133 ロージーの幸せ2
セバスチャンはやはり旧ウギマの貴族で王家に仕えていた一族のものだった。シーラスの遠縁にあたるようだ。
「身分を隠し王へ近づいたことをお許し下さい。ただ故郷の者が放置されるさまが見ていられず、ですが申し立てるには私では未熟でそれも叶わず、あのような形でここへ参った次第です。処分はお受け致します故どうかウギマの者が故郷で生きる希望を与えて頂けないでしょうか?」
王は呆気に取られていたが大いに笑った後頷いた。
「セバスチャンが余の秘書となるなら希望も叶えよう」
セバスチャンは嬉しそうにするともう一度深く頭を垂れた。彼の優秀さは確認済みだ。王としても最高の秘書を得た形になった。
「それでどうして急にいなくなったの?」
「実はミデガライトのレックスは何度か取引があって見知っていたのです。身分と偽名がバレると思い身を隠しました」
セバスチャンの本名はセルジオ・バーンスタインというらしい。やはりウギマで見た朽ちた屋敷のバーンスタイン家の者だった。
謁見の間から退出するとそれぞれがこれからの準備をするために足早に去っていった。派閥はイングバルが継ぎシーラスもここに残るようだ。セバスチャン改めセルジオも早速王の予定をかき集めだした。タイラーはこれから騎士団副長として色々な手続きをしなければいけないようだが私を部屋まで送ってくれた。
城の廊下を何も話さず私の少し前を歩く彼の背中を見ていた。窓からの日差しが彼の姿を美しく照らしている。これから私は自分の屋敷で暮らしていくことになるのだ。城から離れ、そして彼からも離れ……
「タイラー」
「ん?」
「ありがとう……」
「あぁ」
それ以上は何も言うことが出来ず、彼も何も言わなかった。
部屋の前につくと扉が開かれルーとエリーが迎えてくれた。
「ルー、エリー、タイラーとは婚約を解消したわ。私はお屋敷へ帰るわ」
驚いて目を見開いた二人は黙ったまま何も言わなかった。
「じゃあ、元気でな」
笑顔のタイラーが手を差し出した。
「あなたも、元気でね」
その手を握り、別れた。
見送った後部屋へ入りドアを閉めた途端足元から崩れ落ちた。
「お嬢様!」
「ローズマリー様!」
二人に支えられソファへ座らされるとわっと声をあげ泣いた。
泣きじゃくる私をルーが抱きしめてくれる。
「こんなになるならどうして婚約を解消することを承知なさったのですか?」
「だって、うぅ、タイラーが解消するって……」
泣き過ぎてしゃっくりが止まらない。
「嫌だといえばいいのですよ、ローズマリー様は我慢ばかりなさって!」
エリーが半分怒ったように涙目で言う。
「でも、タイラーに……迷惑がかかっちゃう。せっかく副長になったのに」
私がゾルガーだということは誰もが知っているし、ゾルガーを憎む者も多い。
「そんなの関係ありませんよ!」
「だけど私がここを出ることはもう王命で決まったの。覆す事は出来ないわ」
あれほどタイラーが頼んでくれたのだ。彼の望み通りにここを出るしかない。
ルーにもエリーにも王命を覆す方法は見つけられず、私はそのまま寝室へ引きこもった。
パフだけが側にいたがいつも私の心を癒やしてくれるふわふわの羽に触れていても気持ちは晴れなかった。パフは何も言わず黙ったままだ。この子にしてみれば城から私を引き離す事が最善だというタイラーの意見に賛成しているのだろう。
どれほどの時間が過ぎたかわからなくなった頃、ノックが聞こえエリーがそっと寝室へ入ってきた。
「ローズマリー様は湯浴みよ、お前は他所へ行ってね」
窓を開けパフを外へやるとベッドに横たわる私の側の来た。無気力に言われるままに湯浴みをしたあと髪を乾かし丁寧に梳いてくれる。
「ローズマリー様、そんなにタイラー様の事がお好きならお気持ちを伝えてはどうですか?」
「気持ちを……そんな事してどうなるの」
何を言ってもここを離れる事に変わりはない。
「このまま一生会えなくなってもいいのですか?」
一生……会えない。
また涙が溢れた。エリーが私を振り向かせると涙をハンカチで優しく拭き取る。
「本当にタイラー様がお好きでしたら奥の手がありますが使いますか?」
「お、奥の手?」
何故かエリーが黒く笑った気がして涙が止まった。
「はい、お嬢様にとってとても思い切った手ですが今回は使っても構わないと私は思っております。夜に、寝室に忍び込むのです」
まさかの夜這い……
勿論、ルーには内緒だ。
夜這いだなんてきっと怒り狂うに違いない。タイラーは副長に就任し忙しく働いているらしく深夜にならないと部屋には戻らないらしい。
騎士団棟の私の部屋からタイラーの部屋は離れている。建物の二階にある彼の部屋へ忍んで行くことは難しいがエリーが策を授けてくれた。
タイラーの隣の部屋は今は防犯上空き部屋になっているが定期的に掃除は行われている。彼の部屋の前には警備の為に護衛が立番をしているため私が行けば部屋には入れるが皆に知られる。婚約を解消されたのに今更会いになんて恥ずかしくて行けない、私には無理だ。
私はエリーが用意してくれた女中の掃除婦の格好でバケツを手に廊下を進んでいった。女中の帽子を目深に被り俯き加減に歩いていると誰も私とは気づかないようだ。
タイラーの部屋の隣の部屋の前につきエリーに渡された鍵を取り出した。立番の騎士がチラリとこちらを見た気がしたがそのまま部屋の中に入りドアを閉めるとホッとしてその場に座り込んだ。
彼が戻るまではまだ時間がある。そのまま空き部屋でひとり過ごしていると廊下で話す声が聞こえた。どうやらタイラーとレーンの声だ。
「この件はダーレン隊長に任せて後はパトリック隊長の引き継ぎだな」
「あぁ、東地区はまだ平穏だから候補は若くても大丈夫なんじゃないか?」
レーンの話にタイラーが笑いを含んだ声で答える。
「お前がなるか?」
「断る!お前を一人で放置したら勝手なことばかりするからな。だいたいあの件だって……」
レーンにお説教されながら部屋へ入ったらしい。ということはタイラーはまだ寝室へは行かないだろう。ゆっくりと立ち上がろうとすると廊下からタイラーの部屋をノックする音が聞こえたあと開く音がする。
「あの、大隊長……女が……」
遠慮がちに護衛が中へ声をかけた。ドキッとしたがどうやら私の事ではない。
「はぁ、またか。帰れ!」
バタンとドアが閉まる音がしたがまだ廊下から話し声がする。
「婚約解消したんじゃないの?」
「だから無理だって言ったろ、ずっと同じ女中しか受け入れてないんだから」
「あぁ、あの黒髪の?私も黒に染めようかな……」
話し声は遠ざかり私の胸がギュッと締め付けられた。
そうだ、断られる事だってあるんだ。
ミランダ達だって言ってた、告白して振られたって。
どうしよう、怖くなってきた。どうしてここまで来ちゃったんだろう……どうして……
息苦しい胸を押さえて足を進めた。
このまま、二度と会えなくなるのが嫌だったからだ。
窓の方へ行き静かに開くとすっかり日は沈み月がひっそり輝いている。
タイラーの部屋は常に警戒されていたが最近は少しそれも緩んでいるらしい。エリーの話じゃもうすぐ見張りの交代の時間らしく引き継ぎの間少し目が届かない時間があるらしい。
私は開いた窓から辺りの様子をうかがい誰も見ていない事を確認すると壁伝いに土の魔術で足場を作りタイラーの寝室の窓まで行った。窓の鍵はエリーが外してくれている。音がしないように開き中に誰もいないことを確認してそっと部屋に入った。
ドキドキとしながら誰もいない暗い部屋を見回していた。




