27 小都市サジェロネ6
私はパフから少しずつ街の外や中の様子を教えてもらっていた。すぐに昼食の時間になりタイラー達が戻って来た。
帰ってきた彼らは私を見ると絶句して、タイラーは目をそむけた。
「ローズマリー様、泣いてらしたのですか?」
レーンがおずおずと聞いてきた。
しまった、泣きはらした顔をまだ洗ってない!
「あぁ、ごめんなさい。これは違うの、ちょっと失礼します」
慌てて手で顔を隠しパフと一緒にバスルームへ向かった。
なんだか彼らには失態ばかり見られている気がする。
鏡をのぞくとまだ目が赤く腫れぼったい。
「パフも言ってくれたらいいのに。早く治して」
「ポッポ」(自分のした事を自覚させてやるのは必要なことであろ)
「わざと私が泣いた事を知らせたの?酷い、見られたくなかったわ」
ふんわり優しい光りに包まれ顔の腫れは治っていった。
「ありがとう」
部屋に戻るとタイラーが悪びれもせずソファに座っている。私は目の前に座ると彼を見た。
「謝らねえぞ」
「別に何も言ってない無いわ。あなたに話は無いの。レーン様、いいかしら?」
タイラーはちょっとムッとしていたが知るもんか。
「何でしょうか?」
「借りたお金の事なんだけど、どうすればいいか分からなくて」
目の前に座るタイラーがまた馬鹿にしたように鼻を鳴らす。ムカつくが無視して続けた。
「私はお金を持ってないの」
「王の秘書として働いているのではないのですか?」
「えぇ、半年だけね」
「給料が出ているはずです。それはどうしました?」
「分からないわ。聞いた事もないし」
女中達が給料日に楽しそうに何を買うとか何を食べに行くとか話しているのを聞いて働けばお金をもらえる事は知っていたが、自分ももらえるとは思っていなかった。
「金ももらわずに働いていたのか。信じられんな」
タイラーが独り言のように呟く。彼にしてみれば働けば当然受取る物なんだろう。
「では個人で何か所有している物はありますか?宝石や何か価値のある物です」
「そうか、何か売ればいいんですね」
前に町で服を買い取ってもらったことがあった。またそうすればいいんだ。
「えぇ、そうですね。ですが我々にはまだ返さなくても大丈夫ですよ。この前の残りがありますから」
そうだ服を売って櫛と鏡を買ったがまだ残っていたんだった。タイラーに嫌味を言われてあげたがとって置いてくれたのか。
「でしたら足りなくなったら言ってくださいね。また何か考えますから。それから食事の後ちょっと出かけても良いでしょうか?」
「出かけるってどこへ?」
レーンが驚いた顔をした。
私はパフと一緒に街を回りここに住む平民達がどんな暮らしをしているか見てみたいと言った。
「駄目だ、お嬢様動くとなると警護が必要になる」
あっさりタイラーが却下した。
「なるほど、こうやって私は何かを知る機会を奪われて来たのですね。教えてくださってありがとうございます」
私が返した言葉にタイラーはポカンとしていた。言葉を失ったようで何も言い返しては来なかった。レーンが肩を震わせて後ろを向いていた。
三人で昼食を終え、私は彼らに少し休みたいと言って部屋から出て行ってもらった。勝手に出かけるなとタイラーには念を押された。
私の部屋は二階にあり、隣はタイラーの部屋だ。外へ出るには彼の部屋の前を通らなければいけないし、部屋の外には常にパウトロウに付けられた護衛がいる。
部屋の窓から見下ろせば屋敷を囲む高い塀が見えるが、そこを越えれば街はすぐだ。窓辺に椅子を寄せると座面に立ち上がった。
窓の向こうはひと一人が立てるだけの幅のひさしの一部がありそこから斜め下へ一階窓部分の屋根がある。ここからそっと降りれば部屋からは抜け出せるだろう。
問題は屋敷を囲む塀だな。
窓から顔を出し左右を覗き込むと囲む塀の一部が鉄の格子で出来ていた。
アレならパフが何とかできそう。
ここに来る時に来ていたシンプルなワンピースに着替えて準備を整えた。
「パフ、手伝ってね」
「ポッポ」(止めておいた方が良いのではないか?)
心配そうにいう。
「何かあればパフが助けてくれるでしょう?」
「ポッポ」(それはそうだが……)
私は窓枠を越え、ゆっくりとひさしの所へ足を降ろした。窓枠に掴まったまましゃがむと斜めになっている屋根を滑るように下へ向かって降りていく。
ゆっくりと進み端まで来ると下を覗き込んだ。
え!けっこう高い。
ここまでくれば飛び降りればいいと思っていたがかなり怖い。
「パフ、お願い」
小声で呼ぶとパフがふたりでやって来て私の腕を掴んで羽ばたいた。
「ポッポ」(魔術も使うが落ちる速度が緩やかになるだけだ。ちゃんと自分で着地しろよ。行くぞ)
「えぇ!待って、心の準備が……」
私は小声で叫んだが聞き流されパフは私を屋根から飛び降りさせるとストーンと下に降ろした。
「ひゃ〜!」
一瞬悲鳴をあげてしまったがなんとか口を押さえ地面に着地するなりそのまま木の陰に引っ張っていかれた。
「ポッポ」(座れ)
素早くしゃがみこみジッと息を殺した。
すると一階の窓が開き女中のひとりが何か探すような素振りを見せたが首を傾げながら窓を閉めた。
「はぁ……行くわよ」
姿勢を低くしたまま塀の一部が鉄の格子になっている所へ来ると再びパフの登場だ。ひとりが肩に止まってもうひとりは塀の上で見張りをしている。
肩のパフが魔術で格子の一本を上下でスパッと切った。それを外し体を横にして外へ出た。格子を元の位置に置くと切れていた上の部分にだけバチっと音がしたと同時に光るとくっついた。
「凄いね、どうやったの?」
「ポッポ」(高温で少し溶かすのだ。少し強めに押せばすぐに取れる)
得意気なパフを頼もしく思いながら私は塀沿いを進むと街が賑わっている方へ向かって歩いて行った。
賑やかな街を歩くのは王都でレックス達と一緒に行った時以来だ。もう随分前のような気がするが、そう言えば彼らはもう国へ帰ってしまっただろうか?
「ねぇ、パフ。レックス様達は仕事を終えて帰ったのかしら?」
肩に止まっているパフに小声で尋ねた。
「ポッポ」(私が王都を離れた時にはまだいたぞ。お前の心配をしておった。仕事も手につかずエドワードを説得しておったな)
「なんだかご迷惑をおかけしちゃったのね」
ちょっと申し訳なく思いながら小さな店が沢山並ぶ通りを歩いていた。
王都には敵わないものの品物が多く並び人通りも多い。ここにはまだ品不足の影響は無いのだろう。
更に進んでいくと店の数も減り道を歩く人達の様子も変わってきた。さっきまでは城で働く女中や給仕達の普段着と変わらぬ格好の人達がほとんどであったが、この辺は薄汚れお世辞にもキレイとは言えない服を身に着けた人が増えてきた。
「ポッポ」(ロージー、そろそろ引き返せ。この辺りから貧困街だ)
肩のパフが頬に擦り寄り促す。
「貧困街?」
「ポッポ」(あぁ、良く無い輩が多くなる)
さっきまで賑わい清潔そうだった建物も、古ぼけた汚れた建物が建ち匂いも酷い。段々と怖くなって引き返そうと立ち止まると後ろから来た誰かにぶつかった。
「おっとなんだよ」
「すみません」
驚いて振り返り謝ると来た道を戻ろうとして腕を掴まれた。
この感じ、前にも経験がある。
「離して下さい!」
腕を振りほどき行こうとするともうひとり現れ行く手を遮られた。
「そんなに急がなくてもいいじゃねえか」
これは、どうすればいいの?
前後を男たちに挟まれると、パフがバタバタと羽ばたいた。
「クークー」(ロージー許可を出せ。こ奴ら消し炭にしてくれるわ)
「殺しちゃだめよ!」
私がパフと話しだした事で男たちがちょっと不思議そうな顔をした。
「クークー」(だったらどうするのだ)
「えっと、怪我しない程度に……」
「そんなんで引き下がるかよ」
突然タイラーの声がし、目の前の男の後ろに立っていた。
「助けてやろうか?」
私を馬鹿にしたような顔で言った。




