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11-1:The Third Marionette Part1


《反逆者達の宇宙船 監禁室》


 果たして今は何時なのだろうか。

 全身をゴムベルトで固定され、身動きの取れない晴菜は真っ白な天井を眺め

ながらそんなことを考えていた。

 とても長い時間同じ場所に同じ状態でいるので時間感覚が崩れ来ている。

 唯一この部屋の出入りをしていたカザミスの姿もしばらく見ていない。

 無駄な抵抗と分かりつつ晴菜は体を揺すってみたが何一つ光明を見いだすこ

とは出来なかった。

 ただ、カザミスが枕元に置いてくれた虎の縫いぐるみだけが希望を与えてく

れる。


「鳴恵。助けに来るのが遅いですわよ」


 縫いぐるみの本来の持ち主に向かって、愚痴る。

 それでも、晴菜は信じていた。

 雄々しき一撃が必ずここにやってくると。

 アーガと戦い、指先一つ動かせなかった自分を守ってくれた『雄々しき一

撃』が必ず来てくれると信じていた。

 ドアが開く音が聞こえる。

 鳴恵が助けに来てくれたのだろうか。

 それともカザミスが戻ってきただけなのだろうか。

 いや、現実はそのどちらでもなく、もっと嫌な状況へと転がっていた。


___________________________________

《反逆者達の宇宙船 通路》


 『雷のティア・ブレス』を奪ったドレイルは、満面の笑みを浮かべ廊下を歩

いていた。

 その足取りは非常に軽く、まるで空中遊泳をしているかのようであった。

 それほどまでに、ドレイルは『雷のティア・ブレス』を手に入れたのが嬉し

かったのだ。

 彼女の研究を最終段階へ移行するための最後のピースがついに手に入った。

 反逆者へ仲間入りしたときから追い求めていた夢が現実に変わろうとしてい

た。

 もうすぐ、研究者として誰もなしえなかった偉業がドレイルの手で実現す

る。

 その瞬間を思うだけで、彼女は胸の高鳴りを抑えきれない。


「あぁ。ルイィちゃん。たぁだいぃまぁ」


 反対側から小柄な少女が歩いてきた。

 ドレイルは上機嫌を体全体で現し、両手をブンブンと振り帰宅をアピールす

るが、無口な人形遣いは「おかえり」の一言も言わなかった。


「『花』は、一緒じゃないの?」


 まるで他人と関わるのを嫌っているかのように、必要最低限しか喋らない少

女。

 他人には壁を作り、心を開くのは自分を裏切ることが出来ない『マリオネッ

ト』にだけ。

 今、こうして同じ場所にいるはずなのに、ドレイルとルイの間には絆や信頼

と言った感情が全く存在していなかった。

 もっとも、そんな些細なことを気にするドレイルではないのだが。


「うん。なんだかぁ、カザミスがぁ、いない間に、見ておきたいぃ場所がある

って、言ってたよぉ」

「見ておきたい場所?」

「何処かはぁ、言ってなかったけど、マジぃな顔つきだったよぉ。もぉ駄目だ

なぁ、自分のマリオネットはぁ、ちゃんと自己管理していないとぉ」


 そう言うとドレイルは『雷のティア・ブレス』を大事に抱え、自身の研究室

へと戻っていった。

 廊下に残されたのは一人、『人形遣い』の孤独な少女。

 彼女は誰も聞き手がいない中、ぽつりと呟いた。


「だって、私、弱い人形になんか興味ないんだもん」


___________________________________

《反逆者達の宇宙船 監禁室》


 ドアの向こうは予想外に何もない部屋だった。

 あるのはまるで精神病棟であるかのように真っ白な壁と、重度の精神患者を

縛り付けているかのようなゴムバンド付きのベットと、掌大の虎の縫いぐる

み。

 何故あれほどまでにこの部屋をカザミスは隠していたのか、美咲には最初理

解できなかった。

 『彼女』を見つけるまでは。

 そう、『儚き一輪』がもっとも憎む、ブルーアイの少女を見つけるまでは。

 そして、頭の中で桜の花びらが乱舞した。

 まるで、心を掻きむしるかのように。




 それはあまりにも場違いな存在。

 彼女の瞳に映る自分の顔が、まるでスクリーン越しに見ている別世界である

かのように思えてしまう。


(確か、彼女は鳴恵の………)


 戦いとは無縁であり、反吐が出るほどに平和だった学校で鳴恵から紹介され

た少女。

 だが、ここは反逆者の隠れ家。セーラー服を着た彼女がいるべき場所ではな

い。


(親友でしたわね)


 『親友』と言葉を思い出すだけで、晴菜の心の奥に茨の棘が突き刺さる。

 確かな不快感を感じるのだが、棘を抜く術はなく、心が荒ぶる波のように落

ち着かない。


 『水と花』。


 二つのティア・ブレスが共鳴し、甲高い音を鳴らす。

 それはまるで持ち主の感情を代弁するかのように相手の音を打ち消さんばか

りに高く鳴り響く。


「そう言えば、あなたもティア・ブレスの戦士だったわね。ここで囚われてい

るってことはあなた、負けたのね」

「そう言うことですか。あなたはティア・ブレスを持ち、『風』のように堕ち

てしまったのですね」


 状況を理解した二人の少女は、あからさまに互いを見下し敵対心を隠そうと

もしなかった。

 二人はこの状況を嘆いてなどいない。

 いや、むしろ望んでいたのかもしれない


「水代 晴菜。私ね、あなたのこと、出会った瞬間から全てをむしり取ってし

まいたいほどに大嫌いだったわ」

「嫌な奇遇ですわね。わたくしも、あなたの穴という穴を全て、わたくしの矢

で貫いて差し上げたいと思っていましたわ」


 今の状況には、相手を完膚無きまでになぶり殺せる理由がある。

 晴菜と美咲。

 二人は今や、鳴恵という共通の友人がいる以外全くの赤の他人だった二人で

はない。

 相手は敵。

 それも殺してしまわねばならない仇敵。

 手加減など必要ないのだ。必要なのは殺意のみだ。

 ブルーアイの瞳が鋭く桜色の頬を貫き、『儚き一輪』が妖しく『気高き一

滴』に笑いかける。


「相変わらず、口だけは達者ね。そんな囚われ、指一本さえ動かせない弱いあ

なたに何が出来るというの!」


 美咲は吼えた。

 一気にベットの上に固定された晴菜まで駆け寄り、馬乗りの体勢になる。


「そうね、鳴恵が助けに来るのを待つことぐらいかしらね」


 唇をつり上げ、自分と美咲の違いを見せつける。

 神野鳴恵。

 それは、美咲にとっても大切な友人。

 この憎むべき水代晴菜にだけはけして奪われてはならない、世界で何よりも

大切な人。


「お前ごときが、鳴恵さんの仲間を気取るな!」

「ふん、そんな醜い顔、鳴恵が見たら逃げ出すわよ!」


 互いの鼻と鼻がぶつかりそうな程に顔を近づけ、二人は戦う。

 この女にだけは絶対に負けたくないから。


「そんなことはない。私はあなたと違う。私は、鳴恵さんの親友なんだか

ら!」


 美咲が晴菜の首を絞める。

 気管を締め付けられたブルーアイの少女は声を発することが出来ず、僅かな

隙間から微かに吐息を洩らすのみ。

 しかし、その瞳の輝きは消えない。

 気高き瞳が美咲を射抜かんと鋭く見つめてくる。

 だが、


「ふ~ん。揺れてるわよあなた。そうよね。だってあなたはあの時、鳴恵さん

から『親友』だって紹介されなかったもんね。そうよ。あんたと私は違う。私

は鳴恵さんの親友、あんたはただの仲間なのよね」


 親友という言葉がどんな矢よりも深く晴菜の心に突き刺さる。

 何かを言い返したいが、気管が締め付けられ言葉が出ないし、言い返すべき

言葉も浮かんでこない。

 美咲の言うとおりだろう。

 鳴恵にとって、晴菜はただの仲間でしかない。

 ティア・ブレスを持つ仲間でしかない。

 晴菜だって、鳴恵の事をそう思っていたはずだ。

 彼女は反逆者と戦う中偶然、嫌な状況で出会った、ただの少女だ。

 『ハル』などと馴れ馴れしく名前を呼んできたりする、嫌な少女だったはず

だ。


「ねえ、晴菜。苦しい? でもね、絶対に鳴恵さんはあんたを助けには来ない

わよ。何でかって? 教えてあげようか。鳴恵さんね、もう『雄々しき一撃』

じゃないのよ。

 ははは、ティア・ブレスを持った私を前にしたら鳴恵さん、逃げ出しちゃっ

たんだよ。

 そしたら、雷のティア・ブレス、鳴恵さんの手から取れちゃったんだよ。分

かる、晴菜? もう無いんだよ、あんたと鳴恵さんとを繋ぐ、ティア・ブレス

っていう絆はね!」


(そんなことあるはずがありませんわ!)


 あの鳴恵が『雄々しき一撃』では無くなった。

 あのアーガから晴菜を守り抜いてくれた彼女がもう戦えない。

 あの金色の拳はもう雄々しく唸りを挙げる事がない。

 そんな現実受け入れられるわけがなかった。


「ははは、いい顔だね晴菜。息が出来なくて苦しいでしょう? 鳴恵さんと離

ればなれで苦しいでしょう? 希望が絶望に変わって苦しいでしょう?

 もっともっと、苦しみなさい晴菜! 私が全て壊してあげる。水代 晴菜と

いう命を。鳴恵さんとの絆を。

 あなたのその心の一片ですら見逃すことなく、全て私の花で、切り刻んであ

げるわ、晴菜」


 肺の酸素が不足し始め、晴菜の意識が朦朧としてくる。

 全身をベットで固定されたこの状況では何も出来ない。

 迫り来る死をただ待つことしか残されていない。

 そんな晴菜の頭の中に浮かぶ言葉はただ一つ。

 彼女から耳にたこができるほど聞かされた、頭に血が上るほど嫌で、でも心

の何処かが温まる不思議な言葉。


「き……く、わた……を………ぶな」


 うめき声にも似た声で言葉を絞り出す。


「何言ってるの、晴菜。そんな情けない声じゃ、何も分からないよ。ほら、も

っとしっかりと喋りなさいよ」


 そう言うと、傍らにあった虎の縫いぐるみを酸素を求めている晴菜の口に押

し込んだ。

 まるで猿轡のように、虎の縫いぐるみが晴菜から言葉と呼吸を奪う。


「はは、滑稽な姿ね、晴菜。鳴恵さんに見せて、一緒に笑いあいたいぐらい今

のあなた、『気高き一滴』とは正反対なほど、醜い姿してるわよ」


 首から手を離し、晴菜の上からも退く。

 しかし、それで晴菜が楽になったわけではない。

 口は今だに虎の縫いぐるみによって塞がれ、全身をベルトで固定されたこの

状況では縫いぐるみを取ることが出来ないのだ。

 まな板の上の魚のように、必死に体を動かして酸素を求める晴菜の姿は美咲

に何よりの優越感を与えた。


(もっともっと、苦しめてやる。簡単には殺さない、その心が絶望で軋みを上

げるには何が効果的なのかしら?)


 身動きの取れない晴菜を見下しながら、美咲は次の屈辱は何をしてあげよう

か考えていた。

 ベットの上でのたうち回る晴菜の真意に気づくことなく。


(ふん、ティア・ブレスを手に入れたとは言え、あなたは所詮、四流ですわ。

私はともかく、鳴恵の足下にすら及ばない、弱者ですわ)


 全身は拘束されて動かすことができない。

 晴菜に唯一許されていた自由は呼吸のみだったが、その呼吸すら今は口に縫

いぐるみを押し込まれままらない。

 しかし、そこで美咲は一つミスを犯してしまった。

 晴菜は今、縫いぐるみという一本の矢を手に入れたのだ。

 ティア・ライトの糸に囚われながら、ティア・アクアの水を利用してティア

・ウィンドへと変身したカザミスの姿を思い出す。

 『憧れ』は例え倒すべき敵になったとしても、戦い抜き、生き抜く術を教え

てくれていた。

 ブルーアイの瞳が美咲を捉える。

 美咲が蔑んだ笑みを浮かべ、そんな少女を哀れむように晴菜は瞳だけで微笑

みかけた。


 さあ、反撃の開始だ。


 口に押し込まれていた縫いぐるみを吐き出す。

 しかし、ただ吐き出すのではない。拳大の虎の縫いぐるみは頂点まで舞い上

がると、その後放物線を描いて下へと落ちてくる。

 虎の縫いぐるみが落ちる先、そこにあるのは水色の宝玉だ。

 狙いに気づいた美咲が慌てて、虎の縫いぐるみを捕まえようとするが時は既

に遅い。


「ティア・ドロップス コントラケット!」


 虎の縫いぐるみが『水のティア・ブレス』に振れ、水面が共振するかのよう

な甲高い音と気高き誓約の言葉が同時に鳴り響いた。

 晴菜の体が一瞬、青色の光に包まれたかと思うと、次の瞬間その体は青色の

衣を身に纏いし戦士の姿へと変わっていた。


「気高き一滴 ティア・アクア」


 ティア・アクアへと変身してしまえば、この体を縛っているベルトもただの

紙切れ同然だ。

 両手両足に力を込め、この五日間己の体から自由を奪ってきた憎むべきベル

トを一気に引きちぎる。


「さあ、三菱美咲。先程は、思いのままにわたくしを玩んで下さいましたね。

このお礼はあなたに死を与えることで返してあげたいと思うのですが、如何で

すか?」

「ふん、自由になったからっていい気にならないことね。私は、あなたに会っ

たときの私とは違うの。前の私にはあなたみたいに力が無かった。でも、今の

私にはあなたと同じこの力がある」


 そう言うと、左手にある、桜色の宝玉をはめ込んだ『花のティア・ブレス』

を眼前に掲げ、ティア・アクアに見せつける。

 己の存在、己の力、己の絆を誇示するかのように。


「笑わせてくれますわね、あなたは。ティア・ブレスの力など、適合者の才能

によって大きく変わってくるのです。わたくしが、どう足掻いてカザミスに勝

てなかったように、あなたごときがどんなに足掻いてもわたくしには勝てませ

んわよ」


 右手の人差し指と中指だけを伸ばし、右手を弓矢に見立てティア・アクアは

美咲へと狙いを定める。


「さあ、変身なさい。ティア・フラワー。その儚き桜色の衣、その愚かな傲

慢、その醜い精神、全てをわたくしの水で貫き洗い流してあげますわ」


「余裕かましてると、痛い目見るわよ」


「昔、カザミスにも似たようなことをさんざん聞かされましたわ。ですが、嫌

な状況ですが、あなたにも今のわたくしの気持ちがよく分かるでしょう。あな

たの全てを砕き壊さねばならないとどうしようもなく荒ぶるわたくしの心が」


「ええ。確かによく分かるわ。だって、私も同じ気持ちなんだからね」


 眼前にかざしていた桜色の宝玉を右の掌で包み込み、儚くそっとその右手を

振り下ろした。

 真っ白な部屋にティア・ブレスの奏でる甲高い音と美咲の詠う誓約の言葉が

木霊する。


「ティア・ドロップス コントラケット」


 ブルーアイの瞳が一瞬、桜色の光で犯され、その次の瞬間、ブルーアイの瞳

が映していたのは桜色の衣に身を包む一人の戦士だった。


「儚き一輪 ティア・フラワー」


 ティア・フラワーは五指を拡げた右手を掲げると、その狙いの先にティア・

アクアを捉える。


「ウォーター・レイ・アーチェリー!」

「チェリー・セイ・シュウティング!」


 水の奔流と花の濁流が、雄々しくぶつかり合い、死闘の開演を告げた。


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