36 求婚
「トーマス様……」
予想外の事に開いた口が塞がらない。
「トーマス、あまりにも性急過ぎる。まさかとは思っていたが本気なのか?」
レックスがトーマスを抑えようと肩に手を置く。
「勿論本気だ。どう考えてもタイラー様がゾルガーに取り入るためにローズマリー様と婚約したとしか思えん。こんな短期間に大事な決断をするほどローズマリー様が追い詰められている事情もある。婚約自体が間違っているかもしれないではないか」
「私との婚約は間違いで、あなたと婚約する方がローズマリー様が幸せになれると?」
タイラーが鼻で笑った。
「平民の身であるため考えないようにしていたがこのような事態になるのであれば婚姻を申し込む決意はある」
「つまりゾルガーの娘であればその気にならないが今は邪魔な父親もいないし易々とローズマリー様が手に入ると思ったのですか?」
「そ、それは……」
トーマスが口ごもると変な静けさが部屋に漂う。
「まぁ待て、今はローズマリーも混乱しているであろう。とにかく日を改め婚約について話合うがいい。ゾルガーが関係しないのであれば決定権はローズマリーにある。よく考える事だ」
王による幕引きでとりあえず正式な婚約については保留となった。タイラーは不満気だがそれ以上は言わず、ただ私の今後の立場について話す事となり国内の事情の為、部外者であるレックスとトーマスは退室する事となった。
騎士団に所属させたいというタイラーの要望を話し合う為、騎士団長のギデオンが王の執務室へ呼び出された。
ラウリスと共にやって来たギデオンが改めて私に不手際をわびた。
「ローズマリー・ゾルガー様、申し訳ありませんでした。今回の事は重く受け止め、エドワード・ゾルガー様にも正式な謝罪を……」
ギデオンが全てを言い終わらないうちに私は言葉を遮った。
「あの、もうお気になさらないで下さい。ラウリス様にも正式にお詫びして頂きましたし私はもうゾルガーの者ではないのでエドワード・ゾルガー様に詫びる必要もございません」
驚くギデオンに事情を説明し、これから騎士団に所属させたいというタイラーの要望を伝えた。
騎士団に所属するのは何も騎士に限った事ではない。少数ではあるが魔術師もいるし事務方の人員も必要で、当然私が所属するのであればそこだろう。
「私としては個人的な希望も多少含みますが私付きの秘書として置いて頂きたい」
タイラーは悪びれもせず自分が婚約者になる可能性が高いと言わんばかりに私を側に置こうとしている。
確かに城についたばかりで右も左も分からない上に信用出来る者がレーンだけでは心許ないだろう。
私は諦めて同意した。
「陛下、一時的にでもそうして頂けるとわたくしも助かります。ゾルガーの娘でなくなったた影響がどこまで出るのかわかりませんから。タイラー様はそれなりに覚悟してここまで来たでしょうが他の方はそうでは無いでしょうから」
これまでも平民の女中たちと同じような扱いだったのだからそれほど変わりがあるとは思えないが私自身の覚悟は足りないかもしれない。
王の第一秘書であったセバスチャンほどの実力があれば皆が一目置くだろうが私にはそんな物はない。
「陛下、多少のやりにくさは否めませんが今回は異例だという事で構いませんか?確かにローズマリーをこのまま慣れぬ部署に配置するのは不安があります」
ギデオンの後押しもあり私はタイラーの秘書という事に落ち着いた。
「失礼致します」
話が一段落した時、ノックの後ドアが開くと輝くばかりの金髪を美しく結い上げ華やかで上質なドレスに身を包んだアイダ・ゾルガーが入って来た。優雅に歩みを進め王の傍らに立つと手にした書類を執務机にそっと置いた。
「本日の午後の予定です」
違う!この場の空気を見て読んで後に不都合、変更がないか確かめるの。
私は心の中で、妹のアイダの行動にハラハラしていた。
「あら、お話の途中でしたか?」
皆が自分に注目しているのを確認したあとに申し訳無さげに首を傾げて、そこにいる人達をひと通り見たあとタイラーで視線を止めた。
「あなたが勇者タイラーですの?」
一際美しく微笑みながら彼を品定めするようにじっくりと眺める。
「はい……お初にお目にかかります。アイダ・ゾルガー様」
タイラーはぼうっとしたように挨拶を口にした。アイダはゾルガーの血を色濃く引く容姿端麗で、学生の身ながら縁談の申込みも後を立たない。きっとタイラーもその美しさに見惚れているのだろう。アイダは満足気に頷き続いて私を見た。
「お姉様が婚約したと聞いていたのですが、お父様とはもうお会いになりましたの?」
「えぇ、さっき縁を切ったところです」
そう言うとアイダは大袈裟に驚いた顔を作った。
「まぁ、大丈夫ですのそんな事なさって。お姉様だけでは無くタイラー様にもご迷惑がかかりますわよ。お姉様はただでさえ一族に迷惑をかけてばかりでしたのに」
そう言った後に私の胸元を見て今度は本気で驚いた。それに気づいた私はそっと手で触れた。
「それはタイラー様からですの?そうですわよね、お姉様に用意できるわけがありませんもの」
アイダはタイラーに視線を向けニッコリ微笑む。
「素晴らしい宝石はそれに相応しい者に贈るべきですわね」
暗に私には不相応で自分こそがレッドダイアモンドを贈られるに相応しいと言った。タイラーはアイダに負けないくらいニッコリすると私の肩を引き寄せる。
「私の選択眼に間違いはなかったようです」
アイダはサッと頬を赤らめムッとすると恥を欠かされたとばかりに私達を睨みつけ黙って出て行った。
執務室の中が一気にため息で充満した。
「申し訳ありません陛下」
私が妹の非礼を詫びると王は手をあげて止めた。
「構わぬ。それにもう妹とする事もあるまい」
アイダの秘書とは呼べない行動はさて置き、ギデオンによって認められた私の異動手続きは速やかに行われそのまま騎士団に所属する事となり私の部屋も騎士団の宿舎に移る事となった。
ゾルガーから廃嫡され書類上一族から飛び出した私の貴族としての名はこれまでの慣例通り母方の血筋より現在は継ぐ者のいない姓の中から選ばれる事となった。
「ローズマリー・リードか。ゾルガーの方が迫力があったな」
タイラーが宿舎へ向かう廊下を歩きながら言った。私としてはゾルガー以外なら何でも良かったので満足している。
宿舎は男女で階が違い、三階が女子、二階が男子、勿論お互いに行き来は出来ない。
女性騎士は割合的に少なく男性騎士の半分にも満たない。宿舎に住む多くの女子は事務方の者で下位貴族のものが多いと聞く。
ゾルガーから出た私も下位貴族という事になるだろう。タイラーは平民ながら大隊長という地位の為別枠に設けられている大隊長の部屋を割り当てられた。
自分の部屋に行く前にタイラーの部屋を確認した。彼の部屋は寝室と執務室の二部屋続きで明日からの私の職場でもある執務室を確認する。
まだほとんど何も用意されていない中、レーンが待ち構えていた。
「話し合いは無事におわりましたか?」
心配そうに私達を見たがここに案内してくれたラウリスがまだいるのであまり突っ込んだ話は言えない。
「無事と言えるかどうかわからないがとにかく一応の決着はついた。オレの婚約者はローズマリー・リード様になった」
雑な説明に困惑しているレーンは放って置かれ、タイラーはラウリスに案内の礼を言う。
「では明日から頼むぞ。どうもオスロワスの動きが気になる」
オスロワスと言えばタイラーが一ヶ月ほど前まで戦っていた相手だ。終戦の手続きが遅れていると聞いていたが大丈夫なのだろうか。




