18話 消えない怒り
街道脇では、朝から石を割る音が続いていた。
傷んだ路面には縄が張られ、作業する区間と、荷車一台が通れる脇道が分けられている。掘り返した土も割った石も通行の邪魔にならない位置へ寄せられ、道の端に置かれた机には、六人分の契約書と木札、作業を始めた時刻を記す帳面が並んでいた。
街道職人が、地面へ差し込んだ棒を抜く。
「そこより先は掘るな。下へ水が走っている」
振り下ろしかけていた鍬を、グロムは宙で止めた。隣の男も動きを止め、一拍遅れて笛が鳴ると、土を運んでいた者たちまで職人の方を見た。
作業へ入った山狼衆は六人だった。グロム、サブ、それにほかの四人。服も道具も揃ってはいないが、腰には朝に渡された木札が下がり、身体を動かすたび小さく揺れている。
レティシアは机のそばから、職人が示した地面を見た。
「石を足します。大きさはこちらで選びますので、必要な数だけ運ばせてください」
「うむ。工事のやり方は、おぬしに任せる」
何を直すかと、どこまでできれば仕事として認めるかは、始める前に決めてある。その範囲で土をどう掘り、石をどう詰めるかまで、レティシアが口を出す理由はなかった。
作業が再開しかけたところへ、村の方から薪を積んだ荷車が近づいてきた。御者台の男は縄の手前で手綱を引いたものの、脇道へ回ろうとはせず、鍬を持つグロムたちを一人ずつ見ている。
街道職人が声をかけた。
「今は中央を通せん。脇へ回ってくれ」
男は返事をしなかった。
サブが崩した土を籠へ入れ、別の者が槌を振り上げる。その音が落ちる前に、男は荷車を降りた。
「何をしてる」
「見て分からんか。道を直している」
「そいつらが、どうしてここにいる」
石を割る音が一つ止まり、続いて鍬の刃が土から抜けた。最後に落ちた槌の音だけが、街道の先へ遅れて消えていく。
グロムは鍬の柄へ両手を置き、男を見た。レティシアが答える。
「王家が雇った」
男の顔が歪んだ。
「人の荷を奪い、家を壊しておいて、今度はその道を直して王家の銭をもらうのか」
足元の小石が蹴られ、作業区間を示す縄の内側へ転がってきた。
「俺の弟は、お前らに襲われてから腕が動かねえ。道を直して、銭をもらえば、それで許されたつもりか!」
サブの籠から土の塊が一つこぼれた。
男はその音にも目を向けず、グロムたちを睨み続けている。護衛が一歩前へ出かけたが、レティシアは片手を上げて止めた。
「許してはおらぬ。働いた分を払うことと、村を襲った責任を問うことは別じゃ」
「別だと? 弟の腕は戻らない。こいつらが何日働いても、もう戻らねえぞ」
「戻らぬ。だから今日の仕事を赦しには使わせぬし、襲撃の記録も責任も消さぬ」
レティシアは道端の机を示した。
今日の契約と作業を記す帳面。その隣には、過去の襲撃と、その関与を確かめるための記録がある。二つは同じ机へ置かれていても重ねられず、間には指一本ほどの隙間が残されていた。
「では、なぜ銭を払う」
「働いたからじゃ。たとえ襲撃へ加わった者であっても、今日働かせた分まで王家が奪えば、また同じことになる」
男の拳は開かなかった。
道が直り、荷車が通れるようになったところで、弟の腕は戻らない。働いた者へ賃金が渡っても、あの家で失われたものは埋まらない。レティシアにも、それを埋める言葉はなかった。
グロムが鍬の柄から手を離す。
「俺たちが銭を受け取らなければ、気が済むのか」
男はすぐに睨み返した。
「お前らが息をしてるだけで、気が済むものか」
その言葉が街道へ落ちたあと、誰も動かなかった。
やがてサブが立ち上がり、籠の中身を地面へ空けた。土が重い音を立てて崩れる。腰から木札を外し、机まで歩くと、六人の名が並ぶ契約書の脇へ置いた。
「俺はやめる」
グロムが名を呼んだが、サブは振り返らない。
街道職人は作業区間と帳面を見比べた。
「いま終わっているところまでなら、働いた分として認める」
「いらねえ」
「受け取らぬことを選ぶのは、お主じゃ」
レティシアの声に、サブの足が止まった。
「じゃが、怒鳴られた罰として、こちらから賃金を奪うことはせぬ。途中でやめても、そこまで働いた事実は消えぬ」
サブは机に置いた木札をほんの一度見たが、戻ってはこなかった。顔を伏せたまま街道を離れ、木立の向こうへ消えていく。
男はその背中を見送らず、荷車へ戻って手綱を取った。
「道は通らせてもらう。だが、こいつらを許したわけじゃない」
「許せとは申さぬ」
男は脇道へ荷車を進めた。車輪が土を削る音はしばらく残り、やがて街道の先へ消えていく。
街道職人は机に残った木札から目を上げ、作業区間に立つ五人を見た。
「続ける者は、道具を持て」
最初にグロムが鍬を拾い、ほかの四人も自分の道具へ手を伸ばした。五枚の木札が再び腰元で揺れ、机の上には一枚だけが残る。
笛が一度鳴った。
鍬が土へ入り、その音を追うように槌が上がる。止まっていた作業の響きは街道へ戻ったが、朝と同じ数ではなかった。




