19話 最初の賃金
日が傾き、作業区間へ長い影が伸びる頃、街道職人が笛を二度鳴らした。
サブが去ったあとも続いていた鍬と槌の音が止まり、残った五人は道具を土の上へ置いた。朝には深い轍と水溜まりが続いていた道が、短い区間だけ平らになっている。だが、出来上がったように見えることと、荷車が通れることは同じではなかった。
職人は工区の端から歩き始め、長い棒を一定の間隔で土へ突き立てていった。棒が浅く止まるたびに次へ進み、石を詰めた場所では角度を変えてもう一度確かめる。グロムたちは道端へ並び、レティシアも机のそばから口を挟まずにその手元を見ていた。
工区の半ばを越えたところで、棒が深く沈んだ。
「ここは駄目だ」
グロムが、土へ埋まった棒を見る。
「石は入れたぞ」
「入れた石の下が緩い。このまま荷車を通せば、何度か往復するうちに沈む」
職人は棒を引き抜き、先端についた湿った土を落とすと、沈んだ場所から道を横切るように深い線を引いた。
「ここから先は、今日の仕事として受け取らん。明日、いったん掘り返して、下から詰め直せ」
線の向こうにも、朝から均した土と運び込んだ石が残っている。それを見ていた山狼衆の一人が、こらえきれず声を荒らげた。
「朝からやったんだぞ。見た目はもう平らじゃねえか」
「働いた時間や見た目を買う契約ではない。荷車が通れる道を受け取る契約だ」
男がさらに言い返しかけると、グロムが片手を上げて止めた。
「直せば、明日は認めるんだな」
「使える道になれば受け取る。今日は、この線までだ」
職人が認定した側へ戻り、棒の先で終点を示すと、エルンは作業記録へ同じ位置の線を引いた。認定された区間と、やり直す区間が紙の上でも分かれ、その下には、途中で契約を終えたサブの名が別欄に残されている。
財務の役人は認定された作業量を確かめ、事前に示した基準どおりの額を五つの革袋へ分け、机へ並べた。袋が一つ置かれるたび、中の銅貨が乾いた音を立てる。朝に六枚の木札を確認した机には、サブが置いていった一枚と、その前だけ空いたままの場所が残った。
最初に呼ばれたのは、グロムだった。
役人は木札と契約書の名を照合し、革袋を一つ、本人の前へ置く。グロムはすぐに手を伸ばさず、その隣に並んだ袋を見た。
「全員分を、まとめて俺へ渡すんじゃねえのか」
「渡さぬ。お主が働いた分は、お主へ渡す。ほかの者の分まで、頭領だからという理由で預けるつもりはない」
グロムが袋を取ると、役人は残りを彼へ寄せず、次の名を呼んだ。呼ばれた男は自分の木札を見せ、帳面へ受領の印が入るのを待ってから革袋を受け取る。その者が退けば別の名が呼ばれ、五人はグロムを通さず、一人ずつ机の前へ立った。
最後の受領印が入ると、エルンは作業記録の隣へ、もう一冊の帳面を置いた。そちらには山狼衆がリンデを襲った日と、壊した家、奪った物、負傷者の名が記されている。同じ名が二冊にあっても、帳面は重ねられなかった。
グロムが自分の名を見比べる。
「道を直しても、こっちは消えねえか」
「消えぬ。じゃが、今日働いたことも消さぬ」
レティシアの返事を聞いたあと、グロムは二冊のどちらにも触れず、自分の革袋だけを持ち上げた。銅貨が一度鳴ったが、その袋を開ける者も、取り上げる者もいなかった。
*
翌朝、受け取られなかった区間は、前日より深く掘り返されていた。
表面を均していた土を取り除き、朝露を含んだ柔らかな層まで鍬を入れる。石は一度すべて脇へ出され、街道職人が棒で深さを確かめてから、今度は大きなものから順に詰め直された。
認定された区間は昨日の形を保ち、その隣だけが、仕事を始める前よりも崩れている。直すために、いったん出来上がった形を壊さなければならなかった。
グロムを含む五人の腰には、昨日と同じ名の木札が揺れていた。道端には使われない道具が一つ置かれ、机には木札一枚ぶんの空きがある。サブが途中まで働いた記録も、受け取らなかった賃金も消されずに残っていた。昨日の未受領分も、本人が受け取るまで別に保管されている。誰もその名を口にしなかった。
昼を過ぎた頃、木立の奥で枯れ枝を踏む音がした。
石を運んでいた手がいくつか止まり、グロムも鍬を地面へ立てて振り返る。山道から下りてきたサブは昨日と同じ服を着ていたが、腰に木札はなく、誰にも声をかけないまま机の手前で足を止めた。
「……まだ、戻れるか」
グロムは口を開きかけたものの、そのまま黙っていた。
レティシアは昨日の契約書へ手を伸ばさず、サブを見る。
「昨日の契約は、お主が去った時に終わっておる。じゃが、今日は今日の契約を結べる」
「昨日と同じ条件か」
街道職人が、掘り返した工区を指した。
「仕事は昨日のやり直しだ。俺が使える道になったと認めたところまでを受け取る。危険があれば俺が止めるし、途中で去るなら止めはせん」
「そこまで働いた分は記録する。戻ることも、もう一度去ることも、お主が決めよ」
エルンは昨日の契約書を開かず、その横へ新しい紙を一枚置いた。未受領と記された昨日の欄にも線を引かず、今日の日付と空いた署名欄だけをサブの側へ向ける。
筆を差し出して急かす者はいなかった。
サブは新しい紙を見たあと、グロムへ目を向けた。グロムは鍬を持ったまま何も言わず、許しを与えるような素振りも、戻れと促す動きもしない。
やがてサブは自分から机の筆を取り、震える線で名を書いた。
エルンが新しい木札を渡すと、サブはそれを腰へ下げ、昨日から使われずにいた道具を取った。レティシアは笑いかけず、街道職人も特別な言葉をかけないまま、掘り返された場所を示す。
「そこへ石を入れろ。昨日より深く、隙間を残すな」
サブが膝をつくと、グロムも隣へ腰を下ろした。二人は互いに顔を見ず、片方が置いた石の隙間へ、もう片方が小さな石を詰めていく。周囲でも止まっていた籠が動き出し、六枚になった木札が、それぞれの腰で同じ土埃をかぶった。
夕刻、職人は仕上がった路面へ昨日と同じ棒を突き立てた。
棒は沈まなかった。
場所を変えて何度確かめても、先端は浅いところで止まり、詰め直した石も動かない。職人は工区の端まで歩き終えると、棒を肩へ担いだ。
「ここまで受け取る」
エルンが認定の印を入れ、机には六つの革袋が並べられた。昨日空いていた場所にも袋が置かれ、中の銅貨がほかと同じ音を立てる。
名は一人ずつ呼ばれた。
サブも、自分の番になると昨日木札を置いた机の前へ立ち、新しい木札を見せた。受領欄へ印が入ったあと、財務の役人が革袋を差し出す。
今度は、サブの手が途中で止まることはなかった。
荒れた指が袋を包み、その中で銅貨が小さく触れ合う。サブは誰とも目を合わせず、革袋を腰へ結び直して手を離した。
銅貨はもう一度だけ鳴り、誰の手にも移らないまま、サブと一緒に山へ帰る列へ加わった。




