22話 道の続き
日が山の端へ触れる頃、共同倉庫の前では、朝に広がった売り場が少しずつ畳まれていた。
売れ残った豆の袋は口を縛り直され、干した果物の籠には布が掛けられる。継いだ木椀を重ねて箱へ戻す音に、値札を抜く木の擦れ、受け取った銅貨を数えて革袋へ落とす小さな金属音が混じり、昨日まではなかった一日の終わりが倉庫前に残っていた。
赤い髪紐を縫っていた老女も、膝の布へ針を刺して作業を終えた。箱の上には、もう一本だけが残っている。それを丁寧に布へ包んでから腰の袋を開き、掌へ銅貨を二枚出すと、重さを確かめるようにしばらく眺め、また袋へ戻した。
少し離れたところでは、髪紐を買った山狼衆の男が街道へ向かっていた。上着の合わせから赤い布の端がほんの少しだけのぞき、歩くたび夕日を拾っては隠れる。
誰も男を呼び止めず、男も振り返らない。その足は、まだ石を打つ音の続いている街道へ向かっていた。
*
道路仕事は、売り場が片づき始めても終わっていなかった。
土を掘り返す鍬の音、籠を引きずる音、詰めた石を棒で確かめる鈍い音が、西日を受けて長く伸びた影の間から響いている。やがて街道職人が笛を二度鳴らすと、グロムたちは道具を置き、サブは籠に残っていた最後の石を窪みへ押し込んでから立ち上がった。
街道職人は作業区間を端から確かめ、前日にやり直しとなった場所まで、荷車が通れる状態になったことを確認した。
作業を始める前には深い轍が続いていた道が、街道の曲がり際まで、ひと続きに平らになっている。
その先には、まだ車輪の跡が深く残り、崩れた路肩の泥が乾ききらないまま夕日を鈍く映していた。
「今日は、ここまでだ」
山狼衆の者たちは鍬の刃へついた土を落とし、空になった籠や棒を荷車のそばへ集め始めた。グロムも鍬を肩へ担いだが、すぐにはその場を離れず、平らになった道の先へ目を向ける。
「明日は、どこからだ」
職人は棒の先で、手を入れていない轍を示した。
「あそこからだ。下へ水が溜まってるから、先に抜いて、それから石を入れる」
グロムは示された場所をしばらく見た。
「分かった」
サブは何も言わず、明日も使う籠を荷車へ積んだ。ほかの者たちも、持ち帰る道具と街道脇へ残すものを分け、一か所へ揃えていく。
明日も来いと命じた者はいない。今日の契約は、日暮れとともに終わる。残ると誓った者も、次の一日へ名を書いた者も、まだ一人もいなかった。
それでも、明日の仕事だけは、すでに今日の続きとして話されていた。
*
村の方から、薪を積んだ荷車が近づいてきた。
手綱を握っているのは、以前この街道で山狼衆を怒鳴りつけた男だった。男は作業区間の手前で馬を止め、直された道を見たあと、その脇で道具を片づけているグロムたちへ目を向けた。
山狼衆の者たちは何も言わず、道具を荷車へ積むために街道の端へ寄っていく。男へ道を譲ろうとしたわけではなかったが、その動きで中央だけが空いた。
男は手綱を握ったまま動かなかった。
これまでは作業区間へ入らず、細い脇道へ回っていた。そちらには、何度も車輪を取られた跡が残り、薪を積んだ荷車で通れば、今日も誰かの手を借りなければならない。
街道職人が検査棒を肩へ担いだ。
「もう通れる」
男は返事をしなかった。
馬が鼻を鳴らし、荷台の薪が小さく鳴る。しばらくして手綱が動き、馬は固められた土へ一歩を置いた。
荷車の前輪が、山狼衆の詰めた石の上へ乗る。
沈まない。
後輪も同じ場所を越え、車体は一度だけ揺れたものの、積まれた薪は崩れなかった。
男はグロムたちを見ず、礼も言わない。グロムも声を掛けず、鍬を肩へ担いだまま荷車が通り過ぎるのを見ていた。
直された区間を抜けると、車輪はその先の古い轍へ入り、泥を踏む音が急に重くなる。それでも男は脇道へ戻らず、そのまま街道を進み、夕暮れの向こうへ小さくなっていった。
平らな土の上には、荷車の轍が二本、途切れず残った。
エルンが帳面を開く。
「街道は、完成として記しますか」
レティシアは、荷車が消えた先へ目を向けた。直った道は短く、その先にはまだ深い窪みがいくつも続き、雨が降ればさらに崩れそうな場所も残っている。
「完成ではない」
「では、どのように」
足元には、少し前までなかった轍がある。山狼衆が直した土の上を、彼らを許していない男の荷車が通り、その跡だけを残して先へ進んでいた。
「ここまで、荷車が通れるようになった。それだけを書け」
エルンの筆が動き、紙を擦る音が、作業を終えた街道へ小さく響いた。
*
山狼衆の者たちは、道具を載せた荷車を押して山へ帰り始めた。先ほど髪紐を買った男もその列へ加わり、上着の隙間からのぞいた赤い布が、夕日を受けて一度だけ光った。
共同倉庫では、村人たちが売れ残った品を抱え、それぞれの家へ戻っていく。帰る場所は違い、別れの言葉を交わす者もいない。誰も、許したとは言わなかった。
それでも倉庫の前では銅貨が動き、街道には荷車が通り、明日の仕事を尋ねる声が残った。
市場と呼ぶには小さすぎる板は片づけられ、道と呼ぶにはまだ短い土だけが、夕日の下へ伸びている。その脇の畑では、杭の先へ流れ始めた細い水路が最後の光を拾っていた。
荷車の轍、鍬を引きずった跡、石を運んだ足跡が、短い道の上で重なっている。
その先には、まだ崩れた街道が続いていた。歩けば、すぐに直した場所の端まで着いてしまう。
ほんのわずかな長さだった。
けれど、レティシアが初めてリンデへ来た日には、どこにもなかった景色だった。
夕暮れの道を見つめながら、レティシアはゆっくり息を吐いた。
「……ようやく、一つ変えられたかの」




