10-4:Into The Dark Part4
《南極》
極寒の地の上に二人の反逆者が立っていた。
一人は、軍人のような筋肉質体型のスキンヘッドの男。
もう一方は、すべての物事を切り裂くかのような怜悧な雰囲気のまるで氷河
から作られような男だった。
氷点下の世界に立っているというのに、二人はこれといって特別な格好をし
ていない。
そのままの姿で東京を歩いて、だれも服装については違和感を抱かないであ
ろう程の薄着である。
それなのに、二人には、凍えているという印象はまったくなく、普段通りの
感覚で立っている。
「もうすぐ、『楽園』にたどり着けるな」
ロッグの言葉にシャーグルは無言で頷いた。
この五日間で既に準備は万全を期していた。
後は、起動の命を出せば、この氷はすべて溶け、この星の地表はすべて海の
底へと沈む。
だが、彼らはまだ知らなかった。
『プラント・ゼロ』から反逆者と呼ばれながらも、『楽園』を求めて地球にや
って来た彼らの中に、さらなる反逆者が潜んでいることを。
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《今、反逆の時》
反逆者
そう呼ばれている集団に彼女が入ったのは、純粋に彼らを利用するためだっ
た。
ロッグは『楽園』を作るという理想を掲げ、その理想のためにはいかなる犠
牲も厭わない男であった。
そんな器の小さな野望者にいち早く目をつけたのが、マロードという名の悪
魔だった。
当時、第二のプラント・ゼロを作るなど言う壮大な計画を支持する者は誰も
いなかった。
プラント・ゼロの闇社会に住む誰もが夢話だと鼻で笑っていたのだ。
マロードもなんて愚かな奴らだと思ったが、同時に彼らとは利害が一致する
とも思った。
かつての王族としての地位や部下は、己の欲望と共にすべてを無に帰してい
たマロードには、『プラント・ゼロ』の監視下に置かれたティア・ブレスを一
人で奪取するなど不可能だったから。
彼女もまた、己の欲望を満たすために動く愚者を必要としていたのだ。
だから、マロードはロッグの従順な部下となった。
彼の信頼を勝ち取り、彼らが『第二の楽園』を作るために『プラント・ゼ
ロ』から旅立つには、ティア・ブレスの力が必要不可欠だとミスリードするた
めに。
(馬鹿な男よね。自分が掌で踊らされていることにも気がつかないのだから)
事は、面白いぐらいにマロードの思惑通りに運んだ。
反逆者が二つのティア・ブレスを奪い、残る三つのティア・ブレスもまるで
厄介払いをされたかのように、この星へとやって来た。
「本気で、やるのか?」
マロードの横でカザミスが尋ねる。
この氷に覆われた世界においては、彼女の褐色の肌がより際だって見えてい
た。
「そうよ。こんな小さな破壊じゃ私、全然満足出来ないのだもの」
マロードとカザミスの目指す先には、二人の反逆者がいる。
そろそろ彼らも二人の接近に気づくことだろうか。
「それで、あなたは、私を止めるつもりなの?」
確かに、マロードの反逆を止めるとすれば今を置いて時はない。
彼女の正体を知り、この悪魔が目指す道はまさしく狂気としかカザミスには
思えない。
だが、それでもカザミスは首を横に振ってしまった。
「それは出来ない。私は、ただのマリオネット。ルイの言われるがままにしか
動けない」
「賢明ね。そんなに心配しなくても大丈夫よ。協力してくれたお礼として、ル
イとそのマリオネットの命ぐらいは見逃してあげるわ」
そう言うと、いつもつけていた銀縁の眼鏡を外して、スーツの胸ポケットに
しまった。
氷に支配された世界で、マロードの髪から色素が抜けていく。
そして、煌めく銀髪が優雅に揺れた。
「さあ、楽しい仮面舞踏会は終わったわ。この先にあるのは、没落と、絶望
と、消滅よ」
その言葉を合図にカザミスが一気に動いた。
「ティア・ドロップス コントラケット」
一陣の風が吹き荒れ、カザミスの体を包み込む。
「強き一陣 ティア・ウィンド!」
そして、風の中から緑色の衣を纏いし『風』が姿を現す。
ティア・ウインドが氷の地面を蹴り、哀れな二人の反逆者に肉薄する。
しかし、敵も反逆者として数多の死闘をくぐり抜けてきた武人。
奇襲が成功することはなかった。
ティア・ウィンドの拳は、シャーグルの腕に生えた牙によって受け止められ
てしまった。
「カザミス、貴様、これは謀反か!!」
怒声を吼える。だが、『風』は吹き荒れるのを止めはしない。
地面に比べて明らかに、摩擦が少ない氷の上においも、そのバランスを微塵
も崩すことなく、連打を打ち込む。
シャーグルはそのすべての攻撃を腕の牙で受け止めるが、相手は『強き一
陣』、生半可な戦い方で勝てる相手ではないのだ。
「くぅ」
シャーグルが苦悶の表情を浮かべる。
ティア・ウィンドの拳が、彼の最大の武器である牙を折ったのだ。
(これが、最強のティア・ブレスの戦士。『水』などとは桁が違うか)
もはや、勝敗は決まっていた。
シャーグルやティア・ウィンドレベルのでの戦いになると、小細工など勝敗
には関係しない。
純粋に強い者だけが、勝ち残る弱肉強食の世界だ。
武器を壊された者が敗者、武器を壊した者が勝者。
きわめて分かりやすい方程式だ。
「もう一度、聞く。我らが、目指した『楽園』がすぐ其処にあるというのに、
何故裏切った?」
「知らない。だって、私はマリオネットだから」
ティア・ウィンドが左手を前に突き出す。
拳がシャーグルの厚い胸板を打ちつけた。
並の人間が喰らったら、これだけで絶命していただろう。
それほどの、威力がたった一撃の拳に込められていた。
しかし、男は倒れない。
彼の心に宿りし武人の心は、どんなに強い風だろうと折ることは出来ないの
だ。
「おおおおおお!」
雄叫びと共に、シャーグルが決死の攻撃に出る。
生涯にたった一度だけ使うことの出来る、最後の奇襲だ。
牙が、心臓を、肺を、胸板をえぐり取る嫌な音が鳴り響き、そのまま鮫が一
度捕まえた獲物を逃すまいとするように、カザミスの左腕に合計五本の牙がめ
り込む。
シャーグルの胸から、彼の内部を破壊して、外の世界へ出てきた牙は、裏切
り者への枷へとなる。
『反逆者一の武人』はその命と引き替えに『強き一陣』の動きを封じたのだ
った。
「キミは凄い裏技持っていたんだね」
絶命しても、まるで弁慶のごとく立ち続けているシャーグルに、ティア・ウ
ィンドは賞賛の言葉を送る。
その腕には、五本の牙が突き刺さっているというのに、痛みなど全く感じさ
せない口調でだが。
「どういうつもりなんだ、カザミス。マリオネットであるお前が何故、シャー
グルを殺した」
氷の地面の上に、シャーグルの血がしたたり落ちる。
その水滴に混じって聞こえてきたのは、背筋だけでなく心臓までも凍らせて
しまいそうな程に、怜悧な声。
ロッグ。
普段は氷のように冷たいその美貌の、薄皮一枚下には仲間を殺された事への
憤怒が隠れている。
「マロード。彼は、キミの担当だったよね」
凡人なら、今の声を聞いただけで、液体窒素の浴槽に押し込まれたかのよう
に、身動き一つ取れなくなっていただろう。
が、『強き一陣』は、ロッグに臆することなく、それどころか彼を無視し
て、銀髪の女性に話しかける。
己が無視された事に、ロッグが僅かに肩を振るわすが、ティア・ウィンドは
それさえも気にとめなかった。
「そう言えば、そうだったわね。こんな器の小さな男の相手なんて、本当はし
たくないのだけど、しかたないわね」
「これは、どういう事なんだ。マロード」
ロッグの拳はきつく、握りしめられ薄く血がにじみ出ている。
一方、マロードは蝿を払いのけるかのような仕草でロッグの質問を追い払っ
た。
「見て分かるでしょう。あんたはもう終わりなのよ。本当は、まとめて殺して
あげたいところだけど、生きていられると困るからここで死んで」
氷の世界に、煌めく銀髪。
ついに本性を出したマロードに、ロッグは己の不備を痛恨した。
この地球には、反逆者という集団の中でも、ロッグがもっとも信頼している
六人しか連れてこなかった。
彼らの中から本当の反逆者が出るとは予想外だった。
しかも、『楽園』を目の前にして、ロッグは反逆者の内情を疎かにしていた
事も否めない。
『風と花』の力を有して、『雷と水』を撃退したことに安堵感という名の隙
が生まれていたのだ。
「敵は外だけでは無かったと言うことか」
「それは少し違うわよ、ロッグ。己以外の存在はすべて、外の存在。反逆者と
いう集団は一人じゃない。だから、私を信用したあなたが愚かなのよ」
「その反逆者と言う集団を作り上げたのは、お前の尽力あってこそだったが
な」
「知ってるわ。だから、反逆者という存在は、私の欲望を再び満たすための、
道具でしかなかったのよ」
ロッグが、真実を知り薄く笑う。
それはマロードが見てきた中でもっとも、感情のない笑みだった。
笑みに刻まれているのは、機械にも似た無情な冷たさだけ。
生き物を殺すことに対して、歓喜もなければ畏怖もない。
ただ、機械的に生き物を殺すことが出来る男の笑みだった。
「本当に、小さな男ね。あなたは、たった一つの命を消すだけなのに、なんで
そんなにも、肩を張るのかしら?」
ロッグが動いた。
とは言っても、彼がしたのは目を見開いただけだったが、しかし、それだけ
でロッグには充分だ。
「ぅく」
マロードの体がまるで、巨人の掌で握りつぶされているのではないかと錯覚
してしまう圧力で全身を圧迫させられる。
このままでは、骨格が悲鳴を上げ、やがては全身の骨という骨がすべて砕け
散ってしまうだろう。
これが、ロッグの力だ。
念動力。
彼は、指一本動かすことなく敵を粉々に砕くことが出来るのだ。
「やっぱり、馬鹿な男。一撃で、わたくしを砕けば良いのに」
相手を挑発する軽口を叩くマロードだったが、次の瞬間、全身を締め付ける
圧迫はさらに増して苦悶の表情を浮かべてしまう。
「その前に、いくつか確かめておきたいことがある。カザミスと一緒に来たと
言うことは、ルイも裏切ったのだな?」
ここにある冷気でさえも、氷になってしまいそうな程に凍えきった声でロッ
グが尋ねてくる。
彼の瞳が、マロードを捕らえている限り、彼女は一生束縛者であり続けるの
だ。
「ええ、ご名答。アレも、よっぽど、愛というモノに飢えていたらしいわね。
ほんのちょっと、優しい母親や姉を演じてあげれば、コロリとこっちに懐いて
きたわ。彼女を手なずけるのは、本当、反吐が出るぐらいに簡単なことだった
わ」
すぐ側に、そのルイのマリオネットであるカザミスがいるというのに、マロ
ードは真実を暴露する。
そんな事、カザミスは既に知っていた。
ただ、人形遣いが間違った道であれ、望んでいた愛を手に入れたのなら、そ
れを阻むことなどマリオネットには出来ないだけである。
「ついでに、言わして貰うとね。ドレイルも、私に従うことになったわよ。彼
女も、束縛された研究ではなく、自由な研究をしたいということなのでね」
マロードは言葉に出さずとも語る。
ロッグ、貴様はもう一人なのだと。
本当の反逆者を締め付ける力が一段と強くなった。
「それでも、『楽園』はすぐそこにある。後は、一人でも、『楽園』を作るこ
とは出来る」
「本当、もう嫌になるぐらい小さな男ね、あなたは」
仰々しいまでに首を大きく振り、マロードがあからさまなため息を吐く。
「楽園、楽園って、連呼して。なんであなたはそんな小さな事で満足できるの
よ。こんなにも生命があふれた星を、そんな下らないことで、壊してしまうな
んて、考えただけで虫唾が走るわ」
「第二のプラント・ゼロを作り上げることの何が小さなことだと言うのだ」
ロッグが身動きの取れないマロードの首を握りしめる。
「小さな事よ。それだと、地上の生命しか殺せないじゃない。地上だけでな
い、水の中に住む生き物、そのプランクトンの一匹に至るまで、全てを滅ぼし
てこそ、絶頂に達することが出来るのよ」
狂気だった。
今、ロッグの目の前にいる銀髪の女は、ロッグを持ってすら理解の範疇を超
えた存在であった。
全てを滅ぼす。
その単語が、ロッグの脳裏に一つの映像を映し出す。
『闇』が惑星を飲み込んでいく、おぞましい記憶が。
「マロード……まさか、お前……パスアリグ王女……」
この宇宙において、禁忌とされいる名を口にする。
対するマロードは、懐かしの名前を呼ばれたことに対した興味も示さず、目
の前の愚か者を蔑むだけだった。
「気づくのが遅いのよ、馬鹿者」
ロッグがその瞳を大きく見開いた。
彼女を、このまま生かしていれば自分の命だけではない、この『第二のプラ
ント・ゼロ』となる星さえも跡形もなく消されてしまうことになる。
だが、次の瞬間、目元に刹那の違和感を感じた後、ロッグの視界はブラック
アウトして、何も見えなくなった。
捕らえていたマロードの姿も、氷に覆われていた世界も、『第二のプラント
・ゼロ』になるべきこの星も、すべてが見えなくなった。
感じるのは、瞳から垂れ堕ちる生暖かい液体と、かつて瞳があった場所に走
る激痛だけだ。
瞳をえぐり取られた。
そう理解するよりも先に、マロードはブラックホールのごとき黒い渦を生み
出して、ロッグへとたたき込んだ。
為す術なく、黒い渦に飲み込まれて、仰向けになり、氷の上に倒れこむ反逆
者。
「本当、救いようのない馬鹿ね。知らなかったの? 『闇の力』を得た副作用
でね、私はね、自分の手が届く範囲なら、あの黒い渦を何処にでも作り出すこ
とが出来るのよ。それが例え、人体の中であれね」
血の涙を流すロッグの顔を、マロードは思いっきり踏みつけた。
そして、靴についたガムを取るかのように靴の底をロッグの顔面に擦りつけ
る。
「ありがとう、ロッグ。あなたは、私のためにとてもよく働いてくれたわ。本
当なら、あなたもこの星と一緒に消してあげたかったけど、楽園を目指す今の
あなたは正直、私にとって塵でしかないのよ」
ロッグの顔から足が外され、代わりにその頭蓋骨をしっかりと掌で包み込ま
れた。
この状態で、脳内にでもあの黒い渦を生み出されたらロッグの命は尽きるこ
とになるだろう。
死を目前にして、最大の武器であった瞳をえぐり取られて、鮮血をまるで涙
のように垂れ流しながら、それでも、ロッグは反逆者としての夢を失わなかっ
た。
「パスアリグ=サスペ・イシー=マロード=ベニン」
それが『闇の力』に心を奪われ、星に住んでいた星の数以上の生命を一瞬で
塵に変えた姫の本名だ。
その狂気の姫に告げるのだ、反逆者としての最後の言葉を、生涯唯一の熱い
口調で。
「メイク ザ ヘブン!」
そして、その言葉を最後に、ロッグの意識は黒い渦に飲み込まれ、白銀の氷
上に紅蓮色の液体が飛び散った。
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《血さえも凍る世界》
糸の切れたマリオネットとは、きっとあのように死んでいくのだろう。
氷の上に事切れたロッグの姿を見つめながら、カザミスはそんなことを思っ
ていた。
本当に、あっけないものだ。
『プラント・ゼロ』を混乱の極みへと誘い、この地球ですら地上の滅亡を目
前にまで迫らせていた男は、仲間の『反逆』で、呆気なくその生涯を終えた。
一つの命が失われたが、それはマリオネットが壊れるのと同意語のようにも
思えてくる。
「それで、カザミス。あんた、いつまで、突っ立ているつもりなの?」
動かなくなったロッグの死体を、用済みとばかりに蹴飛ばした銀髪の女性が
尋ねてくる。
「マリオネットの私には、キミを殺す資格はない。だけど、ロッグなら、キミ
を殺してくれるかもと思っていた」
「あら、正直者なのね」
「星の滅亡を止めれるのなら、それに超した事はない」
そう言うと、カザミスは左腕に風を巻き起こした。
風は、腕に食い込む五本の牙を砕き、風使いを易々と束縛から解放した。
「それで、どうする。『光』の反応が近づいてきているが」
ティア・ウインドの左腕に宿る翡翠の宝玉が孤独な戦士の気配を伝えてく
る。
ここで迎え撃てば、一対二となる。
『雷のティア・ブレス』は、美咲とドレイルに奪取させるように命令を出し
ており、ここで『光』を奪えば『闇の力』を生み出すに必要な全てのティア・
ブレスがそろうことになる。
銀髪の姫が紡ぐ、滅亡へのシナリオはまだ続いている。
「コクアですか……予定通りに動いてくれましたわね。もっとも、彼女の場合
は、あなたが動かなければ、動けないのでしょうがね」
そう言うと、マロードはスーツの胸ポケットから一枚のカードを取り出し
て、ロッグの死体の上に投げ捨てる。
それは、姫からかつて仕えていた愚者へと送る、死への招待状。
「さあ、『ティア・ブレスの戦士達』。私に捧げ、この星を無へと誘う、五重
奏を美しく奏でてなさい」
かつて、『闇のティア・ブレス』に選ばれた姫がいた。
彼女は反逆者となり、この地球へと降り立った。
『風』、『花』、『水』、『雷』は既に、姫君の手にある。
残るは、最後まで輝くことを諦めない『光』のみだ。
もうすぐ、この星に『闇』が生まれ出でる。
星の全てを飲み込む、宇宙でもっとも暗き闇が。




