41 逃亡
レーンはソファに移動すると向かい合わせに座った。
「タイラーとの正式な婚約の事なんだが少し待ってくれないか?」
気まずそうに遠慮がちに言う彼を責めることなんてできない。そもそも私がゾルガーの娘であるという事が前提でここまで来たのだから。
「構いません。前とは事情が変わりましたし」
ゾルガーに恩を売るはずが今は喧嘩を売ったに等しい。私が縁を切ってしまったせだがそれによって不利益を被るなら私とは関わらないほうがいいだろう。
「秘書の仕事は続けてもいいでしょうか?」
「それは……大丈夫です。今のところ」
微妙な感じのようだ。もうここには居られないかもしれない。
「ルーは大丈夫ですよね。タイラーが雇っている事になってますし。出来れば私がここに居られなくなっても彼女の面倒はお願いしたいのですが」
「それは大丈夫です。お約束します」
口約束ではあるが今は信じるしかない。
タイラーが伸びをしながら寝室から出てきた。
「ん?なんの話をしてるんだ?」
「正式な婚約までは時間がかかるって聞いただけよ」
彼はレーンを睨んだ。レーンは肩をすくめると今日の会議の為の資料を揃え出した。
「心配しなくても婚約はするさ。オレたちのせいで家族から引き離したようなもんだからな」
「心配はしてません。家族から開放してくれた恩がありますから」
私も資料の整理を始めた。肩に止まっていたパフがツンツンと髪を引っ張る。
「ポッポ」(潮時か?)
「そうね」
ここから居なくなることが恩を返す事になればいいけど。
すぐに資料を抱え昨日の会議室へ持って行った。まだ始まるまでは時間があるので、資料をタイラーの席に置くとこの時間を利用してラウリスに昨日の情報を知らせようと思った。
騎士団棟の副長室はここからすぐだ。そのまま向かったがラウリスは留守だった。騎士団長のギデオンに知らせるべきか迷ったがセバスチャンの行方を一番知りたがっていたのは国王だと思い直接お知らせしようと王の執務室へ向かった。
「ポッポ」(あまりこの辺はうろつかんほうが良いのではないか?)
「そうね、陛下にお知らせしたらすぐに戻るわ」
騎士団棟から出た辺りからすれ違う貴族の目が痛かった。あからさまな軽蔑した目や、可哀想な娘を見る目は前より一層厳しく。おそらくタイラーのまわりでもそれは行われている事かもしれない。
彼自身平民だという異質の者であるのにその上私というゾルガーを敵に回した者が側にいる状態では彼らの目的がなんであれやりにくい事は確かだろう。
「思っているより早く出て行ったほうが良いかもね」
肩に乗るパフは私を心配そうに見てる。
「ポッポ」(城の中に安全な所は無いだろう。すぐに立つ方が良い)
パフをそっと撫でて気持ちを奮い立たせ王の執務室の前に向かった。
「あの、陛下にお会いしたいのですが」
今の私はここの関係者では無い為、許可を取る必要がある。護衛にそう伝えると中へ確認してもらう。
「陛下は只今お忙しい為出直して下さい」
返ってきた返事を聞いてピンときた。アイダがいるのだ。
仕方ないか、ここで粘っても時間の無駄だろう。
私は引き返すと騎士団棟へ向かっていた。廊下を進み角を曲がるとルーベンに会ってしまった。運良く今まで会っていなかったのにここに来て会ってしまうとはツイてない。
「其方、ローズマリーか?話は聞いておるぞ」
「そうですか。失礼します」
サッと横をすり抜けようとして前を遮られる。
「噂ではゾルガーを抜け平民に下げ渡されたそうだな」
「悪い噂ですわね。そんな事を誰が信じるのでしょうか?」
反対側を抜けようとしてまた遮られた。
遊んでる暇無いんだけどな。
「噂の中には時に真実が隠されているもんだ。ゾルガーを抜けたのは本当であろ?私が面倒を見てやっても良いぞ」
そう言って手を伸ばし顔に触れようとした。
「パフ」
「痛い!」
パフが素早くルーベンの手に噛み付いた。そのスキに脇をすり抜け急いでその場を離れた。
気持ちの悪い奴だ。少しだって触れられたくない。
少し早足で騎士団棟まで来ると息を落ち着かせようと足を止めた。
「ローズマリー様」
声に顔を向けると女中のエリーが駆け寄ってきた。
「エリー、なんだか久しぶりね」
「ご無事で良かったです、皆で心配していたのですよ」
エリーは私に会った事を喜んでいるように見える。
「もう前のようでは無いけれど皆が私を支えてくれていた事は感謝してるわ」
「そんな……大変だったとお聞きしました。大丈夫なのですか?もし私達で出来ることがあれば仰って下さい」
「そう?じゃあお願いしようかしら」
私はメモをエリーに渡すと王へ届けるように頼んだ。
「アイダには見つからない方がいいわ」
「大丈夫です。アイダ様はほとんど執務スペースにはいらっしゃいませんから。陛下にお茶をお出しする時に渡せます」
エリーを見送りホッとする。
セバスチャンの事は取り敢えずこれでよし。
一旦、タイラーの執務室へ向かった。中へ入ろうとするとドアが少し開いていることに気付いた。護衛は交代の時間が過ぎているがいない。平民だと軽く見られているのかもしれない。
「だから、こうなったらローズマリーと関わるとやりにくくなる。お前だってわかっているだろう」
部屋の中からレーンの声が聞こえる。
「ゾルガーがひと筋縄じゃいかないことは最初からわかってたろ。だったらロージーがここにいたってたいして変わらない」
「当初の目的通り引き渡して婚約をネタに交渉して取り入るか、解消を条件に傘下に紛れ込むか出来れば良かったんだが。ここまで拗れたらどうしようもない。だったらローズマリーから手を引いて引き渡せばまだ望みはある」
「エドワード・ゾルガーが今更ロージーを引き受けるわけ無いだろう。怒り心頭だったぞ」
レーンは少し黙った。
「魔術の事を話せば引き取るさ」
「それは……約束が違う」
タイラーは私が魔術の事、パフの事を隠したいと言った約束を守ろうとしてくれた。
「どうせオレたちのことをゾルガーに恩を売りたいのだと思っている。バラされても構わないからローズマリーを引き渡した方が得策だ」
「お前な、あいつの気持ち考えた事あるのか?」
「しょせん貴族にオレたちの事は理解出来んさ。だったらオレがローズマリーの気持ちを汲む必要がどこにある」
レーンの冷たい声にチクリと胸が痛む。
もういいか……
ドアから一歩下がるとドンと何かにぶつかった。
「ここで何をしている!」
交代の護衛が今頃来たらしい。その声が聞こえたのか勢い良くドアが開いた。
レーンが私を見て顔を引きつらせた。
「ごめんなさい。ルーをお願いします」
私はそう言うと背を向け廊下を走り角を曲がり窓を開いた。
両手を組むと集中する。
「ロージー!!」
タイラーの叫ぶ声が聞こえる。振り返ると彼が走って来るのが見えた。
「パフ、お願い」
「ポッポ」(良いのだな?)
「ふぅ……勿論」
そういった瞬間私は強い光に包まれるとふわりと体が浮かび上がった。沢山のパフに囲まれると窓の外へと運ばれ城から離れる。
「ロージー待て!行くな!!」
どうしてかタイラーと離れる事が淋しく感じる。
叫びながら手を伸ばす彼を見ていたがそれもやがてパフ達が遮り見えなくなった。
城を囲う塀を越えた人気のない所へ着地すると服装の乱れを直した。
「早く行かなきゃタイラーが追ってきそうね」
「ポッポ」(であるな、こちらに向かって来ようとして廊下を走って行ったようだからな)
「そうなんだ」
彼も私と離れる事が少しは淋しかったのかな?
まさかね。
「あ、コレ……」
私は彼が贈ってくれたネックレスを返す事を忘れていた。
「気に入ってたんだけどな。返しといてパフ」
ひとりの子にそれを咥えさせると街へと向かった。
さあ、ここからが大変だ。きっと色々あるんだろうな……




