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レティシア ~小さな王女の国づくり~  作者: yurihina
1章 最初の改革
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15話 わたくしの命令ごと止めよ

 軍務大臣が引き出した地図は、財務の赤い書き込みも、内務の人員表も押しのけず、その下へ広がった。


 王都からリンデへ続く街道の周囲には、名のない山が連なっている。山狼衆が襲撃に使っていた道も、王都の記録では正確な位置まで掴めていなかった。


「無許可の山道がすでに使われている以上、正規の通行を一本へ限り、出入りする者と荷を登録する方が、今より把握しやすいことは認めます。問題は、違反や危険を見つけた時に何をどこまで止めるかです」


 軍務大臣は正規経路の上へ、小さな木片を一つ置いた。


「申告と違う品が一つ見つかった場合、その荷だけを止めればよいのか、それとも持ち主や同行者まで拘束しますか」

「まずは荷だけじゃ。ほかの者まで同じ違反をした証拠にはならぬ」


 木片は街道の途中で止まり、人を示す駒はその先へ残された。


「では、武器が見つかった場合は」

「持ち主と同行者を止め、出入りの記録を調べよ。品を書き違えたのと同じ扱いにはできぬ」


 軍務大臣は人を示す駒まで木片の手前へ戻し、その周囲を指で囲った。


「登録が偽造されていた場合や、密偵と疑われる者が混じっていた場合は、どうします」

「一人や一団だけの問題と決めつけるな。組織的に道を使われた疑いがあるなら、経路そのものを閉じよ」


 地図脇にあった細い板が、街道を横切るように置かれた。荷だけを止める場所、人まで止める場所、道そのものを閉じる場所が、同じ一本の上で初めて分かれる。


「誰が、その差を決めます」

「軍務じゃ。現場の兵が恐れた分だけ道を閉じぬよう、何を見つければどこまで止めるかを先に定めよ。一度閉じた後、何を確かめれば再び開けるのかもじゃ」

「再開も軍務の判断で?」

「うむ」

「殿下が通せと命じても?」

「わたくしの命令ごと止めよ」


 軍務大臣はレティシアから目を離さなかった。


「殿下ご自身が、リンデへ必要な荷だと判断されてもですか」

「わたくしが使いたい時だけ曲げられる線なら、それは基準ではない。閉じるべき危険があると判断したなら閉じよ。再び安全だと確かめるまで、食料であろうと薬であろうと、わたくしが何を申しても開けるな」

「止めた間をしのぐためにも、最低配給と備蓄は試行の外へ置いた。道を開け続ける理由には使うでない」


 軍務大臣は街道を塞いだ板を動かさず、条件書へ一行を書き加えた。王族の命令による例外は認めない。その下には、停止範囲と再開条件を記す欄が作られた。


「指定経路以外の商取引は認めず、通る者と荷は、出る時と戻る時の双方で検査します。申告外の品、武器、偽造、密偵の疑いについて、それぞれ停止範囲を定め、現場へ事前に渡しましょう」

「再開の条件も忘れるでないぞ」

「軍務で作成します」


 地図と条件書がエルンの前へ移ると、財務が引いた警戒と停止の線、内務が作った本人への聞き取り欄、その隣へ軍務の停止権限が並んだ。


 王は三つを重ねず、自分の前へ横に広げた。財務は売買を、内務は公共の仕事を、軍務は通行を止められる。だが、どの紙にも、自分の担当を越えて制度全体を閉じる権限は書かれていなかった。


「止める条件ばかりが増えた。それでも試すか」

「試したい」


 レティシアは書き込みで埋まり始めた試行案へ目を落とした。


「物を売れるようにすれば、備蓄を隠す者や買い占める者が出るかもしれぬ。仕事へ賃金をつければ、畑から人を奪い、本人の意思を曲げる者も出るかもしれぬ。道を開けば、商人だけでなく武器や密偵も通ろうとするじゃろう」


 危険が見つかるたび、試行案には止めるための条件が増えた。それでも、働いた結果を本人へ返すという一行だけは消されずに残っている。


「じゃが、危険があるからと今の仕組みを残せば、今ある飢えも、働いた者から結果を奪う仕組みも、見えぬ山道からの出入りも残る。害があるかないかではなく、今ある害を今より減らせるかで比べたいのじゃ。完璧でなくてよい。今よりましでなければならぬ」


 王の指が、横に並べた三枚を順にたどった。


「誰が止める」

「財務は売買を、内務は公共の仕事を、軍務は通行を止める」

「三つの基準には触れずとも、それらが重なった結果として、リンデ全体の暮らしが悪くなった場合はどうする」

「父上が止めてくれ」


 王が顔を上げた。


「そなたが、もう少し続ければ成果が出ると申してもか」

「止めよ。わたくしは始めた者ゆえ、失敗しても次はうまくいく、あと少しだけ待てと申すかもしれぬ。だから、この試行が暮らしを悪くしたと父上が判断したなら、わたくしが続けたいと願っても止めてくれ。最初から、わたくし一人では続けられぬようにする」


 王はしばらくレティシアを見たあと、三枚の中央へ新しい条件書を置いた。


「期限は一年、対象はリンデの指定区域のみとし、最低配給と備蓄は試行の外へ置く。財務、内務、軍務は、それぞれ定めた基準で独立して担当部分を停止できるものとし、余はリンデ全体の暮らしを見て、試行そのものを停止する。各省の報告はレティシアを経由せず、余へ直接届けさせる」


 レティシアはうなずいた。自分に都合の悪い報告だけを遅らせることも、知らなかったことにすることもできない。


「自動での延長は認めぬ。一年後、続けるなら改めて審議する」


 王は三人の大臣へ目を向けた。


「異論は」


 財務大臣は赤い筆を置き、内務大臣は人員表を閉じ、軍務大臣は地図を塞いでいた板から手を離した。誰からも異論は出なかった。


 王は条件書を重ね直し、記録役が運んできた印章へ手を伸ばした。


 重い王印が紙へ下り、鈍い音が長卓へ響く。


「一年、試せ」


 レティシアは差し出された許可書を両手で受け取った。


「ありがとうございます」

「エルン。写しを三省へ」

「すでに三部、用意しております」

「まだ王印も下りておらぬうちからか?」

「必要になると判断しました」

「却下されておったら、どうしたのじゃ」

「紙を元の束へ戻します」

「それだけか」

「それだけです」


 レティシアが許可書を抱え直す間にも、財務大臣は備蓄記録を、内務大臣は人員表を、軍務大臣は地図をそれぞれ自分の側へ引き寄せ、空いている欄へ次の数字と手順を書き始めていた。


「明朝、リンデへ戻るぞ」

「承知しました」


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