110 魔術4
「こんなところで会っちゃうなんてね」
みんながひと息ついてホッとした瞬間にミランダがボソリとこぼした。
「どうかしたのですか?」
私の問に答えたのはミランダの隣のアンナだ。
「あの女中、ミランダの好きな人とお付き合いしてるんです」
どうやら彼女の想い人が平民でそのお相手はエリーらしい。
「それは残念ですね」
エリーの恋人は人気があるようだ、大丈夫かな。
「仕方ないです、でも気持ちは伝えようかと思っています」
諦め顔のミランダが小さく決意を述べた。
「恋人がいるのにですか?」
私が驚いているとミランダはこっくり頷く。
「はい、前に告白せずに後悔したことがあって。でも実らなくてもこの気持ちは大事にしたいですから。今は押し付けがましくならないようにどう言えばいいか悩み中です」
私の向かいに座るヘレナは告白してフラレたばかりだという。
「みなさん積極的なんですね」
感心して言うと四人は目をギラッとさせた。
「勿論です。流石に結婚しないわけにはいかないので自分で見つけないと親の持ってきた縁談にのらなければいけませんから」
ここにいる四人は下位でも古い家らしく結婚は絶対だそうだ。出来れば貴族と、相手が平民ならこちらの家に入ってもらうらしい。
「平民の男性に嫁いで行く娘もチラホラいますけどやはりまだこちらに入ってもらったり貴族同士が多いです。ローズマリー様は噂ではゾルガーに復帰なさると聞きましたけど」
ヘレナの横のサマンサが目を輝かせて言う。
「そうなると大隊長がゾルガーへ入るのでしょうね。それってこの国じゃ画期的ですね」
「そうよね、勇者とはいえ平民が国の第一派閥の娘と結婚なんて」
ミランダも私の方を見て真剣に尋ねてくる。
「色々と事情はお有りでしょうけどお二人は仲が良くしていらっしゃいますよね。私達が知ってる大隊長は強くて求心力があるうえ、親しみやすいって感じなんですけどローズマリー様にはどのように接してらっしゃるんですか?」
「え?」
急に聞かれても困る。そんなワクワクした顔で見ないで欲しい。
「そうそう、あんまり偉そうなのは許しちゃ駄目ですよ。」
「わかる!大隊長言いそう、とにかく駄目だ!とか」
「あと、嫉妬しそう」
「本当に、でも私は少しくらいは嫉妬して欲しいかも」
キャアキャアと言い合う彼女達を呆気にとられて見ていたが再びミランダの目が私をとらえた。
「それで、どんな感じなのですか?」
「ど、どんな感じと言われても……」
顔が熱くなり俯いて膝に乗っているパフの羽を撫でる。パフは気配を消し微動だにしない。
「いつも、心配してくれています……」
何だかどんどん顔が熱い。
「あぁ、わかります。ローズマリー様ってちょっとフワフワした感じですものね」
「守ってあげたくなる感じというか」
「そうそう、それで?」
えぇ!まだ何か言わなきゃいけないの?えぇっと……
「わたくしが助けを求めた時は絶対に応じてくれます」
「ローズマリー様が攫われた時に助けてくれたって噂は本当だったんですか?」
「そうですね」
本当はゴブリンに襲われている馬車を助けたらたまたまそこに居ただけだけど。
「ではその時に婚約をお決めになったのも本当なのですか?」
「えぇ、まぁ」
魔術を使えることを黙ってもらうという条件ですぐに解消するはずだったけど。
みんながワァっと盛り上がる。
「大隊長にしてはロマンチックな場面に遭遇したもんですよね」
「そうそう偶然にしては出来すぎだわ」
「本当に、平民がうまくやったって感じ」
ヘレナがそう言ったあと手で口を押えた。騒がしかった部屋がシンとしてしまい変な雰囲気だ。
「すみません、失言でした」
申し訳無さげに俯き他の娘達もどうすればいいか分からないという感じだ。
「あの、気になさらないで下さい。貴族の婚姻には色々な思惑があるものですわ」
そう言うと乾いた笑いが広がった。そこへ急にドアがノックされ皆が一瞬ビクリとした。
「失礼致します」
入ってきたのはイングバルだった。
「少し宜しいですか?」
その言葉にホッとしたように皆が立ち上がる。いいタイミングだったようだ。
「ではローズマリー様、またご指導下さい」
「本日はありがとうございました」
女性魔術師達がそそくさと引き上げるとイングバルが向かいに座った。
「ローズマリー様、今凄い勢いでローズマリー派が増えております。先程も訓練場で魔術をお見せになったとか。次からはどうかお声掛けください、見逃してしまいました」
残念そうに首を振るイングバルによると会議中の出来事のせいで話を聞いた他の小さい派閥の者や、そもそも派閥に属していない者までぞくぞくと詰めかけているようだ。その中に苦情をいれてきたカーター・スチュアートもいるらしい。
「元々ゾルガーの派閥にいた者まで移って来ているのですか?」
「後から入れば決断力がないと言われ地位が下がりますからな。こうなるとあえてゾルガーに復帰せずとも遠からず第一派閥になるでしょうな」
古い大きな派閥の力が失われ新しい派閥へ移行していく流れは止まらないかもしれない。
「それとプライス家から婚姻の打診がありましたがいかがなされます?」
「プライスってルーベン・プライス?勿論断って下さい」
アイツはイキナリ何を言い出すんだ。相変わらず気持ちの悪いやつだ。
「ゾルガーの派閥の中では二番手ですからな。まぁない話ではありませんが……畏まりました」
きっとゾルガーを追い落とし自分が私を利用して主導権を握りたいのだろう。そうは行くか。イングバルと話しているとまたノックが聞こえ護衛が顔を出した。
「フェルナンド・ゾルガー様がお越しですが」
面会の予定をしていない他派閥の者をいきなり通すことはない。イングバルが少し考え頷くとフェルナンド部屋へ通した。
「ローズマリー姉さん、話があるのですが」
そう言ってイングバルを気にするように見た。
「話は私を同席していただかないと許可できませぬな」
私も頷くとフェルナンドは諦めたような顔をした。
「一族への復帰を急いで欲しいのです」
流出が激しくなる恐れが現実味を帯びてきているらしい。
「条件が整わないと言ったのはそちらだ」
イングバルがすぐさま返す。
「条件は飲むそうです、ただしこちらも条件があると」
「そちらが何か条件を出せる立場ではないと思うが、一応聞いておきますか」
「ゾルガーの名を残す事、派閥の長を継ぐならローズマリー姉さんはこの先ずっとゾルガーを名乗ると契約して欲しいとのことです」
私が派閥の長になりその名がゾルガーであるなら一族は生き残りまた繁栄していけると思っているのだろう。
「良いですわ。ではすぐにゾルガーへ復帰する手続きを始めてください」
フェルナンドが喜んで部屋から出るとイングバルも書類を用意するために出ていった。程なくイングバルが戻りすぐに私の部屋にお父様とフェルナンドがやって来た。
「ローズマリー、やっとお前が正式に娘に戻ってくれて喜ばしいよ」
部屋へ入るなり作り笑顔で私を抱き寄せる。ゾワッと寒気が走るが私も作った笑顔で応対した。
「これでゾルガーへ戻れるのですね。嬉しいですわ」
心のない会話がなされ書類にサインしていく。条件は私が一族の主導権をにぎり派閥に属する者はそれにしたがうこと、私が派閥の長となるならこの先ずっとゾルガーを名乗る、この二つだ。
あっさりと契約は交わされ私はこの国第一派閥の長となった。




