10-3:Into The Dark Part3
《神野家 リビング》
パソコン上に映し出された世界地図。
その地図のもっとも上端に位置する白い地域が紅く点滅していた。
そこは反逆者がいる場所。
小夜子がかつての仲間に頼み調べてもらった情報。
だが、それを『ティア・ブレスの戦士』へと伝える術を彼女は持っていなか
った。
折角手に入れた情報も、伝える相手がいなくては、宝の持ち腐れだ。
『何で、小夜子は鳴恵を助けてあげないの?』
公園で、ティア・ライトへ変身した明里。
公園から去る瞬間、雄々しさを失った娘を優しく抱きしめる母親に彼女は瞳
でそう問うていた。
あの時、小夜子は何も答えず、娘に向けるのと同じ優しい目で去りゆく明里
を見送るだけだった。
「答えは、明里さんだって分かっていたのでしょう?」
役目を終えたノートパソコンを閉じ、小夜子は遠く孤独に戦い続ける友に言
う。
もちろん、答えが返ってくることはない。
それでも、小夜子は独り言を続ける。
誰にでもない、その意志を自分に聞かせるために。
「私は、鳴恵ちゃんの『憧れ』。そんな私が今の鳴恵ちゃんに手をさしのべた
ら、彼女は疑いもせずにすがってしまう」
今、小夜子の左腕には『雷のティア・ブレス』が握られている。
小夜子は何も言わずに、そこに埋まっている黄金の宝玉を撫でた。
「それじゃ、駄目なの。誰から与えられた答えではない。自分で、しかと答え
を、新しい目標をつかみ取らないと、戦い続けることなんて出来ない」
反逆者とティア・ブレスの戦士との戦いは続く。
鳴恵は、親友が反逆者になった事に絶望して戦う意志を失った。
だが、それで終わりではないのだ。
もし、彼女がこれからも戦っていくのなら、それ以上の『絶望』が鳴恵の前
に立ちはだかることだってあるのだ。
その時、鳴恵が『絶望』に負けないためにも、彼女は自分の手で自分を立ち
上がらせなければならないのだ。
「でも、少しぐらいは助けてあげなくてはいけないのかもしれませんね」
明里が独りで、反逆者と戦い続けるのは分が悪すぎる。
早く、鳴恵が『雷のティア・ブレス』を再びその手にしなければ、大切な者
が消えてしまうかもしれない。
娘の部屋に行くべく席を立ち上がったが、その時チャイムが鳴った。
宅急便か何かだろう。
小夜子は、『雷のティア・ブレス』を机の上に置き、どうするべきか迷っ
た。
だが、結局、印鑑を手に持って、玄関に向かう。
未だに閉じられたままの鳴恵の部屋の前を通り、玄関のドアノブに手をかけ
た瞬間、小夜子はまるで電流でも流れ込んできたかのように後ろへたじろい
だ。
(宅急便……。いや、違うわ。まかさ、そっちから接触してくるなんて)
ドア越しでも、その気配が伝わってくる。
ドアにうかつに近づく事が出来ず、五メールほど距離を取る。
学生時代から何度も、人を超越した戦いを目の当たりにしてきた小夜子には
分かった。
このドアの先にいるのは、反逆者だ。
どうするべきか?
悩んだのは一瞬だった。
小夜子が答えを出すよりも先に、ドアの向こうにいる反逆者がドアを押し開
いたのだ。
ドアの先にいたのは、意外な人物だった。
しかし、よくよく考えてみれば反逆者の中で鳴恵の家を知っているのは彼女
しかいない。
「お久しぶりですね、美咲さん」
玄関先に立つのは、娘と同じ制服を着た少女。
娘の親友である彼女は何度もこの家に遊びに来ているから、小夜子にも面識
がある。
しかし、小夜子の知っている彼女と同じなのはその容姿だけ、今はまるでマ
リオネットのごとき虚ろな目をしていた。
「あら、小夜子おばさん帰ってきていたの?」
「ええ、丁度あなたが、『花のティア・ブレス』を手に入れた日にね」
「おばさんも知ってるんだね、ティア・ブレスの事」
「私の娘の事ですから」
そこで一度会話が止まった。
美咲はまるで過去の汚点を暴露されたかのように顔を歪める。
(やっぱり、知らなかったのは私だけなんだ。私だけ、仲間外れなんだ)
美咲の心の奥にある孤独と言う名の虚無が、一際大きくドクンと脈動した。
「どうですか、美咲さん。『花のティア・ブレス』を手に入れた気分は?」
力を得る代償として反逆者に利用されることになった少女に尋ねる。
しかし、小夜子の希望を裏切り、その質問を聞いた美咲は心底嬉しそうに唇
を歪めた。
「嬉しいよ。鳴恵さんが持っていて私が持っていなかったモノを手に入れるこ
とが出来た。これで、鳴恵さんに追いつくことが出来た」
そう言うと、左腕に輝く桜色の宝玉をまざまざと見せつけた。
彼女の娘にそうしたように。自分もそこに立っていると誇示するかのよう
に。
「ですが、その変わりに、鳴恵は『雷のティア・ブレス』を失ってしまった。
鳴恵はもう、『雄々しき一撃』ではなく、あなたの様に変身することも出来ま
せん。あなたが私の娘を戦場から引きずり落とした」
「分かってる。でもねえ、小夜子おばさん。私は今反逆者なの。鳴恵さんの敵
なの。鳴恵さんと戦うの当たり前でしょう」
「じゃあ、あなたは鳴恵を殺せるの!」
すぐには答えなかった。
変わりに、そっと右手で『花のティア・ブレス』を、まるで雌しべを守る花
びらのようにそっと包み込んだ。
小夜子の背中に冷たい雫が流れる。かつて、何度も経験してきたこの感覚の
名は、殺気。
「…そう……少なくとも、私は殺せるみたいね」
自嘲的に呟くと同時に、視界が血の色にも似た桜色の光に包まれ、『ティア
・ドロップス コントラケット』の叫び声と共に誓約の音色が、まるで小夜子
への鎮魂歌のように鳴り響く。
「儚き一輪 ティア・フラワー」
そして、桜の花びらが、夜空に舞い散る花火のように儚く、しかし美しく咲
き誇った。
ティア・フラワーがそっと左手を持ち上げ、その掌を小夜子の心臓へと向け
る。
「おばさん、私、本当は鳴恵さんを殺したくなんて無いの。だって、私と鳴恵
さんは親友なんだから」
「ですが、あなたは今や反逆者。鳴恵の倒すべき敵です」
「そう、私が反逆者だから、鳴恵さんと戦わないといけない。でもね、おばさ
ん。鳴恵さんも反逆者になれば、私たちが戦う理由はなくなるんだよ」
小夜子の心臓が痛いぐらいに鼓動を早める。
ティア・ブレスを前にして力無き母親はダンプカーを前にした三輪車のよう
に無力だった。
死という言葉が彼女の背中に張り付いて待っている。
信じる親友も今はここにいない。
だが、それでも小夜子は後ろへ引かなかった。
今の小夜子は助けられる側ではない、母親として娘を守らねばならないの
だ。
「私を、殺すことで鳴恵ちゃんは反逆者に入ると?」
「『絶望』が心を覆い尽くす時、鳴恵ちゃんは忠実なマリオネットになれるの
よ。親友である私みたいにね」
「確かに、母親である私が死んだら鳴恵ちゃん、もう立ち直れないかもしれな
いわね」
「そう言うこと。だから、おばさん、私と鳴恵さんのために死んで、ね」
ティア・フラワーの左手に桜の花びらが生まれてくる。
その鋭利な花びらが心臓に達しでもすれば小夜子は即死だろう。
力のない小夜子に出来ることは、信じることぐらいだ。
信じることが彼女の戦いだ。
どんな絶望に染められた世界であれ、彼女は信じる。
それが戦う戦士の勇気に繋がると信じているから。
自分を信じる。
友を信じる。
そして、娘も信じる。
「でも、鳴恵は私の娘よ! 彼女はきっと立ち上がり、絶望の中で希望をつか
み取る!
小夜子の咆吼をティア・フラワーは鼻で笑った。
「おばさん、世の中そんなに甘くないんだよ。天国から絶望で満ちた鳴恵さん
を見守ってあげてね」
ティア・フラワーは左手を前にかざした。
その掌から幾重もの桜の花びらが舞い散る。
まるで、散弾銃が火花を上げるかのように巻き盛る桜の花びらが狙う先はた
だ一つ、小夜子の命だ。
小夜子は最後まで逃げなかった。
目も閉じなかった。
そして、彼女は信じた。
『雄々しき一撃』が再び、雷鳴を轟かすと。
バン!
それは予想外の出来事だった。
ティア・フラワーと小夜子の間で突如として扉が開かれ、それはそのまま小
夜子を守る盾となったのだ。
ドアは花びらによって粉々に砕かれるが、ドアが身代わりとなり小夜子の元
へは一枚の花びらでさえたどり着くことはなかった。
廊下に砕かれたドアの粉塵が充満する中、ついに彼女が戦場へと戻ってく
る。
凛々しい黒髪をたなびかせ、彼女はこの五日間閉じこもっていた部屋から抜
け出すべく雄々しく一歩を踏み出した。
「……鳴恵さん」
「っよ、美咲、派手にやってくれたな」
無感情と言っても良いぐらい淡々と喋る美咲とは対照的に、鳴恵はまるでこ
こが学校でもあるかのような気さくな表情で軽口を叩いた。
「どうして、出てきたの?」
「どうしてって、そりゃ、美咲、オレのママが殺されそうになっていたんだ
ぜ。オレが助けなくてどうするよ」
その口調にはもはや迷いが感じられない。
友であるという立場を利用して、鳴恵より有利な立場に立っていた美咲。
その彼女の優位性が今、失われつつある。
「助ける、おばさんを? それって私と戦うことなんだよ」
非情とも言える現実をもう一度、突きつける。
しかし、鳴恵は怯まない。
(オレはもう逃げない。あの時のママは、信じて逃げなかった。それが、オレ
の憧れの始まりだから)
「ああ、分かってるぜ、美咲。いや、反逆者、ティア・フラワー」
そう言うと、右手を前に突き出し、左の脇を締める。
『強く』なるために、鳴恵が訓練してきた中で生み出した、彼女自身の戦闘
姿勢だ。
鳴恵は本気だった。
きっと彼女はこのまま美咲を殴りに来るだろう。
友と戦う。
友を殺す。
果たしてそんなことが本当に鳴恵に出来るのだろうか。
いや、出来るはずがない。と美咲は断言できる。
「あはは。ははは」
「何が可笑しい、美咲?」
「私、鳴恵さんの親友だよ。私、鳴恵さんの事ならなんだって分かる。だか
ら、鳴恵さんが私を殺せるわけ無いって分かってるよ。私達、親友だもんね」
そして、マリオネットのティア・フラワーは親友に向け、左の掌を見せつけ
る。
先程は、鳴恵が開いたドアによって防がれたが、今度はなんの障害物もな
い。
標的は小夜子から鳴恵に変わったが、今度こそ攻撃は成功するだろう。
もちろん、鳴恵は殺さない。
半殺しにするだけだ。
動けなくなり、右手の一本でも切断すれば鳴恵は『絶望』に支配され、美咲
と同じマリオネットになり、反逆者へと堕ちるだろう。
あの水代晴菜だけを差し置いて、自分と鳴恵だけが同じ反逆者になれる。
それは美咲にとって何よりも甘美な快感だった。
しかし、鳴恵はそんな『絶望』を望まない。
「ああ、美咲。お前の言うとおりだ。例え、お前がどんな姿になろうと、オレ
はお前の親友だ。殺すなんて、絶対に出来ない。だがな、美咲、忘れたか」
鳴恵が左腕を胸の前に掲げる。
これは、『ティア・サンダー』への変身ポーズ。
だが、しかし、一度戦場から逃げ出した鳴恵の左腕には、『ティア・ブレス
の力』はない。
「ははは。あは、何してるの、鳴恵さん。ああはは、鳴恵さんもう、『ティア
・ブレスの戦士』じゃ無くなってるんだよ。忘れてたのは鳴恵さんの方でしょ
う。鳴恵さん、もう力がないんだよ」
それが今の現実。
鳴恵の絶望。
しかし、戦士は『絶望』から『希望』を生み出した。
「その通りだ。美咲、オレにはもう『ティア・ブレスの力』がない。だから、
オレは戦える。オレには、お前を殺す力がないからな」
その言葉は、まさしく雷鳴となり、美咲の心を打ち抜いた。
ドス!
そして、同時に鳴恵の拳が美咲の頬を殴りつける。
生身の人間の力で、ティア・ブレスの戦士を傷つけるなどは不可能だ。
鳴恵にもそれぐらい分かっている。
分かっているからこそ、彼女は本気で親友に殴りかかった。
痛みは無かった。
僅かに殴られた衝撃で顔がぶれただけだ。
だが、今の『雄々しき一撃』は美咲の心を打ち鳴らした。
「鳴恵さん…が…私を殴った……」
そこに痛みなど無いのにも関わらず、ティア・フラワーは殴られた頬を撫で
る。
(私には、『花のティア・ブレス』がある。こんなの全然痛くない。なのにど
うして、こんなにも苦しいの?)
ガッ!
もう一度、鳴恵の拳が美咲の顔を捉え、廊下に鈍い音が鳴り響く。
鳴恵が、親友である自分と戦う。
その現実が、あまりにも現実離れしていて、まるで滑稽な白黒映画のごとく
おかしな事に思えてきた。
「あはは。鳴恵さん、そんなの全然痛くないよ! ティア・ブレスの無い鳴恵
さんは、凄く弱いよ。あはは、あっはは」
ティア・フラワーが拳を受け止め、まるで赤子の手を捻るかのように簡単に
動きを封じる。
ティア・ブレスの力を誇示するかのように、鳴恵の拳を握りしめる。
「そうだろうな。だが、弱くても、オレは戦う!」
骨はきしみ、今にも砕けてしまいそうな悲鳴を上げる。
しかし、鳴恵は苦痛など微塵も堅持させず、雄々しく叫んだ。
「力を無くした惨めな戦士の戯言だね」
哀れむかのような視線に、しかし、鳴恵は諦めない。
「ああ、オレは力がない。だがな、力が無くても、オレには絆がある。お前
や、晴菜との絆がある。だから、オレは戦える!」
ゴウ!
膝蹴りが、ティア・フラワーの鳩尾に食い込んだ。
それ以上に『晴菜』の名前が美咲の心に剔り込んだ。
「その名前を、呼ばないで!」
この世でもっとも、忌まわしい名前を聞きティア・フラワーは激怒した。
頭に血が上りきった今のマリオネットにはもう親友などいない。
右手を拡げ、その先に鳴恵の頭を捉える。
(何でなの。何で、鳴恵さんはあの女の事を忘れないの? あんな奴と一緒の
鳴恵さんなんて、もう、親友じゃない)
右手の先に、桜色の狂気が生まれる。が、しかし、
「させませんよ」
ティア・フラワーの右腕が、鳴恵の後ろから飛び込んできた小夜子に抱きつ
かれる。
突如の衝撃に集中力が狂い、桜の花びらは右手の中で霧散してしまう。
力のない母娘はティア・ブレスを前にしてけして逃げることなく、戦い続け
る。
「鳴恵、左腕よ」
何があってもこの腕だけは放すまいと必死にしがみつく小夜子。
彼女の短い指示に含まれていた意味を、娘―かつての『ティア・ブレスの戦
士』―は、すぐさま理解した。
片腕は未だにティア・フラワーによって拘束されている。
鳴恵の拳を握りつぶすほどの威力で掴む桜色の衣に包まれた左手。
そのすぐ先には、力の源となる『花のティア・ブレス』がある。
鳴恵は拘束されていない左手で、ティア・フラワーの左腕に宿るティア・ブ
レスを握りしめた。
その瞬間、まるで全身の神経が切れたかのような悪寒が美咲を舐め回した。
「うわああああああああ!」
ティア・フラワーが上半身を左右に大きく振り、錯乱したかのように暴れ
る。
その衝撃に生身の人間は耐えきれず、母娘はそろってティア・フラワーから
振り払われて、冷たい廊下の上に吹き飛ばされる。
鳴恵と小夜子が苦悶の表情を浮かべるが、美咲にはそんな二人はもう見えて
いない。
彼女が目にしているのは、ただ左手にはめられた桜色の宝玉だ。
それは美咲が『ティア・フラワー』である所以。
美咲が反逆者の中に入れる理由。
美咲が『独り』にならない術。
この『花のティア・ブレス』を失うことは、今の美咲にとってもはや、
『死』よりも深い『絶望』を意味しているのだ。
ティア・フラワーが左腕を、鳴恵と小夜子から守るかのように体全体で抱き
しめる。
その姿はまるで、大切な人の亡骸を抱きしめているかのようにも見えた。
「美咲……」
鳴恵の言葉に、ティア・フラワーの方がピクリと跳ね上がり、獲物に飢え
た肉食獣のごとき鋭い視線で睨み付ける。
この力は誰にも渡すものか!
血走った目がそう語っているように思える。
今のティア・フラワーに一歩でも近づけば、この身は桜の花びら程の大きさ
にまで切り刻まれるかもしれない。
鳴恵と小夜子は下手に動くことが出来ず、美咲も大切な物は失いたくないと
左腕を抱きしめたまま動こうとはしない。
均衡状態だった。
しかも、それを壊す術を持っているのは、鳴恵ではなく美咲の方だ。
獣のごとき目をした彼女が動いたとき、果たして鳴恵は生き残れるだろう
か。
だが、逃げない。
『憧れ』、その先にある大切な絆を再びこの手で取り戻したいから。
茨の道と知りつつ、鳴恵は一歩を踏み出した。
「もお、『花』、遅いよぉ。もうぅ、ぁたしが、手にいれたよぉ」
不意に、鳴恵と小夜子の背後から妙に間延びした声が聞こえていた。
その声は、先程までの均衡状態に張りつめていた緊張感とはまるで無縁であ
るかのように、マイペースに語り、その手には黄金の宝玉を埋め込んだティア
・ブレスが握られていた。
「雷のティア・ブレス……」
「そおだよぉ。ひさしぶりだねぇ、元ぉ『雷ぃのティア・ブレス』の持ち主さ
ん」
白衣を着た彼女―ドレイル―が笑顔で手を振る。
その無邪気な笑みが反逆者がこの家にやって来た本当の理由を何よりも語っ
ていた。
「やられたわね」
「そうみたいだね、ママ」
母娘は共に自嘲的な笑みを刻む。
美咲がこの家にやって来たのは、鳴恵を反逆者に引き込むためだった。
しかし、反逆者は鳴恵が欲しかった訳ではないのだ。
何の力もない、少女など反逆者は求めない。
敵が求めるのは、美咲のような力。
ティア・ブレスを使いこなせる戦士だ。
なら、もし、その戦士を味方に出来ないと言うのなら……簡単だ。
ティア・ブレスだけ奪えば良いのだ。
「花、もお、帰ろうよぉ。遅くなるとぉ、マロードぉに怒られるよぉ」
まるで、買い物についてきて、先にお菓子を買ってもらった子供のように駄
々をこねる。
しかし、ティア・フラワーはその左腕にはめた桜色の宝玉を決死の形相で抱
きしめたまま動こうとはしなかった。
そんな『花の戦士』を見て、ドレイルは小さくため息をつく。
「いいよだぁ。それならぁ、ぁたしがぁ、ぁなたのティア・ブレスもらっちゃ
うよぉだ」
科学者として、その言葉に偽りは無く、ティア・フラワーもドレイルの本気
を敏感に感じ取ってしまった。
「いやああああああああああ」
ティア・フラワーが錯乱した叫び声を上げ、その絶叫に木霊するかのように
桜の花びらがでたらめに舞い上がる。
桜色のカーテンが、ティア・フラワーの姿を隠す。
「美咲っ!」
思わず腕を前に伸ばして、心の奥底から助けを求める咆吼を上げる親友に手
を差しのばす。
しかし、その手は無情にも桜の花びら達によって切り刻まれてしい、親友が
その手に縋ってくることはなかった。
「来るなっ!!」
ティア・フラワー―三菱美咲―が拒絶の涙を流し、桜の花びらが、淫らに舞
い散り、鳴恵の視界をすべて、桜で染め上げる。
鳴恵も、小夜子も身動きが取れなかった。
乱舞する桜の花びらから身を守るのが精一杯で、桜の中で窒息しそうなほど
だった。
やがて、桜の花びらの乱舞が終わると、そこには既にティア・フラワーの姿
は無かった。
助けを求めた孤独な少女は、鳴恵の前から逃げ出してしまったのだ。
そして、同時に白衣を着た女性もこの場から消えていた。
今の美咲の暴走に乗じて、逃げたのだろう。
慌てて、ドレイルが立っていた場所へと駆けるが、もちろんそこに『雷のテ
ィア・ブレス』が残されているはずもなかった。
しかし、不思議と『絶望』を感じることは無かった。
確かに、敵の手に『雷のティア・ブレス』が落ちた事は、今の絶望的な戦況
をより一層悪化させることになるだろう。
「嫌な状況になったね、ママ」
娘が廊下の上にへたり込みながら、言ってくる。
鳴恵は五日間ベットの上で何の食事もせずに、自分の殻に閉じこもってい
た。
そんな彼女がいきなり、『ティア・ブレスの戦士』と生身で戦いを挑んだの
だ。
きっと今の鳴恵は、指先一本動かすのですら臆測なのだろう。
「ええ、最悪に嫌な状況。私たちは、完全に『力』を失ってしまったわ。で
も、」
「オレ達には、『絆』がある。だから、戦える」
母の言葉を娘が引き継いだ。小夜子は一瞬キョトンと目を開くが、次の瞬間
には『憧れ』を取り戻した娘に、何よりも優しい視線を送る。
「そうね。なら、鳴恵ちゃん。戦士として、もう二つ覚えておいて」
「うん」
「まず一つは、人生とは波よ。『希望』に満ちあふれた昨日があれば、『絶
望』に塗りつぶされた明日がある。
『希望』は永遠には、続かないわ。それと同じように『絶望』も永遠に続か
ない。
でも、人生は波だから、『絶望』と『希望』は続いているの」
『絶望』と『希望』は続いている。
まさにその通りだなと鳴恵は思った。
彼女は、『雷のティア・ブレス』を失ったからこそ、『ティア・フラワー』
と戦えるようになったのだから。
『絶望』と『希望』は続いている。
もう一度、その言葉を心で呟いた。
「うん。その言葉、忘れないよ、ママ。それで、もう一つは何なの?」
「簡単ですよ、戦国時代から言われている基本中の基本です。お腹が減ってい
たら、勝てる戦いも勝てませんよ、食いしん坊な鳴恵ちゃん」
グゥ。
改めて空腹を指摘されて、お腹が盛大になり、その音に重なり合うように小
夜子と鳴恵の笑い声が響き渡るのだった。




