第一幕前半 騎士伯の白々しき独演――敗北の美酒
騎士伯は語る。
第一幕
場面転換・王都の侯爵邸。
帝国に大敗し大きな痛手を負った北方諸侯の一部が集まっている。
騎士伯の主張
騎士伯はこの部屋にいる北方諸侯とのやり取りを通して、奇妙に声を張り上げながら自らの私心無きを訴える。
騎士伯
私は何度も参謀に奏上の機会をと願ったのだがなぁ…。
私自身の戦略と危険を知らせるための奏上書も提出したのだが。
読んでいただけなかったようで…。
騎士伯
ああ、悲しいなぁ。
優先度が低いと判断され、参謀本部にすらあげられてなかったとは…悲しいことですな、まことに。
確かに私に軍中枢を担わせてほしいと、何度も上げた奏上書と同封して提出も致しましたが。
せめて読んでもらえているとばかり。
どうせ同じ内容だからと放って置かれているとは思いもせず…。
騎士伯
この私に指揮を取る機会をいただければ必ずや、と何度もお願いしていたのですが…ええ、我が身の不徳の致す所。
ご信用いただけなかったのだ。
殿下を悪く言ったとて仕方ありますまい。
臣の責任である。
騎士伯の内心
そもそもあの都市、とったところで負担ばかりかかろうさ。
北方守護のため疾く落として見せよと言われて、上手くいきそうになれば我が手柄にとは…。
ああ、人の欲と悪意とは恐ろしいものよ。
騎士伯
殿下の傅役であり、後ろ盾のお一人でもあった近衛将軍閣下が責任を取り辞任なさったとか…。
ああ、有能な将が失われていくこと、慚愧の念に耐えませぬなぁ。
騎士伯
いや殿下と妃殿下が錯乱されて、私のせいだとな。
仕方があるまい、お心が疲れていらっしゃるのだよ。
騎士伯
そのようなことをお言いになるでない。
殿下はお従兄弟であらせられる、妃殿下のご実家の嫡男である公子殿まで喪われているのだぞ。
先鋒の指揮を取る中、水に飲み込まれ行方不明になられたとか。
北方公爵家も兵に加えて御嫡男まで失って混乱されているそうだ。
誰かを糾弾したくもなろうさ。
この私とて、我らの寄る辺たる北方公爵家の負われた傷が大きい事、不安でならぬのだ。
どなたか、立つべき方が立ってくだされば良いのだが…。
騎士伯
ああしかし、若い騎士には目の前にぶら下げられた軍功という果実は耐え難かろうて…。
いや、殿下がおん自ら出馬なさらず良かった。
騎士伯
私は嫡男殿にもお会いしてお止めしたのです。
『公子殿はまだお若いゆえお分かりにはなりますまいが、戦場とは何が起こるかわからぬもの。
決して先走ることはなさいません様に。
若い騎士は時に無茶をして失態を犯しがちですからな。
引くことは決して臆病ではございませぬよ』
と。
『慎重さこそが大成の礎ですぞ。
南方の公子殿もそれをよくお分かりだった』 そう申し上げるとお怒りになりましてな。
騎士伯
なに?南方公爵の公子殿と戦功をめぐって競争していた?
知っているからこそ焦られなさいますなと忠告したのだ。
名誉など生きてこそ。死んで護国の守りとなる栄誉より、生きて殿下を守らせられませ、とな。
騎士伯
うむ、私の人徳のなさが招いたことだろう。
せめて耳を傾けていただけていれば。
本陣が水に呑まれた瞬間の恐怖は、今でも思い出せる。
気ばかりが逸ったが…ああ、陣は遠く、距離を押して早駆けしたがお救いすることも叶わず…。
…潰走してくる兵に阻まれ、前線にお救いに行けなかったことが今でも悔やまれるものよ。
騎士伯
殿下と…侯爵閣下の軍をお救いし、後方へお運びするので精一杯でしてな。
我が身の無能さが悔やまれる。
騎士伯
いやいや。
殿下がお出ましになる前に、私が勝っていれば良かったのだ…。
時間ばかりかかり、殿下がお焦れになったのも無理のないことよ。
若き王子殿下にとっては、非才な臣の身がもどかしくてならなかっただろう。
騎士伯
そう仰いますな。
自分なら何でもできると思うのは、若い時分に皆かかる麻疹の様なものですぞ。
俊英と謳われる第二王子殿下、それも我ら北方諸侯がお支えすべき王太子候補であらば、頼もしい限りではございませんか。
私?私は殿下より3つ年長であるし、子供の折より父に代わって軍を率いてきたのです。
王家の方と比較するのは不敬でありましょう。
騎士
これ。
戦の勝敗で王族の器を測るなど!神も畏れぬ言葉だぞ。
所詮勝敗は時の運。
それに、尊き方は戦など臣にお任せにならば良いのだ。
騎士伯
何を言っているのか。
一度の敗北如きで陛下の殿下へのご信頼は揺らがぬ。
母上である第二王妃殿下は、陛下の信頼厚い北方公爵の姫君ぞ。
それに軍王と名高い陛下だ。
第二王子殿下のことはおん自ら大切にお育てになるに決まっているではないか。
一時の勝敗などなにするものか、殿下は我等が大事な大樹ぞ。
騎士伯
王家の内情をその様に口にするでないわ。
確かに第三王子殿下は陛下の寵愛厚き第四妃様のお子様だが、殿下より一つ下。
王太子を争っているなどと…全ては陛下のお心ぞ。
確かに今回の戦で首尾よくあの都市を落とせていれば、軍功第一。
王子殿下方の中でも抜きん出た功績を誇られようが…。
お若い殿下は気が逸られることもあろう。
やはりお止めできなかった臣が至らなかったのよ。
騎士伯
その様な噂が出回っていると?
馬鹿な…。
臣の軍功に嫉妬して疎むなど、王家の方がそのような短慮をなさるわけがなかろう!
嘆かわしい、憲兵は何をしているか。
騎士伯
知るわけがございませぬ!その様な噂!
臣も主だった家臣たちも、こたびの戦の責任を取り死者に祈りを捧げるため神殿で謹慎しておったのです。
兵たちなど顔も見ておりませぬわ。
騎士伯
しかし、無論、噂の出所にわが領地の兵が関わっているのであれば、罰していただいてかまわぬ…。
…我が兵も、此度の戦については嘆きのあまり口が過ぎるところもございましょう。
大勢の友軍が眼前で水に飲まれたのだ。
衝撃のあまり埒もないことを口にする愚か者もいましょうな。
私とてあの時の焦り、いまだに夢に見るわ…。
さりとて王家への不敬は見過ごせませぬな。
私からも、此度の敗北は我が身の不徳とくれぐれも兵に言い聞かせまする。
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