111 弟妹1
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ゾルガーへの復帰を果たし今日からローズマリー・ゾルガーとして派閥の長を務めることとなった。契約が交わされ父は深く息を吐くと満足気に笑みを浮かべる。
「早速だが先ずはフェルナンドを側に置きなさい。それから何か行動する時は私に最初に話すように。ルーベン・プライスの事だが婚姻の打診があったであろ。返事を急ぐように正式な婚約は直ぐでなくともこれまでのつまらぬ噂を早期に払拭する必要がある。後は……」
「お父様」
つらつらと指示を出し采配を振るおうとする父を遮った。
「なんだ?」
自分の言葉が遮られたことに不機嫌さを隠さない父が私を見る。そう、いつも私が見ていた顔だ。
「指示は長であるわたくしが出します」
私の言葉に一瞬頬をピクリとさせる。そして側にいるイングバルに視線をやる。
「フェルナンドを側に置くのは構いませんがプライス家へはお断りを入れます。何か用がある時はこちらから呼び出しますのでもう下がって下さい」
これ以上顔を見ていては私も冷静ではいられないだろう。
「それは……お前が長であるのは勿論承知しているが、引き継ぎもある。性急に事を運べば派閥の運営にも影響が……」
「それは私がお助けいたしますのでエドワードは今後の方針が決まるまでは領地で療養すれば良いのでは?世間的にはゾルガーはエドワードからローズマリーへ代替えしたと思うであろうからいい機会だ」
イングバルが口を挟み父は更に顔を歪ませる。
「ローズマリーの父親は私であるし、派閥内の事情に通じている者の助言は必要であろ」
「それはフェルナンドに尋ねますよ、あなたの息子なのだから昔からの者も話が聞き入れやすいでしょうからね」
まだ何かが言いたげではあったがこれ以上イングバルに何を言っても返されると思ったのか父はフェルナンドをひと睨みし黙って出ていった。
「はぁ……」
フェルナンドは父が視界から消えると力無くため息をつき執務机に手をついた。その様子を見たイングバルが鼻を鳴らす。
「フェルナンド、これからはローズマリー様を主と思い仕えろ」
ハッと顔をあげると戸惑ったように私とイングバルを見る。
「あの、それは、父からは全ての情報を父を通すようにときつく言い渡されています」
「それはエドワードが長であった時の話であろ。今は違う」
オロオロとして私に助けを求めるような顔した。
「フェルナンド、貴方は今ここでわたくしか、お父様かどちらにつくかを選ばなければいけません。名目上はわたくしが長となりましたがまだすんなりと派閥が動かせる訳ではないでしょう。どちらを選ぶかはあなたの自由です」
「自由……」
フェルナンドは聞いたことがない言葉を聞いたような顔をした。これまではなんであれ父の言うとおりに生きてきたのだ。今更自由とか言われてもピンとこないのだろう。
「これからは自分で選んで行かなければいけません。どちらへ進むかはあなたの意思で決まるのです。わたくしを選べばこれまでとは全く違う生活が待っています。食事も着るものも住むところも今より悪くなる可能性もあります。ですけど誰と会いどこへ行くかはある程度自分で決めることが出来ます。お父様の言うことを聞いていれば今まで通り何も考えなくてもある程度の水準が保たれたこれまでと同等の生活が出来るかもしれません。貴方はどちらを選びますか?」
「わ、私は……」
こんな重大な決断をしたことがないフェルナンドは動揺し目を泳がす。
「とにかくここへお座りなさい。まだ時間はあります」
私の隣へ座らせると久しぶりに気弱そうな弟の金色の髪を撫でた。
「姉さん」
頬を優しく指で突くと少し照れくさそうにする。
「昔、お母様と何度か辺境のお屋敷に訪ねて来てくれたことがありましたね。あのときは一緒に過ごせてとても嬉しかったわ」
年子で生まれたフェルナンドは私より一つ年が下だ。私に魔力があると喜んだ父は直ぐに二人目を欲しがったそうだ。だがフェルナンドに魔力はなかった。きっと父は落胆しそれを隠そうともしなかっただろう。
「姉さんの『魔術開花の儀式』まではずっと父上は何故私には魔力がないのかだと嘆いていました。ローズマリーのように魔力があればと言われ続けた、それはアイダも同じです」
「そう」
きっと二人にも人には分からない苦しみがあったのだろう。
「姉さんが『無能者』だと分かった、いえ思わされた時から父上の当たりは酷くなりました」
「最初は隠していたわけじゃないの。きっと直ぐに上手く使える状態じゃなかったのだと思う。パフともしばらくは話せなかったし」
フェルナンドは頭を抱える。
「頼りないが仕方がないから派閥を継がせると言われていました。それもアイダにスチュアート家からの婚姻の打診があるまででした。アンソニー・スチュアートがアイダのお相手に決まってからは名義上アイダを長とするべく動いていたがここに来てローズマリー姉さんのことがありスチュアート家がローズマリー派ついたことからアイダとの婚姻も無くなりました」
なるほど、それでカーター・スチュアートは強気になっていたのか。同じ派閥内でも色々と揉めているようだ。
「こちらにアンソニーとの婚姻も打診されておりますが……お断りしておきます」
イングバルが私の心を読んだのか直ぐに対応した。
「姉さんはゾルガーをどうするおつもりですか?」
「私はゾルガー行く末を憂いだだけよ、とにかく今すぐ誰かの命を狙う指示を出しているなら取り消して下さい」
フェルナンドは少し驚いたが首を横にふる。
「そういう話は私の耳には入りません。どちらかといえばプライス家の方が詳しいでしょう」
父の次に派閥内での地位が高いプライスならゾルガーの秘密を全て握っているのだろう。共有することでお互いに裏切れないようにしているに違いない。
「プライスを呼び出しますか?」
イングバルがそう言って立ち上がった時、ドアがノックされ護衛がプライス親子が来たと告げた。話が早すぎる。きっとお父様が一人で部屋を出ていったことを確認してから来たのだろう。護衛に二人を通すように言う。
「ローズマリー様、この度はゾルガーへの復帰おめでとうございます」
入るなりウォーレン・プライスが笑顔で言い、続いてルーベンが馴れ馴れしそうに両手を広げ近づいてくる。
「ローズマリー、久しぶりであるな。いなくなってしまい心配していたのだ。だがもう大丈夫だ、これからは私がついておる。あの平民との婚約もすぐに解消出来るよう取り計らってやる。いくらかの賠償で済むであろ」
私の前にフェルナンドが立ちはだかる。
「ルーベン、そちらへ」
すぐに席に誘導し側へは寄らせなかった。イングバルがウォーレンを息子の隣へ座らせると早速話を切り出される。
「フェルナンドを側へ置くのは止したほうがいいのでは?エドワードへ話がもれるぞ」
「そうだ、これからは私が側にいてやろう」
ルーベンも父親に続き全く理解不能なことを言ってくる。
「フェルナンドとは今協議中です、ルーベンを側に置く気にはなれません。それで何のご用ですか?」
バッサリと切り捨てるとウォーレンから笑顔が消えた。
「エドワードの言いなりになるつもりで戻ってきているのか?違うであろ、だったら私と組む方が身のためだぞ、今や派閥内は私の勢力の方が多い。第一派閥の地位を保つためには私の協力無くして実現せぬぞ」
「そうですか、では今すぐゾルガー家の派閥からの撤退を要求します、貴方の協力は不要ですから」
私は立ちあがり話し合いは終了だと知らせた。膝に乗っていたパフが飛び立つと窓辺に向かった。
「ま、待て。私が本当に抜ければ派閥は崩壊するぞ、イングバルもわかっていよう?」
構わず席を離れ執務机に向かう。
「まぁ、これまでのゾルガーとしての派閥は終わるであろうな。だがローズマリー派の人間は残る、今も続々と増えておるから時間の問題であろ。ローズマリー様は古い派閥は扱いにくいとお考えのようだからむしろウォーレンがそれらを連れて出てくれればこちらとしても手間が省けて助かる。好きなだけ連れてゆけ」
イングバルもウォーレンに背を向け私の方へ来た。
「そ、そんな……父上」
ルーベンが流石に少し焦った声を出す。
「うるさい。フェルナンド、お前も承知しているのか?どちらに付くつもりだ」
私の言動を驚きの表情で見ていたフェルナンドが突然顔を引きつらせ笑い出した。
「ハハハッ……姉さん、本当にやるのですね……本当に」
そう言って少し考えゆっくりと足を踏み出し私の隣に立った。俯いていた顔を上げてプライス親子を見た。
「ルーベン、今が潮目だろう。父親にこのままついていくかどうか」
ウォーレンは顔を真っ赤にし拳を握りしめ立ち上がり黙ったままドアを開け放し部屋を後にした。ルーベンはオロオロと行ってしまった父の後とフェルナンドを見比べる。
「父上たちに逆らって生きていたものはいないぞ」
「そんなことを言ってもお前は何も知らされていないだろ」
フェルナンドが馬鹿にしたように薄く笑う。
「し、知っておるわ。父上はいつも私に重要な指示書を運ばせておった」
そういった瞬間ハッと口をつぐみウォーレンのあとを追った。




