35 別れ
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扉が開かれ王に続き二人で中へ入る。
「ローズマリー様!よくぞご無事で」
すぐに私を迎えてくれたのはミデガライトの使者レックスとトーマスだった。
「お二人共、まだご滞在だったのですか?」
本当なら四日ほどで帰国されるはずの使者が異例の長期滞在だ。
「ローズマリー様のご無事をこの目で確認するまでは帰る事など出来ません」
トーマスが私の手を取り真剣な眼差しで見つめる。
「ご心配おかけして申し訳ございませんでした」
レックスも微笑みながらホッとした表情を見せてくれた。
「まさかご婚約されてお帰りとは思いませんでした」
二人がタイラーに向き直り改めて自己紹介した。
「勇者の名に相応しい活躍ですね」
レックスが握手を求めタイラーがそれに応じる。
「偶然とはいえお助けできて幸運でした」
トーマスも握手を求めたが少し様子が変だ。
「お助けしたことを盾に取り婚約を迫ったのでないと良いのだが?」
「それはローズマリー様にお聞きください。私は自分の気持ちに忠実に従ったまでです」
トーマスはずっと彼を睨んでいるが何も言わず下がって行った。
目の前から二人がいなくなると離れたところから無表情にこちらを見ている父がいた。
ギュッと胸が締め付けられ息苦しくなり手がじんわりと冷たくなるのがわかった。大きく息を吐くとタイラーをチラッと見た。彼は頷くと足を震わせる私の背に手を添え父の前へと連れて行く。流石に顔は緊張した面持ちだ。
「お父様、只今戻りまし……」
「ここでは話にならん。後でひとりで来なさい」
私には一瞥もくれず、タイラーになんの感情も無い表情で労いの言葉をかける。
「此度は見事な活躍だな。国の為に懸命に尽力する其方に陛下は大変お喜びだ。これからも国と陛下に忠誠を尽くすように」
父の言葉にタイラーは恭しく頭を垂れる。
「肝に銘じます。此の度の身に余るお引き立てを頂き大隊長の地位を得たことを光栄に思います」
「身に余るという自覚があるのであればその領分を侵さぬように気をつけることだ」
父は鋭く憎しみがこもったような目でタイラーを見た。
「領分を侵すとは私達の婚約の事は含まれるのでしょうか?」
タイラーはとぼけた様な顔で問いかける。
「貴族の娘が平民との婚姻を望むわけが無かろう。コレは一族の不名誉であり愚女である。それ故行く先は私に決定権がある」
「私にとってはこの婚約は不名誉でもありませんし、ローズマリー様は素晴らしい淑女であると先程陛下からもお言葉を賜りましたが?」
父は苛ついた様に顔を歪めると私を睨んだ。
「どのような者であってのその決定権は私にあるということだ」
覚悟はあったつもりだがあまりの言いように怖くて震えていた気持ちが返って冷めていった。
「お父様、わたくしが何を望んでも叶うことが無いのでしょうか?」
「お前が何を望む。『無能者』であるとわかった時点で処分されなかっただけでも一族に感謝すべきであろう」
「エドワード、それ以上は言うな」
流石に見かねたのか王が口を挟む。
あまりの言葉に呆気に取られたタイラーが私を見た。
その目は言われっ放しで良いのかと問われているようだった。
彼の目的の為の嘘の婚約ではあるが、この部屋で完全に私の味方なのは彼だけかも知れない。
「別にいいぜ」
タイラーがニヤッと笑った。
「いいって?」
「言いたい事を言えばいい。後始末は手伝う」
自分の中で何か変わっていくのがわかった。彼の目的はゾルガーに取り入る事だったはずだがその彼が私に好きにすればいいと言う。
一気に力が抜け緊張が解けた。
「そう……だったら、もういいですわ、お父様」
「……もういいとは?」
今まで口答え一つした事がなかった私の言葉に父が眉間にシワを寄せた。
「今日、この場でゾルガーの名は捨てます。今後一切関わりを持つことは拒否します。
陛下、お願いです。わたくしをゾルガーからの廃嫡を認めてください。貴族という立場から排除されても構いません」
王は驚いたが一呼吸置くと静かに問う。
「本心であるか?」
「勿論です」
キッパリ言い放った私を見てタイラーが口元を押さえ肩を震わせている。
父を見ると頬を引き攣らせこめかみに青筋が浮き出て血が吹き出すんじゃないかというほど顔を赤くし歯を食いしばっている。
ここが王の御前でなければすぐに殴り飛ばされ殺されていたんじゃないかと思う。
「エドワード、どうする?ローズマリーは成人しておる故、可能であるが?」
「了承致しました。この者とは今後一切関わりませぬ」
しんと静まり返った王の執務室の中、タイラーの押し殺した笑い声だけが響いていた。
「ちょっと、少しは我慢しなさいよ」
怒り心頭のエドワード・ゾルガーを前に懸命に笑いを堪える彼に注意した。彼は急に私の肩を抱き寄せると笑い過ぎて涙ぐむ顔をあげた。
「流石オレの婚約者だ!よく言った!」
美しく結い上げた髪をくしゃくしゃと撫で回し嬉しそうに笑う。
「止めてよ。崩れる!」
「あぁ、悪いな」
タイラーはそう言うと王へ向き直った。
「これで私とローズマリー様の婚約になんの障害もありませんよね」
「……そうであるな。後は本人次第である」
王はエドワード・ゾルガーをチラリと見つつ頷く。
「御用がなければ私はこれで失礼致します」
それを受け怒りを隠しきれないまま父は私を一度も見ること無く部屋を出て行った。
閉じられたドアをじっと見つめ不思議な感情が湧き上がる。
「ローズマリー様、後悔しないかい?」
レックスが心配そうに尋ねる。
「さぁ……今はよく分かりません。ですけど、これでパフとはいつでも一緒に居られますね」
城に着いた時から離れて、窓の外からこちらを伺っているパフを見た。
窓へ近づきパフを部屋に入れるとパタパタと室内を一周し私の肩に止まった。
「ポッポ」(やっとエドワードと決別出来たか)
「そうね」
この部屋で王以外の人はパフの存在をある程度知っている。皆が当たり前に受け入れている事を王は不思議そうに見ている。
「私だけが知らぬローズマリーの秘密であったか」
「わたくしの大事なお友達なのです」
パフに指で触れつつそう言うとタイラーが王へ進言した。
「これからはローズマリー様の側にこのパフを置く事を許可して頂きたいのです。彼女の大事な友人……いや『お友達』らしいので。今回の事で傷ついたローズマリー様の慰めになります」
「別に構わぬぞ。だがローズマリーを慰めるのは婚約者の役目ではないか?」
「そうですが一日中側にいられるわけではありませんし、このパフは優秀でローズマリー様に何かあれば私に知らせる事ができます」
タイラーは真剣な顔で続けた。
「それでローズマリー様の事ですが、これからは騎士団預かりにしてほしいのですが、宜しいでしょうか?」
私は驚いてタイラーを見た。
「このままではローズマリー様は行く所がありません。ここで王の秘書を続ける事は無理でしょうし」
「え?無理なの?」
そのつもりだった私は驚いた。
「当たり前だろ、国内最大派閥のゾルガーが全力で拒否すればここにはいられないに決まってる」
そうだった。
「だったらどうやって暮らしていけばいいのか。ルーが付いて来てくれるっているんだから何とかしなきゃいけないわね」
「婚約者に頼ればいいではないか?」
王がにこやかに言う。だけどこの婚約はあくまで仮の事なのでいずれ解消した後には自立していかなくてはいけない。
「ですけど、何もかも彼に頼るわけには行きませんわ。彼も大隊長になったばかりですし」
タイラーは元々孤児だと言っていたしあまり頼っては申し訳ない。
「あの、ローズマリー様」
急にトーマスが口を開いた。
「なんでしょう?トーマス様」
「ローズマリー様のお相手が平民でも構わないのであれば私も求婚しても構わないのでしょうか?私と結婚してくれるのであればミデガライトに連れ帰りゾルガーの目に怯える事なく暮らしていく事が出来ます」
真剣なトーマスの隣でレックスがため息をついた。




