、ラウリスに呼び出され一人で副長の執務室へ向かうとギデオンもそこに居た。
お説教タイムかよ。
いい予感のしないまま案内されたソファに座ると酒を出された。
「良いのですか?」
一応、確認した。まだ少し終業まで時間がある。
「構わん。他では話せない事だ」
首元を緩めリラックスした格好のギデオンを見て一口酒を口に含む。度数の高い酒だが高級なせいか滑るように喉を通る。
「で、本当の所はどうなんだ?」
ギデオンはグラスを手に取りグイッと飲み干すと自ら追加しまた飲み干した。
「ローズマリー様がいなくなりました」
「何故だ?」
「私の手落ちです」
「言い訳はしないと?」
「本当の事です」
実際ロージーの扱いには困っていた。最初は婚約が上手くいけばそれで一族の中に入り込めるかもと踏んだ、駄目でも少しは恩が売れるかと。
だがロージーの言う通り上手くは行かず、あまりの彼女の扱いにオレの方がキレた。ゾルガーの娘なんてどうでもいいと思っていたんだが……
ラウリスも加わり三人で酒を飲み始めた。
「それでローズマリーの要件はなんだったのだ?」
オレはソファの背もたれに体を預けるとため息をついた。
「恐らく居なくなったセバスチャンの事では無いかと。確か……マテオとかいう奴に情報があると言われて食事に誘われていたので」
ラウリスは目を見開いた。
「行かせるつもりだったのか?」
「まさか、阻止しましたよ」
「ローズマリーは行くつもりだったのか?」
「彼女はちょっと、変わってるというか、世間知らずというか」
ギデオンは面白そうにオレを見てまたグラスを空けた。
「それはそうだろう、ローズマリーは普通では無い。ゾルガーの娘だぞ。お前はやはり本気でローズマリーと結婚するつもりでは無かったのか」
最初は利用して頃合いをみて解消するつもりだったのだからそうだ。最初はそうだったんだ。
「そんな事はありません。私はローズマリー様と婚姻の約束をしましたから。攫われた彼女をお助けした事で……」
「あぁ、もうそれはいい。誰がそんな話を信じる。ローズマリーは決して馬鹿では無い。
アレを知っている者であればそんな簡単に婚約などしない事は誰だってわかる。つまり皆がお前に魂胆がある事が分かっている。これからどうするつもりだ?」
ここまで言われてしらを切り通せるほどオレは策士じゃない。
「もし、それがギデオン様の言う通りであったとして、もし、オレがそれを話せばどうなりますか?」
ギデオンはラウリスと視線を合わせ笑った。
「もし、それがゾルガーを追いやる計画なら、協力する事が出来るかもしれん。もし、お前にその気があるなら事が事だけに契約魔術は必要であるが心強い味方が見つかるかもな。それにはどこまでやるつもりなのか早急に話し合う必要がある。もしもの話だがな」
ニヤつくギデオンはムカつくが賭けてみる事にした。
こっちでも少しは調べがついてる。二人共ゾルガー相手に何度か苦汁を味わったようだから取り敢えずは手を組めるだろう。
「レーンを呼び出してください。もし、そちらの準備が整ったら」
すぐにレーンが呼び出されその夜のうちに契約魔術でお互い裏切らないようにした。
「これはどう言う事です?」
握ったコブシを震わせてルーがオレの前に立ちはだかっている。
「少し時間をくれ。必ず連れ戻す」
レーンを盾にしてやりたいところだが奴は今、運良くこれからの為に遣いに出ている。
くそタイミング悪い。
「そんな事は当たり前です。何故こうなったのかをお聞きしているのです。また誰か寝室に引き込んだのですか?」
「違う!前のも誤解だし今回も違う」
あの日仲間のレオニーが細かい連絡事項を打ち合わせる為にここに来ていた。早朝人目につかないように寝室に忍び込んできた時は驚いたが決してやましい事は無かった。
ただ……昔、ちょっと……
打ち合わせも終わり、レオニーがロージーの事を根掘り葉掘り聞いてきたので適当に答えていたのだが何故か生ぬるい目で見られた。
「へぇ〜、珍しい事もあるもんね」
「何がだよ」
レオニーはもう何も言わず帰ろうとしたがそこであの鉢合わせだ。以前の事があったせいでロージーに彼女といる所を見られた時に何故か動揺した。
ロージーは全くオレに男としての興味は示さなかったが……
手を出したのはまずかったか。いや正確には口だ。ま、同じか。
「とにかく、ルーはここに居てくれ。ロージーにお前の事は頼まれてる」
「何ですって!私の事を頼まれる時間があるなら何故引き止めなかったのです!」
収まらない怒りでぶっ倒れそうなルーを座らせると水を与えた。
「きっと今頃お一人でお困りになられていますわ。なんてことでしょう……」
今度はオイオイ泣かれ完全にお手上げだ。もしかしてこうなる事がわかっててルーを置いて行ったのならロージーはかなりのやり手だな。全くどこに行ったんだ。
夜になり、ベッドに座ると一気に疲れを感じた。
結局今日はロージーを探す事は出来なかった。あの時そのまま街へ向かった方が良かったのか……
考えを巡らせているとコツコツとガラスを叩く音に気づいて急いで窓を開けた。
「パフ!ロージーはどこだ!」
口に加えた小さなネックレスを窓辺に置いた。
「オレからの贈り物はいらないって事か……」
考えてみればアイツにろくな印象を持たれて無いかも。
「ポッポ」
「はぁ?なんて言ってるかわからん」
パフはパタパタと部屋の中に入り込むと執務室へのドアを突いた。
「そっちへ行けってか」
ドアを開けると暗い部屋へ飛んでいき机に止まる。灯りをつけると書類をツンツンと突く。
「おい止めろよ、大事な資料なんだよ。まだ使う……うん?」
パフは書類の中の文字を意図的に飛び飛びに突いているようだ。
「なるほど。お前、スゲー奴だな」
『ネックレス、気にいってる』『ロージー、探せ』そう書類で示された。
「パフ、お前はロージーと話せるな。お前に言えば向こうに通じるんだろ。一方通行でもいい、ここにいろ。アイツになにかあったら知らせろ。どうせ居場所は教えてくれないんだろ。いいぜ、探し出してやるよ。伝えてくれ、オレを舐めるなってな」
このまま関係が切れると思うなよ。




