26 小都市サジェロネ5
タイラーが自分の特別な力にハッキリと気づいたのはその時が初めてらしい。
それまでは魔術を使う者を相手にする機会は少なかった上にそれほどの手練とやり合うことも無かった為、自分の能力に気づかなかった。
だが魔王と呼ばれるほどの相手に対峙した時その魔力の動きをハッキリと感じ取ることが出来たらしい。
そこで隊に戻り厳しい罰は受けたものの何とか話を聞いてもらえる騎士を見つけ出し、その者から上層部に掛け合ってもらい訓練の後、一回目の魔王との直接対決に挑んだ。
その時は騎士たちとの連携が上手く取れずに失敗したが二度目の挑戦で成功。その功績が認められ勇者と言われ大隊長となったがやっかみも多く帰還はしばらく諦めて魔物の討伐を引き受けたそうだ。
「まさかそこにオスロワスが攻めてくるとはな。おかげでまた予定が狂った」
タイラーはグッと伸びをするとソファに寝転んだ。三人だけになると隠れていたパフが私の所に来たので座っている膝に乗せたがなんだか機嫌が悪そうだ。
「どうしたの?パフ」
「ポー」(ちょっと嫌な事を思い出しておった。まったく……)
この子が父のこと以外でここまで機嫌が悪いのは初めてだ。
「もうひとりの子に何かさせてるの?そのせい?」
私の言葉を聞いてレーンが側に来た。
「何かあったのですか?」
パフはもうひとりの子にここの街の状況とパウトロウの事を探らせていたらしい。小さいとはいえよく栄えている街だ。人も多いし、出入りも激しそうだ。
「ポッポ」(パウトロウはライトとこの地区の責任者を争っていたらしい。同じ一族の親戚筋のようでここでは誰も逆らう者はいないが所詮は井の中の蛙なのは本人達も分かっておるようだ)
それで私を使ってゾルガーに取り入りたいのか。
自分にそんな価値は無いと思って生きて来たのに急激な環境の変化についていけない。
「王都よりは小さくてもこの街はよく栄えていい所なのに。何故そんなに王都に行きたいのかしら?」
辺境に戻りたい私にはその気持ちがわからない。エルロイ伯母との暮らしは控えめだが静かで穏やかだった。
「そりゃ誰だって王都に住みたいさ。塀に囲まれ魔物に襲われる心配も、食べ物が無くて飢える心配も無い」
タイラーは目を閉じたままアクビを噛み殺しながら言った。
「贅沢に育ったお嬢様にはわからんさ」
彼がずっと私を贅沢なお嬢様扱いする事に段々と腹が立ってきた。
「私は辺境で育ったし生活も質素だったわ。それでも王都より穏やかな辺境で暮らしたいと思う。王都は賑やかで物も人も溢れていていっときはもの珍しくて興味が惹かれるけど生活の場じゃないわ」
「お嬢様の質素とやらが平民の贅沢よりも金がかかってるって考えた事あるか?」
何か言い返したかったが出来なかった。そんなの考えた事ない。
レーンがまた困った顔でタイラーを制した。
「よせ、知らないんだから仕方ないだろ」
「無知って恥ずかしい事だって知ってたほうが良いだろ」
「お前だって貴族の事で知らない事があるだろ?」
レーンが庇ってくれたがタイラーは鼻で笑う。
「オレは自分が無知だって知ってるしそれで何度も恥もかいて来た。
だけどお嬢様は閉じ込められ、どこにも行けない自分を憐れと思ってはいても、そこが大金も人の手もかかった安全地帯でぬくぬくと生きて来た場所だって事すら知らない。
平民のオレたちがどれだけの悪状況の中で生き残って来たかなんてこれっぽちも考えた事もないのさ。
飢えて死んだり、凍えて死んだり、魔物に殺されたりなんて事が日常だと分かってない。
それを誰かが指摘してやるのは親切ってもんだろ」
タイラーはそれだけ言うと立ち上がり部屋を出て行った。レーンも私を見てため息をついたが何も言わずついて行った。
怒ったパフがタイラーを追いかけようとしたのでそれを止めた。両手でそっと包み込みふわふわした羽を指でなぞる。胸の奥がギュッと握りしめられたようで息苦しい。
「パフ、私って……馬鹿なのかしら……」
「ポッポ」(ロージーは馬鹿ではない、ただ知らない事は多い。だがそれは仕方が無い事だ。馬鹿な父親に支配されておるからな)
「……支配されているってどういう事なの?」
頭が上手く働かない、父以外にあんな風に他人に言われた事がこれまで無くショックを受けた。
涙が勝手に流れてきた。
なんだろう?この気持ち。
「ポッポ」(支配されるとは自分が無くなっていくという事だ。言いなりになり、流されて相手に全てを委ね考える事を止める事だ)
「それが私なの?」
「ポッポ」(仕方が無い所はある。外の世界から隔離されエルロイと二人だけの生活だった。彼女もまたエドワードに支配されている部分があった。だが、何とか奴の目を逃れお前を出来るだけ奴の思うままにさせないよう育てようと考えておった)
優しかったエルロイ伯母も父に支配されていたのか。
「それでもタイラーからすれば私は馬鹿に見えるならそれは失敗したって事なのね」
伯母の努力も虚しく結局私は父から見ても伯母から見ても失敗作という事か。
「ポッポ」(それは違う。タイラーは無知だと言ったんだ、何も知らないと。
馬鹿と無知は違う。馬鹿は治らんが無知なら知ればいい。お前はまだ成人したばかりだ、これからいくらでも時間はある。学べば良い、その下地はエルロイがちゃんと身に着けさせておる。)
「学ぶ……何を知ればいいの?」
それすらも分からない……
次々と涙が出てくる。涙は悲しいから出るのだと思っていたがなんだか今の気持ちは悲しさだけじゃない気がする。
「ポッポ」(何でも良い。知りた事を知ればいい、そうすれば自ずと知識が広がり世界が広がる。外の世界へ行けばいい)
外の世界へ……それはどこにあるんだろう。
自分なりに必至に生きて来たつもりだったがそれは他人から見ればちっぽけな自己満足だったのかも知れない。
何も知らず、知らされず、与えられた僅かな情報の中だけで全てだと思い込もうとしていたのかも。エルロイ伯母が時々見せてくれた平民の生活は貧しくても楽しげに見えたがそれもまたほんの一部で、隠された膨大な情報の一滴だったのか。
怒りとも悲しみとも違う気持ちが込み上げる。
「パフ……私、知りたい。もっと外の世界の事。もう無知だと言われたくないし、無知でありたくない。なんだか何も知らない自分に腹が立つの!」
「ポッポ」(悔しいなら思うようにすればいい)
悔しい?これって悔しいって気持ちなの?
「ふふ、笑っちゃう。パフ、私って自分の気持ちをなんて言ったらいいのかもわかってなかった。確かに悔しいわ」
涙を手で拭うと深呼吸した。
「じゃあ、手始めにパフが見てきたこの街の事を教えて。あなたって物知りだものね。どうしてか聞いてもいい?」
パフは小さな目を瞬いて横を向いた。
「ポッポ」(命令なら話すが、あまり気分の良い内容では無いぞ。もう少し先に伸ばしてくれると助かる)
珍しく答えを濁すパフが気になるが本人が望まないなら待つ方がいいだろう。
「じゃ、また今度ね」
パフが話す街の様子は私が馬車で通り過ぎたものとは別の場所のようだった。
この街の中心辺りに今いるパウトロウの屋敷はある。
ここの産業は主に売買、外から入ってきた物をそのまま売るか何か加工して売るか。街の外は農業には向いておらず家畜を飼っている数件の家があるがそれも時折魔物に襲われているようだ。
「パウトロウ様は魔物に対する対策を立てていないの?」
「ポッポ」(そんな風には見えなかったな。年に数回討伐隊を派遣していればいい方だろう)
「自分の街を守る気が無いって事?」
「ポッポ」(自分の居場所は守っているのだろうが平民の事まではかまっていないのであろ。金がかかるからな)
「お金か……そういえば私もお金をタイラーに返さなきゃね」
「ポッポ」(どうするのだ?持っていないであろ)
「でもなんとかしなきゃ」
お金ってどうやって用意すればいいんだろう。




