132 ロージーの幸せ1
胸が熱くなる思いだった。
平民の地位を上げるためにひとり城へ乗り込んできた彼の思いが通じた瞬間だ。これからは平民を蔑む貴族も少しずつ減っていくだろう。そうして国政も落ち着けば平民の暮らしに気を配れる者が国の中枢で活躍し皆の生活も改善されていくだろう、そうなればいい。
殆どの騎士達が退場する中、騎士団長ギデオン、副長ラウリスが残り私とタイラー、イングバルとシーラスも残っていた。
「さてギデオン、始めるが良い」
王の言葉にギデオンが合図すると父エドワード・ゾルガーが連れて来られた。その手は拘束され王の前に跪かされた。
目の前に置かれた父の姿を見ると胸が苦しくなってきた。今からここで秘密裏に裁かれるのだ。国の第一派閥の元長で、現在の長の父親が国を裏切っていたなど公には裁けない。
「エドワード、今回のオスロワス侵略戦争のキッカケがその方の策略であったことはもはや明白だ。何か申し開きはあるか?」
ギデオンの言葉に父は口の端を上げると引きつったように笑った。
「何を言っても今回の事は覆らぬのでしょう、ローズマリーをここへ戻したことが悪手であった。やはりお前はあの時直ぐに始末しておけば良かった、平民を加えこむなど浅ましい女め」
侮蔑するように見られて息苦しく感じ目をそらした。するとタイラーからの視線を感じがして彼を見ると静かな表情で私を見ていた。それは口には出してはいないが大丈夫だと言われているようで少し落ち着きを取り戻した。
イングバルが私の様子を見て王へ父を退出させるよう願い出ると王も頷き父を下がらせるよう命じた。今回のことでゾルガー家は取り潰され一族の領地は没収、父は反逆罪で断じられることになるだろう。意味不明の言葉を叫びながら父は連行されていった。どうやらもう正気ではないようだ。
長らく苦しめられた父の最後を呆気なく感じながら見送った。いつの間にか彼は私の中で大きな存在では無くなっていたのか……
父が去っていった方を見つめているとイングバルが私の腕にそっと触れた。
「ローズマリー様、王がお呼びです」
我に返り王へ視線を向けた。
「陛下、申し訳ございません」
慌てて礼を取ると王は穏やかに微笑んだ。
「構わぬ、其方には辛い事であったろう。大丈夫なのか?」
「はい、もう終わったことのようでスッキリとした気分でございます」
長年のつかえが取れた感じで違和感はあるがそれも長くは続かないだろう。
「そうか、ならば良かった。さて、イングバルより派閥に関して話があると聞いておるが?」
王はあまり父に関することを追求することは無く話を変えてくれた。
「はい、実はローズマリー様が派閥の長につくことに際し契約が取り交わされております。それはローズマリー様が長となるにはゾルガーの名を継がねばならぬと明記されておりました」
「名を残そうとしたのか」
「左様でございますな、ですが此度の事でゾルガーを名乗るのはローズマリー様の今後のためにもよろしくありません。ですから既にお聞き及びの通りタイラーとの婚姻を進めて参りたいと思っております」
貴族の婚姻には王へ申請を出す必要がある。私はイングバルの話を聞きながらタイラーの様子を見ていた。彼は少し驚いたような顔をしたがさほど動揺も見せず、私を見るとニッコリと笑った。
え?どういうこと?承知したってこと?嫌じゃないってこと?だけど……
「王よ、僭越ながら私から発言してもよろしいでしょうか?」
タイラーが静かな口調で申し出た。
「勿論だ、其方の話である」
王の許可が出ると彼は恭しく頭を垂れるとゆっくりと口を開いた。
「この度の武勲に際し褒美を取らせると仰って頂きました」
「ふむ、そうだ。ギデオンより其方を騎士団副長へ昇進を申請されておる。その他に褒美を取らせるが何が良い?」
現騎士団長ギデオンが退き副長ラウリスを騎士団長へ、そしてタイラーを副長へ昇進させるようだ。ギデオンは王の側近になる。
「身に余る地位を頂き光栄に存じます。そして私の望みですが、ローズマリー様との婚約を解消したいと思っております」
静まり返る謁見の間で目眩を感じたが倒れまいと必死に堪えた。
「今、イングバルより婚姻を進めたいと申し出ていたではないか」
王は驚くと私を見た。私がタイラーを見ると彼は優しく微笑んだ。
「私達の婚約は元々破棄することが前提でした。そういう約束だったのです」
「だが其方らは……」
王は言葉に詰まりため息をつく。
「どうするつもりなのだ?」
タイラーはイングバルとシーラスを見て鼻で笑った。
「婚姻はローズマリー様の意思ではない。派閥を運営するためにお二人が画策されたのでしょう」
「だが政略結婚は貴族ではよくあることだ。タイラーが承知すれば良いのではないか?ローズマリーにはこの婚姻は有用であるからな」
王はタイラーの気持ちを計り兼ねているようだ。
「王よ、ローズマリー様を……ロージーをここから解放して頂けないでしょうか?」
胸を貫かれるような感覚がし涙が溢れてきた……
「か、解放とな」
王は動揺し戸惑った様子だ。
「はい、ロージーはこれまで父親に振り回され貴族社会で蔑まされ不自由な生活を強いられ生きてきました。
今回父親を排除され家族も無くまた貴族に利用される生活が始まろうとしています。もういいでしょう、彼女に自由を与えてあげてください」
両手で顔を覆うと声をころして泣いた。
「それは……だがこれほどの魔力を持った者を手放すわけには……国の、民の為にもここへ留まらせることが良いのではないか?家族には其方がなれば良いではないか」
焦った王の言葉をタイラーは否定した。
「私と一緒になってはここに留まることになります。そもそもロージーとは脅して婚約したのです、しかも私はその時の約束のほとんどを守れておりません」
「約束とは?」
「婚約する代わりにロージーの魔術のことを誰にも話さない、それと手を出さな……あ、いえその、最後に解放してやると約束しました、自由にしてやると。二つは守れなかったのですから一つくらいは守りたいと思います」
「それを褒美としろと?」
「はい」
またも静まり返った中、タイラーが俯き泣き続ける私に近づきそっと肩に触れるとハンカチを差し出した。それを受け取りぐちゃぐちゃの顔を拭った。
「ローズマリーにはゾルガー亡き後も余に忠誠を尽くせと約束させておった」
「存じております」
タイラーの言葉に王は顔をしかめる。
「あの鳩か」
「ロージーはこれまでも平民の為に魔術を使い助けていました。城に留めなくとも、王からの要請が無くともずっと国のため民のためにその力を使うはずです」
王は大きくため息をつくといかにも残念そうに命を下した。
「何人もローズマリーを王都へ留め置くことは許さぬ、これでよいか」
王の言葉に誰が意を唱えられるだろうか。
『仰せのままに』
タイラーを始めイングバル、シーラスも恭しく頭を垂れ王命はくだされた。
それぞれ誰も気づかれぬようにため息をついたのではないだろうか。
「これで良かったのか?」
王が私に優しく問いかける。
「はい……実はやりかけた仕事がございます。屋敷も構えておりますし、子供たちと約束もしております。まだ防護壁がない村や町が沢山ありますし、水路も設置しなくてはいけません」
「タイラーの言うとおりここにおらずとも国のために奔走しそうだの。何かの折には頼るかもしれぬ、その時は頼むぞ」
「勿論です」
イングバルとシーラスが頭を抱えていた。派閥の長をどうするか迷っているようだ。
「イングバル様で良いではないですか。そもそもわたくしはお飾りでしたし」
深いため息をはくイングバルに王もため息を被せた。
「余もローズマリーを秘書に出来ぬか画策しようと思っておったのが駄目になってしまった」
その言葉にシーラスが答えた。
「僭越ながら王へ会わせたい者がおります」
シーラスが合図すると部屋の外から招き入れられた一人の紳士が王の前にひれ伏した。
『セバスチャン!!』
王と私の声が揃うとセバスチャンが顔をあげた。




