16-1:Epilogue
《始まりの惑星》
ハッチが開いた先で出迎えていてくれたのは、白衣を着込んだ数人の作業員
を除いては立った一人であった。
晴菜はそっと息を吸い込む。
生まれ育った故郷であるはずなのに、何故か違和感しか感じなかった。
「それだけ、あの星で過ごした思い出が大きいと言うことですか。全く、嫌な
状況ですわ。………でも、悪い気分ではありませんわね」
小さく自嘲的な笑みを浮かべ、誰に聞かせるわけでもない独り言を呟いたブ
ルーアイの戦士は、宇宙船を降りる。
彼女と入れ替わるように白衣を着込んだ作業員が宇宙船の中へと入っていく
が、誰一人として彼女に労いの言葉をかける者は居なかった。
「ミシハ。反逆者討伐及びティア・ブレス奪還の任を終え、ただいま、地球よ
り帰還致しましたわ」
「お帰り、ミシハ君。事の大まかな経過は、先行して提出してもらったレポー
トで把握している。とりあえずは、ご苦労様。まあ、これから上層部への詳細
報告やら、惑星保護条例委員会での査問会やらで、しばらくはまだ忙しい日が
続くだろうが、無事に帰ってきてくれて、私は嬉しいよ」
地球から帰還してきた彼女を出迎えてくれていた唯一の人物―彼女の上司―
は朗らかな笑顔でミシハ―水代 晴菜―の肩をそっと叩いた。
「ですが、帰ってこれたのはわたくし一人だけですわ」
感情を殆ど感じさせずに放たれたその言葉に上司の手が止まる。
反逆者を追って、この星―プラント・ゼロ―を飛び立ったのは彼女ともう一
人、白銀の戦士であった。しかし、戻ってきたのはブルーアイの彼女のみ。
もう一人の白銀の戦士が何故帰ってこなかったのか、その理由は既に報告を
受けているが、それでも彼女らの上司は動揺を隠せなかった。
「コクハの事はレポートで読ませてもらったよ。正直に言って、俺はまだ彼女
が死んだとは思えない。部下が死ぬなんて、軍人としては覚悟していなければ
ならない事態なのに、俺もまだまだ甘いよ」
そう言って、視線を彼女たちの宇宙船に、正確にはそこから棺を下ろしてい
る作業員に視線を向ける。
「だが、あれほどティア・ブレスの扱いに慣れた彼女が死ぬなんて、よほどの
激戦だったのだろう。せめて、安らかに眠れるよう、我々で送り出してやろ
う」
「いいえ、その必要はありませんわ」
ブルーアイの女性が確固たる信念を持って微笑むのと、棺を開けた作業員が
口元を被うのはほぼ同時であった。
彼女らの上司は慌てて棺の元まで駆け寄る。
ネームプレートに書かれていたのはコクハ。白銀の戦士であった彼女の名前
だ。
「これは…………ミシハ、あなた、まさか!!」
中身を確認し、上司もまた言葉を失ったが、驚きで満たされていた感情は、
次の瞬間には激情となりブルーアイの彼女を怒鳴りつける。
棺の中には入っているべきコクハの遺体が無かった。
あるのは、火葬した後に残る灰のみであった。しかも、明らかに量が少な
い。
「その通りですわ、上官殿。彼女、コクハ………いえ、九曜明里はあの星、地
球に埋めてまいりましたわ。わたくしと、そしてわたくしの盟友と彼女の友人
の手によって、ですわ」
そう言ってブルーアイの女性は、胸元に下げた銀の十字架を優しく握りしめ
た。
「あの星は、惑星保護条例で守られているのだぞ。お前達は特例で地球への潜
入を許されたが、異星人である彼女の遺体をあの星に埋めてくるとは、捜査に
必要だったとは言えない、明らかな条例違反だ」
「彼女は既に生まれた星を失っておりましたわ。それだからでしょうか、彼女
はとてもあの星を好きでいましたの。明里ならきっと、プラント・ゼロで埋葬
されるよりも地球で埋葬されることを望むと思いましたから、そうしたまでで
すわ」
臆することなく堂々と言い放つその姿はまさしく気高き一滴に恥じぬ姿であ
る。
だが、この場にいる誰もがその姿に見とれることなく、それどころか畏怖の
視線を向けてくる。
「だが、例えコクハの望みだったとしても、条例違反は揺るがない事実だ。こ
れが委員会にばれたら、お前は下手をすれば………」
「死刑は無いにしても、牢獄ぐらいは覚悟した方が良いのかも知れませんわ
ね。ですが、きっと委員会は、このような些細なことを気にとめる暇もなく、
大混乱に見舞われることでしょう。なんて言っても、地球人が、このプラント
・ゼロへやって来たのですから」
そう言って、ブルーアイの女性が宇宙船のハッチを指さす。
そこにいる女性がたどたどしい言葉で名乗った。
「私の名前は三菱美咲です。地球人で、反逆者に荷担していました」
宇宙船内で水代晴菜から教わったこの星の言葉はどうやら伝わったようだ。
コンテナ内に激震が走る。
ある者は口元を被って叫びだし、ある者は水代晴菜に詰め寄り事の真意を確
かめようとしている。
「良かった。私の言葉、ちゃんと伝わったんだ」
初めて外国に来たような心境で、不安で一杯だった緊張感が僅かに緩み微笑
みとなって現れる。
その一方で、上官やら近くにいた作業員に詰め寄られているブルーアイの女
性は、恨みがましい視線で安堵の表情を浮かべる美咲を睨み付けるのだった。
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《二人きりの宇宙船》
宇宙船のモニターが青い星を映し出していた。
それは、ブルーアイの彼女が守り抜いた星であり、彼女の盟友が生まれこれ
からも生きていくであろう星であり、そして、彼女の戦友が息絶え永遠に眠る
星である。
地球と呼ばれるあの星で彼女がするべき事は全て終わった。
別れが辛くなかった訳ではない。
別れたくないと信じもしない神に願いさえもした。
しかし、ブルーアイの彼女は地球に永住することなど許されない。
彼女はあくまで反逆者を追うためだけに地球に降り立ったに過ぎないのだか
ら。
「鳴恵、あなたとの約束。忘れはしませんわ。きっと、またこの宇宙の何処か
で会いましょう」
戦友の遺灰を仕舞い込んだ銀のロザリオを握りしめ、ブルーアイの彼女は、
澄み渡った彼女の瞳に負けて劣らない美しさを称え持つ星を見つめ続けてい
た。
彼女の盟友の笑顔が青い星に重なり合った気がした。
「にしても、嫌な状況ですわね。鳴恵とは離れ離れにならなければいけません
のに、何故、あなたとはこうして共に宇宙へ飛び立たねばならないのでしょう
かね」
そう言って、ブルーアイの彼女は視線を隣の席に向ける。
地球に降り立つとき、そこに座っていたのは彼女の戦友であった。
だが、地球を飛び立った今、そこに座っているのは彼女のライバルである。
今にも射抜かれてしまいそうな偽り無い嫌悪な視線にかつての彼女は怯んで
いたことだろうが、自らの罪を受け入れた彼女はもう逃げ出したりはしない。
「まったく、わたくしには正直、理解致しかねる部分がありますわ。確かに、
あなたは反逆者に利用されて、彼らの一味になりました。ですが、それはあな
たの本当の意志ではありませんでしたでしょう」
「それでも、わたしは、鳴恵さんを本気で殺そうとしたの」
かつてそこにあった桜色のブレスレットを思い出すかのようにそっと左の手
首を握りしめ、絞り出すかのように消し去れない事実を口にする。
「嫌な状況であることに、反逆者に荷担してしまったのはわたくしも一緒です
わ。あなたは見かけに寄らず、強いのですね。黙っていれば許されることなの
に、自ら進み出て罰を受けるなんて」
「ううん。それは違うよ。むしろ、その逆で私は弱いの。私はあなたみたい
に、この罪を一人で背負っていく強さを持っていないの。だから、罰せられる
ことで、許されて楽になりたいって思っているの」
反逆者は地球を汚した人間を抹殺し、地球を澄み渡った水の惑星に再生しよ
うとしていたが、その存在は地球人に認知されていない。
そのため、反逆者に荷担した罪を裁くのは地球のあらゆる司法機関でも不可
能なのだ。
かつて花のティア・ブレスの戦士であった彼女の罪を裁くことが出来るの
は、地球ではなく反逆者達が生まれた星の司法機関でしか出来ないのだ。
「それにね、これが私なりの鳴恵さんへの罪滅ぼしのつもりでもあるの」
ブルーアイの少女が僅かに首を傾げる。
頑なにして自分も反逆者だと言い放ち、プラント・ゼロへの帰還に同行して
きた彼女に別の理由があった事を知らなかったから、自然と問いかける。
「鳴恵への罪滅ぼし? 鳴恵はあなたのことを恨んでも、憎んでもいません
わ。むしろ、わたくしにとっては嫌な状況ですが、あなたとの別れを悲しんで
もおりましたわ」
「うん。分かっている。でも、私は前に、鳴恵さんに言われたの。謝罪するの
は大事なことかもしれないけど、大切なことじゃない。
大切なのは、悪いことをした自分がこれからどうするかだって。反逆者が居
なくなって、私は自分に出来ることをずっと考えていたわ。そして、見つけた
答えが、これだったの」
自らが犯してしまった罪に押しつぶされそうになりながらも、少女は窓の外
に拡がる宇宙を見た。
「あなたは、鳴恵さんと約束したのよね。今は離れ離れになるけど、また宇宙
の何処かで会いましょうと。でも、あなたは教えてくれたわ。地球は辺境の惑
星で外部の惑星との接触が零だから、惑星保護条例があって、無意味に異星人
が入ってはいけないことに成っているって」
ブルーアイの少女の口元に無意識の笑みが浮かんでしまう。
何故、彼女が鳴恵の親友であるのか、ずっと分からなかった。
鳴恵と別れ、宇宙に飛び立ってからも答えは見つけられなかった。
でも、その答えが今になってやっと分かった。
難しいことは何もなかった。ようは二人とも似たもの同士なのだ。
普段は似ている部分を見つけることが出来ないが、時に呆れるぐらいにぶっ
飛んだ考えを実行する二人が親友にならない訳がないのだ。
「あなたはもしかして、地球人として外部の惑星と接触を試みて、地球の惑星
保護条例を無くすつもりなのですか?」
「そこまで出来るかは正直言って分からないわ。でも、礎にはなりたいと思っ
ているの。あなたと鳴恵さんが再会するときに、条例やらそんないざこざが邪
魔をしないように。それが、反逆者に荷担してしまった私の罪滅ぼしであっ
て、きっと反逆者に荷担してしまった私じゃないと出来ないことなんだと思う
から」
果てしなく拡がる宇宙を見つめるその儚き瞳の中には逞しさが確かに秘めら
れていた。
つられてブルーアイの少女も窓の外に拡がる星々を見る。
遮る物が何もないその景色には地球で最後に見た星空とは比較にならない星
が煌めいていた。
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《盟友との約束》
見上げる夜空に、星達がまばらに輝いている。
そこに見える景色は、お世辞にも満天の星空なんて言うことが出来ない。
雲はないはずなのに、浮かんでいるのはこの星が唯一持つ衛星と、両手で数
えられるぐらいの一等星のみである。
胸元のロザリオをそっと握りしめ、ブルーアイの少女は静かに呟いた。
「ここは星が殆ど見えませんわね。星はそこにあると言いますのに、これだけ
しか見えないと言うのは、よほどこの星は汚れているのですね。反逆者達が清
めたいと願うほどに」
それは誰にも聞かせることのない独り言であったはずだった。
しかし、間が悪いことに彼女の独白は、リビングから戻ってきた盟友に僅か
ばかりだが聞かれてしまったようだ。
「星空を見ながら独り言なんて、流石に今日はハルも感傷的になってしまうの
か」
振り返れば、両手が塞がっている鳴恵が、足でベランダへと続く窓を閉めて
いるところだった。
「少しばかり、この星に来てからのことを思い出していただけですわ。それ
と、わたくしを気安く呼ばないでください。ついでに、足で窓を閉めるのはは
したないですわよ」
「はいはい。全く、ママみたいな事言わなくても良いだろう。行儀が良くない
っていうのはちゃんと自覚しているけど、お前の分もこれを持っているんだか
ら仕方ないだろう」
そう言って鳴恵は左手に持っていた葡萄のイラストが描かれたアルミ缶を晴
菜に差し出した。
小さくため息をついた晴菜であったが、目の前に差し出された誘惑には勝つ
ことが出来ず、それ以上は何も言わず缶を受け取り、慣れた手つきでプルタブ
を開ける。
「なあ、ハル」
鳴恵が横に立ち、こちらも手慣れた動作でプルタブを開ける。
「だから、わたくしを気安く呼ぶな」
「でも、言わなくなったらお前絶対に、寂しがるだろう」
「…………ぅ」
あまりにも不意打ちな指摘に晴菜は何も言い返すことが出来ずに、顔を真っ
赤にして俯いてしまう。
だが、すぐに気持ちを落ち着けると今にも鳴恵を射殺してしまいそうな程に
鋭い瞳で睨み付けるが、彼女の盟友は全く怯えず、笑いをこらえるのに必死な
顔で胸元のロザリオを指さした。
「見たか、明里。今のハルの顔を。傑作だったぜ」
そして、レモンのイラストが描かれた缶を晴菜に向かって掲げてくる。
一瞬、何故にすぐ飲まないのかと疑問に思ったが、鳴恵が教えてくれたこの
星の習慣を思いだし、晴菜も同様に缶を掲げた。
「これで、しばらくお別れだな、ハル。でも、オレは必ず約束を果たして、ま
たお前と会ってやるから、寂しくても泣くなよ」
「余計なお世話よ。そして、これからだって何度も言って差し上げますわ。わ
たくしを気安く呼ばないで下さる…………ナル」
その名前が誰を呼称しているのか、一瞬理解出来ずに鳴恵は、キョトンとし
た顔つきで自身を指さす。
「ナルって。それって、もしかして、オレのことか?」
「他に誰が居まして? 先程のお返しですわよ。ふふふ、見ましたか、明里。
先程の彼女のお顔を。ふふふ、忘れられない間抜け顔でしたわ」
澄ました表情で胸元のロザリオをそっと撫でるが、僅かにその頬が朱に染ま
っているのは盟友を慣れない愛称で呼んだことの名残だろうか。
「全くやってくれるぜ。いいか、ハル、オレのことを気安く………」
これまで幾度となく聞いてきた彼女の言葉を思い出しながら、満面の笑みで
ブルーアイの少女の口癖を言おうとした鳴恵だが、その言葉は晴菜の人差し指
が唇に押しつけられることで遮られた。
「あなたは、わたくしと約束したでしょう。わたくしがこの星を去っても、ま
た会うと。ならば、今の言葉の続きは、再びわたくしと会うときに聞かせて下
さい。そして、わたくしのことを何度も気安く呼ばないで下さるかしら」
鳴恵には言うなと言っておきながら、自分は当然とばかりに『気安く呼ぶ
な』と言う辺り、良い性格をしていると苦笑するしかない。
だが、確かに晴菜の言うとおりだ。
ここでお別れじゃない。
そんなことには絶対にしない。
何年、何十年先になるか分からないが、再会の時の楽しみにこの言葉を取っ
ておくのも悪くはない。
「それも、オレとお前を繋ぎ結びつける新しい約束だな」
「あなたの口から聞ける日を楽しみに待っておりますわ」
そして、この星を守り抜いた二人の戦士は改めて互いに持つ缶を掲げた。
「それじゃ、オレ達のこれからと、」
「わたくしたちの新たなる約束に、」
鳴恵と晴菜は缶をぶつけ合う。
「「乾杯」」
満天と言えない星空の下で、缶と缶がまるで水が波紋を広げるような優雅な
音を奏でた。
雄々しき一撃と気高き一滴。
約束で繋がれた盟友とこの星で過ごす最後の夜は、そして、静かに過ぎてい
くのであった。
END




