15話 わたくしの命令ごと止めよ
軍務大臣が引き出した地図は、財務の赤い書き込みも、内務の人員表も押しのけず、その下へ広がった。
王都からリンデへ続く街道の周囲には、名のない山が連なっている。山狼衆が襲撃に使っていた道も、王都の記録では正確な位置まで掴めていなかった。
「無許可の山道がすでに使われている以上、正規の通行を一本へ限り、出入りする者と荷を登録する方が、今より把握しやすいことは認めます。問題は、違反や危険を見つけた時に何をどこまで止めるかです」
軍務大臣は正規経路の上へ、小さな木片を一つ置いた。
「申告と違う品が一つ見つかった場合、その荷だけを止めればよいのか、それとも持ち主や同行者まで拘束しますか」
「まずは荷だけじゃ。ほかの者まで同じ違反をした証拠にはならぬ」
木片は街道の途中で止まり、人を示す駒はその先へ残された。
「では、武器が見つかった場合は」
「持ち主と同行者を止め、出入りの記録を調べよ。品を書き違えたのと同じ扱いにはできぬ」
軍務大臣は人を示す駒まで木片の手前へ戻し、その周囲を指で囲った。
「登録が偽造されていた場合や、密偵と疑われる者が混じっていた場合は、どうします」
「一人や一団だけの問題と決めつけるな。組織的に道を使われた疑いがあるなら、経路そのものを閉じよ」
地図脇にあった細い板が、街道を横切るように置かれた。荷だけを止める場所、人まで止める場所、道そのものを閉じる場所が、同じ一本の上で初めて分かれる。
「誰が、その差を決めます」
「軍務じゃ。現場の兵が恐れた分だけ道を閉じぬよう、何を見つければどこまで止めるかを先に定めよ。一度閉じた後、何を確かめれば再び開けるのかもじゃ」
「再開も軍務の判断で?」
「うむ」
「殿下が通せと命じても?」
「わたくしの命令ごと止めよ」
軍務大臣はレティシアから目を離さなかった。
「殿下ご自身が、リンデへ必要な荷だと判断されてもですか」
「わたくしが使いたい時だけ曲げられる線なら、それは基準ではない。閉じるべき危険があると判断したなら閉じよ。再び安全だと確かめるまで、食料であろうと薬であろうと、わたくしが何を申しても開けるな」
「止めた間をしのぐためにも、最低配給と備蓄は試行の外へ置いた。道を開け続ける理由には使うでない」
軍務大臣は街道を塞いだ板を動かさず、条件書へ一行を書き加えた。王族の命令による例外は認めない。その下には、停止範囲と再開条件を記す欄が作られた。
「指定経路以外の商取引は認めず、通る者と荷は、出る時と戻る時の双方で検査します。申告外の品、武器、偽造、密偵の疑いについて、それぞれ停止範囲を定め、現場へ事前に渡しましょう」
「再開の条件も忘れるでないぞ」
「軍務で作成します」
地図と条件書がエルンの前へ移ると、財務が引いた警戒と停止の線、内務が作った本人への聞き取り欄、その隣へ軍務の停止権限が並んだ。
王は三つを重ねず、自分の前へ横に広げた。財務は売買を、内務は公共の仕事を、軍務は通行を止められる。だが、どの紙にも、自分の担当を越えて制度全体を閉じる権限は書かれていなかった。
「止める条件ばかりが増えた。それでも試すか」
「試したい」
レティシアは書き込みで埋まり始めた試行案へ目を落とした。
「物を売れるようにすれば、備蓄を隠す者や買い占める者が出るかもしれぬ。仕事へ賃金をつければ、畑から人を奪い、本人の意思を曲げる者も出るかもしれぬ。道を開けば、商人だけでなく武器や密偵も通ろうとするじゃろう」
危険が見つかるたび、試行案には止めるための条件が増えた。それでも、働いた結果を本人へ返すという一行だけは消されずに残っている。
「じゃが、危険があるからと今の仕組みを残せば、今ある飢えも、働いた者から結果を奪う仕組みも、見えぬ山道からの出入りも残る。害があるかないかではなく、今ある害を今より減らせるかで比べたいのじゃ。完璧でなくてよい。今よりましでなければならぬ」
王の指が、横に並べた三枚を順にたどった。
「誰が止める」
「財務は売買を、内務は公共の仕事を、軍務は通行を止める」
「三つの基準には触れずとも、それらが重なった結果として、リンデ全体の暮らしが悪くなった場合はどうする」
「父上が止めてくれ」
王が顔を上げた。
「そなたが、もう少し続ければ成果が出ると申してもか」
「止めよ。わたくしは始めた者ゆえ、失敗しても次はうまくいく、あと少しだけ待てと申すかもしれぬ。だから、この試行が暮らしを悪くしたと父上が判断したなら、わたくしが続けたいと願っても止めてくれ。最初から、わたくし一人では続けられぬようにする」
王はしばらくレティシアを見たあと、三枚の中央へ新しい条件書を置いた。
「期限は一年、対象はリンデの指定区域のみとし、最低配給と備蓄は試行の外へ置く。財務、内務、軍務は、それぞれ定めた基準で独立して担当部分を停止できるものとし、余はリンデ全体の暮らしを見て、試行そのものを停止する。各省の報告はレティシアを経由せず、余へ直接届けさせる」
レティシアはうなずいた。自分に都合の悪い報告だけを遅らせることも、知らなかったことにすることもできない。
「自動での延長は認めぬ。一年後、続けるなら改めて審議する」
王は三人の大臣へ目を向けた。
「異論は」
財務大臣は赤い筆を置き、内務大臣は人員表を閉じ、軍務大臣は地図を塞いでいた板から手を離した。誰からも異論は出なかった。
王は条件書を重ね直し、記録役が運んできた印章へ手を伸ばした。
重い王印が紙へ下り、鈍い音が長卓へ響く。
「一年、試せ」
レティシアは差し出された許可書を両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「エルン。写しを三省へ」
「すでに三部、用意しております」
「まだ王印も下りておらぬうちからか?」
「必要になると判断しました」
「却下されておったら、どうしたのじゃ」
「紙を元の束へ戻します」
「それだけか」
「それだけです」
レティシアが許可書を抱え直す間にも、財務大臣は備蓄記録を、内務大臣は人員表を、軍務大臣は地図をそれぞれ自分の側へ引き寄せ、空いている欄へ次の数字と手順を書き始めていた。
「明朝、リンデへ戻るぞ」
「承知しました」




