134 ロージーの幸せ3
ドキドキしすぎて息苦しい。何度も大きく呼吸するとベッドの陰に隠れた。
少しして寝室のドアが開く音がした。
「まぁ今夜はゆっくりと休めよ、当分忙しいのは決まってる」
レーンの声だ。
「あぁ、忙しい方がいい。じゃあな」
彼だ。
私が隠れている方へ近づく気配がして、震える足で思い切って一歩前に進み出た。
「なっ!はぁ……」
ベッドの陰から現れた俯く私にタイラーは驚き大きくため息をついた。
「いい加減にしてくれ!勝手に部屋に入るな、一体いつまぎれこんだんだ、何度言えばわかる!!」
頭ごなしに怒鳴りつけられビクリとし驚いて涙がポロリと溢れた。
「あ……」
「早く出ていってくれ!!」
腕を掴まれ隠れていた場所から引き出されるとそのままドアの方へ連れて行かれそうになった。
「タ、タイラー……」
名を呼ぶと彼は一瞬立ち止まって振り返った。私はなんとか顔をあげる。
「ロ、ロージー??」
びっくりしすぎたように彼は目を見開いたまま何も言わない。
「タイラー、勝手に入ってしまって……ごめんなさい。あの、わたし」
急に空気が薄くなったようにうまく息が出来ない。
「なんで、そんな、格好して……」
私は被っていた女中のお仕着せの帽子を取った。結い上げていた髪の後れ毛がはらりと目にかかり、赤毛の巻毛はくるりと弧を描く。その時さっきの女中の言葉を思い出した。
私の髪は黒くもないしサラサラの真っ直ぐな美しい髪じゃない。
「ロージー?」
タイラーが何も言えない私をのぞき込むように顔を近づける。私は結い上げた髪に震える手を伸ばすとそれを解いた。貴族の女性が男性の前で髪を解くのは寝所を共にする相手にだけだ。しかもそれは相手の男性の手によるものであって自分で解くなどはしたないとされる。
パサリと髪が解けうつむく私の顔を隠す。側にいたタイラーが一瞬身を引いた。彼は平民だが髪を解く意味はわかっているようだった。
「タイラー……私じゃ駄目?この髪じゃここに入っちゃ駄目かな?」
精一杯の告白にポロポロ溢れる涙が彼の寝室の絨毯に染み込んでいく。涙で霞む目でそれを見ていると彼の手が私の頬に触れ顔をあげさせた。彼と目が合うとため息をつかれた。
「やっと婚約を解消したのに」
困ってる、彼を困らせているんだ。こんなことをして呆れられた……
「ご、ごめんなさい」
直ぐに部屋から出ようと後ろに下がろうとすると引き寄せられ抱きしめられた。
「オレがどんな思いで婚約を解消したと思ってるんだ」
タイラー?
「やっとの思いで解消したんだぞ!」
抱きしめられた腕にぎゅっと力を込められる。
怒ってる……の?
「ごめんなさい」
「こんなハシタナイことして」
髪をくしゃっとまさぐられ一気に顔が熱くなる。
「ごめんなさい」
「他のやつにするな……オレはずっと前からこうしたかったんだ」
赤毛の巻毛に彼は顔をうずめ深く吸い込む。首筋がゾクリとする。
「こんなこと、貴方にしかしない」
ゆっくりと体を離すと彼の頬に手を添え引き寄せるとくちびるを重ねた。
「コレも駄目だぞ」
「わかってる、タイラーとしかしない」
彼は満足そうに微笑むと優しく私を抱き上げもっと深くキスをした。
目が覚めるとタイラーの顔が側にあって驚いた。彼に抱きしめられ肌が触れ合っている部分の体温が心地よい。さっきまでの事が嘘のように静かに寝息をたてる彼の額にかかった髪をそっと手で分けた。この人が大好きなのだと思うと幸せなはずが何故か哀しいような気持ちになった。
窓の外を見ると薄っすら明るくなって来ていた。そっと彼の腕から抜け出し服を着た。
早く部屋へ戻らなきゃ。
着替え終わり最後に髪を結い上げて帽子を探していると腕を掴まれベッドに引き戻された。
「まだ行くな」
キスをされ抱きしめられ胸がキュンとする。このままずっとここに居たいがなんとか彼を押しのけた。
「駄目よ、早く戻らなきゃルーに見つかっちゃう」
その名を聞いてタイラーがビクリとして顔をしかめた。
「それは、強敵だな」
魔物より魔王より怒ってるルーは怖いという共通認識のもと、彼は渋々私を解放した。窓を開けると昨日作った足場で隣の部屋に歩いていく。そこの窓を開けて中に入ると振り返り顔を出して彼を見た。タイラーも窓から顔を出し私を見ている。
「バイバイ」
ニッコリ笑って手を振った。タイラーも笑顔で手をふりかえしてくれる。優しい彼の笑顔をしっかりと目に焼き付けると窓を閉めた。
はぁ……
帽子を目深にかぶり直し掃除道具を手にそっと部屋から出た。こんなに朝早くに無人であるはずの部屋からでた私をタイラーの部屋の護衛騎士に不審がられたが逃げるように自分の部屋に戻った。
自室の寝室へ入ると心配してくれたのかエリーがホッとした顔で迎えてくれた。
「ローズマリー様、お早く着替えを」
女中のお仕着せを脱ぐと直ぐに自分の服に着替え鏡の前に座るとエリーに髪を梳いてもらい美しく結い上げられた。そこへルーがやってきた。
「また随分早起きですね、何かご予定がありましたか?」
ルーが窓を開けるとパフがすっと入り込んできた。
「おはよう、パフ」
手を差し出し受け止めようとしたがパフはツイッと私の周りを一周し肩に止まる。
「ポッポ」(はぁ……無茶をしよって)
ドキッとして顔が熱くなる。
もしかしなくても気づいてる!?
「どうかしましたかお嬢様?」
ルーが私の顔をのぞき込んでくる。
「いえ、どうもしないわ。早くここを出る用意をして」
「ここを出るとは?」
「勿論、お屋敷へ帰るのよ」
短い期間しかいなかったせいで荷物は少ないから一時間もあれば用意は出来るだろう。早くここを離れなきゃ。
「そんな、急に!?」
エリーが驚いて狼狽える。私が朝帰りしたので夜這いは成功したと思って安心していたのだろう。我ながら恥ずかしい所業だ。
「タイラー様の事は良いのですか?」
ルーが彼の名を口にして胸がチクリと痛んだ。
「もういいの、ここにはいられないしこれ以上彼に迷惑はかけられないわ」
どこまでいっても私はゾルガーの娘だ。彼の側にいることは叶わない。
素早く荷物を詰めると直ぐに出発するために裏門へ向かった。用意してもらった馬車へ荷物を積み込んでいるとエリーが大きな鞄を抱えて走って来た。
「ローズマリー様!私も連れて行って下さい」
「エリー!?あなた、だってご家族は?」
息を切らし自分の鞄を馬車荷台へ押し上げながら満面の笑みで答える。
「両親にはローズマリー様にお仕えすると言って来ました。妹夫婦と住んでいるから大丈夫です」
ルーと顔を見合わせた。急だが屋敷にはルーとヘクターしかいないことを考えればエリーが来てくれるのは大変有り難い。二人で頷き合うとエリーの手を取った。
「じゃあこれからもよろしくね」
嬉しそうな顔をするエリーだが一つ気になった。
「エリー、あなた確かお付き合いしている方がいたんじゃなかった?」
確かミランダの好きな人がエリーの恋人だって言っていたような……
「えぇ、ですけど私はローズマリー様にお仕えしたいですから」
彼には置き手紙をしてきたらしい。なんだか気の毒だが彼女の決断だから、まぁ仕方ないか。
女性三人で馬車へ乗り込むと直ぐに出発した。パフがさっき飛んでいったきり見当たら無かったが直ぐに窓から入ってきた。
もう、勝手してると置いてっちゃうぞ。
城の裏門を抜け貴族街を馬車は進む。まだ早朝のため歩いている人はまばらで街は静かだった。平民が多く住む区域へ入ると少し賑やかになり朝から店先で元気に買い物をする女の子に見覚えがあった。
「キキ!!」
窓から顔出し叫ぶ私の声にキキが振り返り追いかけてきた。馬車を止めてもらうと直ぐにドアを開け外へ出る。
「ロージー!」
キキは私が城を抜け出し街で過ごしているときに知り合った孤児の女の子だ。
「私を覚えていてくれたのね」
キキは駆け寄るなり抱きついてくると輝く笑顔で私を見上げた。
「覚えてるに決まってる、私はロージーからお金を借りてるからね」
え?いつそんな事したのかな?




