17話 二つの袋
共同倉庫の前には朝から荷車が並び、入口脇の台では、運ばれてきた作物が一つずつ秤へ載せられていた。
麦袋の重りが釣り合えば帳面へ数字が入り、豆の籠には札が付き、土の残る根菜は傷んだものを除けてから倉へ回される。列は道沿いまで伸びていたが、待つ者たちはほとんど言葉を交わさず、自分の荷が薄暗い入口へ消えていくのを見ていた。
その中に、二つの麦袋を積んだ荷車があった。
一つは今年の割り当て分で、もう一つは、出来のよかった畝から採れた分だった。雨が来る前に刈り終えようと日が落ちても畑へ残り、濡れた麦を夜通し広げ、熱を持たぬよう何度も返した末に残せた、たった一袋である。
以前にも同じことがあった。
余分に採れた一袋を納めた翌年、家へ戻る食料は増えず、割り当てだけが重くなった。多く作れたのだから、次も作れるだろう――帳簿には結果だけが残り、それ以来、男は畑の出来がよくても喜ばなくなった。
手をかけて増やした分は、自分たちの暮らしではなく、次の年の苦しさへ変わる。それでも実った麦を畑へ捨てることはできず、今年も二袋とも荷車へ載せてきた。
倉の入口では、村長が新しい決まりを読み上げている。
「定められた納入分を超えた作物は、作った本人のものとする」
列のところどころで乾いた笑いが起きたが、男は二つの袋から目を上げなかった。王女が戻り、王印のある紙が届いても、倉の敷居を越えれば、去年までと同じように二袋とも中へ運ばれるのだろう。
やがて順番が来ると、男は二袋を荷車から下ろした。係が一袋目を量り、帳面へ数字を書き入れて倉へ回す。その手が続けて二袋目の縄へ伸びると、男も止めるどころか、持ちやすいよう結び目を手前へ向けた。
毎年、そうしてきた身体の動きだった。
「待て」
係の指が、縄へ触れたところで止まった。
倉の脇にはレティシアが立っている。係は伸ばした手を引くこともできず、開いた帳面と王女の顔を見比べた。
「そなたを責めておるのではない。今までどおりに動いただけじゃ」
レティシアは倉へ運ばれていく一袋目を示した。
「今年の納入分は、あれで満たしておるのじゃな」
村長が帳面を確かめ、この家の今年の納入分は一袋目で満たしており、残る家々の納入分を合わせれば、備蓄も定めた量へ達すると答えた。
一袋目は、その間にも倉の暗がりへ消えていく。二袋目だけが敷居の外へ残り、男と係の間に置かれていた。
「今日からは、その手を止めよ。王家へ納めるのは、一袋目だけじゃ」
係がゆっくり縄から指を離すと、列に並んでいた者たちの視線も、その手を追って動いた。
男は倉の中と、足元に残された袋を見比べた。
「では、これは……持って帰れということですか」
「違う。その袋は、最初からお主のものじゃ」
すぐには意味が届かなかったらしい。
男は自分で詰めた袋を見下ろし、次に村長、係、レティシアの顔を順に見た。同じ布を使い、同じ縄で縛り、自分の畑からここまで運んできたものなのに、それを自分の所有物として扱ったことは一度もなかった。
「俺の、ですか」
「うむ」
「来年の分にされるのでは」
「されぬ」
「あとから、役人が取りに来ることも」
「来させぬ」
エルンが帳面を開き、二つの袋を同じ頁へ記した。
「納入一袋。余剰一袋、所有者本人へ返還」
「返還ではない」
筆が止まった。
レティシアは地面の袋へ目を落としたまま続ける。
「王家は、それを一度も受け取っておらぬ。取ってもおらぬものを、返してやった顔で記すでない」
エルンは先ほどの一行へ線を引き、その下へ改めて筆を置いた。
「余剰一袋。本人所有を確認」
倉へ入った一袋と、入らなかった一袋が、同じ頁の隣り合う欄へ残された。
男は帳面に書かれた文字を見つめたあと、袋へ手を伸ばした。だが、縄へ触れる寸前で指が止まり、開いた倉の入口へまた目を向ける。
レティシアは何も急かさず、一歩だけ横へ退いて荷車までの道を空けた。
しばらくして、男の手が縄をつかむ。腰を落として袋を持ち上げると、食い込む硬さも、腕へかかる重さも、畑から運んできた時と変わらなかった。
違うのは、向かう先だけだった。
倉の入口ではなく、自分の荷車へ戻す。袋が荷台へ収まっても、誰も止めず、係も帳面を閉じなかった。
そこで男は初めて、持ち帰った後のことを考えたようだった。袋の表面へ掌を置き、中で麦が形を変える感触を確かめながら、長く黙っている。
レティシアも、食べろとも、売れとも、種へ残せとも言わなかった。
「半分は、種に残す」
口にした自分の声に驚いたように、男が顔を上げる。
「残りは粉にする。今夜の麦粥を、少し濃くする」
「そうか」
返ったのは、それだけだった。
男が荷車の取っ手を握ると、その空いた場所へ次の一台が進んできた。係は新しい荷へ手を伸ばす前に、持ち主へ尋ねる。
「納める分は、どれだ」
男は振り返らず、荷車を引き始めた。一袋を納めたぶん、来た時より軽くなっているはずなのに、取っ手を握る手には、今夜、自分で濃くすると決めた麦粥の重さが残っていた。




