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レティシア ~小さな王女の国づくり~  作者: yurihina
1章 最初の改革
14/42

14話 飢えは、すでにある

 長卓の上には、山で持っていなかった三つが、別々の紙になって並んでいた。


 食料の紙には、リンデの保管庫へ手をつけず、王家から何日分を継続して送れるか確かめるための欄が増えている。責任の紙には、襲撃へ加わった本人と、加わっていない家族を分けて記す欄が引かれ、王の手元へ移されていた。


 中央に残ったのは、仕事だった。


 働けば、奪わずに食べられる。だが、リンデで使われている仕組みのまま仕事だけを増やせば、余分に働いた結果は本人へ戻らず、翌年の割り当てだけが重くなる。山狼衆へ新しい道として差し出しても、仕事という名に変わっただけで、行き着く先はこれまでと同じだった。


 王は山での交渉記録を閉じ、中央の試行案を引き寄せた。


「何を残し、何を変える」

「最低配給と冬を越すための備蓄は残します。その上で、割り当てを超えて作った物は作った本人のものとし、持っておくか売るかも本人に決めさせたい。道路や倉の仕事へ出た者には、働いた本人へ賃金を渡します」

「山狼衆だけを対象にするのか」

「いたしませぬ。同じ仕事をした村人と山の者へ違う仕組みを使えば、今度はその間に別の線ができます。リンデの指定区域で一年だけ試し、余った物を外へ運ぶ道も一本だけ認めてください。通れるのは、登録した者と荷に限ります」


 王は返事をせず、財務大臣へ試行案を滑らせた。


 財務大臣は赤い筆を取り、余剰分の売買を認める一行へ線を引いた。


「売れ残った品は、王家が買い上げるのですか」

「せぬ。売れなければ本人が持ち帰る。利益を本人のものとするなら、損まで王家へ押しつけることは認めぬ」

「それなら、財務の懸念は買い上げではありません。余剰と称して備蓄を市場へ流す者が出れば、倉は数字より早く空になります」

「冬を越す分へ手をつければ、余剰とは認めぬ」

「認めないと書くだけでは守れません。さらに、買い占めで値が上がれば、品があっても銭のない者には届かない。殿下の案では、飢えの原因が不足から価格へ移るだけではありませんか」

「飢えは、すでにある。今は余分に作っても本人へほとんど残らず、翌年の割り当てだけが重くなるから、作れる者まで必要以上には作らぬ。新しい危険を恐れて今の仕組みを残せば、今いる飢えた者も、増えない備蓄も、そのまま残る」


 財務大臣は言い返さず、試行案の横へリンデの備蓄記録を開いた。前年の冬に使った量と現在の保管量が同じ位置へ来るよう紙をずらし、先ほど引いた赤い線を消さないまま、その隣の余白を二つに分ける。


 片方には警戒、もう片方には停止と書かれたが、どちらにもまだ数字は入っていなかった。


「この二本を、どこへ置きます」

「それを決めるのが財務じゃ」

「殿下は基準をお持ちでない?」

「持っておらぬ。わたくしが決めてもよいが、リンデに何をどれだけ残せば冬を越せるか、おぬしより正しく決められるとは思わぬ。備蓄と価格が警戒線へ触れたなら原因を調べ、停止線へ触れたなら売買を止めよ」

「殿下への確認を待たずに?」

「待つな。王都へ返事を求めに来ておる間に倉が空になれば、線を引いた意味がない」


 財務大臣は試行案へ引いた反対の線を残したまま、警戒と停止の欄へ小さく印を付けた。


「財務で数値を定めます。停止した後、何を確認すれば再開できるかも先に決めましょう」

「頼む」


 赤い書き込みの増えた紙が長卓の中央へ戻されると、内務大臣が、その上へ一枚の人員表を重ねた。


 畑、倉、道路。三つの欄には、リンデで働ける者を示す小さな木札が置かれている。内務大臣が道路の欄へ二枚を移すと、畑と倉の列に空きができた。


「道路仕事へ賃金を付ければ、こうなる可能性があります。目の前で銭を得られる道へ人が集まり、日々の食料を作り、保管する手が足りなくなる。殿下は、どちらを優先します」

「道を遅らせよ。人が足りぬのではなく、こちらが欲張っておる時間を減らす。終わらぬ道より、食えぬ村の方が困る」


 内務大臣は道路の欄から木札を一枚ずつ戻した。畑と倉の空きは埋まり、その代わり、工事の予定日を示す線だけが後ろへずれる。


「一年で終わらなくても?」

「暮らしを良くするための道で、暮らしを壊す気はない」


 内務大臣は工期を直したあと、最低配給の項目へ紙をめくった。


「自由参加と書けば、本当に自由になるわけではありません。本人が畑へ残りたくても、家長が工事へ出ろと命じることはありますし、責任者が、参加しなければ配給を減らすと迫ることも考えられます」

「最低配給を仕事への参加と切り離せ。工事へ出ぬことを理由に減らすな。賃金も、働いた本人へ直接渡す」

「受領欄へ本人の名を書いても、家へ戻ったあとで取り上げられれば、帳面の上では正しく支払われたままです」


 本人の名が残れば、王都から見る記録は整う。だが、銭を握って戸の向こうへ入ったあとまで、紙の上から追うことはできない。


 リンデで閉じられた戸が浮かんだ。中にいる者の顔も、何を言われたのかも見えないまま、帳面だけは正しい数字を残せる。


「それは、わたくしには見えぬ。ならば責任者の帳面だけを見て終えるな。働いた本人へ、賃金を受け取ったか、その後も自分で使えたかを聞け」


 内務大臣は人員表を脇へ寄せ、責任者の報告とは別に、働いた本人から聞き取る欄を作った。


「畑と倉の維持に必要な人数の基準を先に定めます。工事へ出なかった者の最低配給が減らされていないか、賃金が本人へ渡り、その意思で扱えたかを別に確かめる。強制や取り上げが確認された場合は、公共事業を停止します」

「最低配給まで止めるでないぞ」

「止めるのは工事です。守るものまで一緒には止めません」


 内務大臣は二つの欄を線で分け、ようやく顔を上げた。


「道が遅れたことで、殿下ご自身の計画が一年で終わらなくなっても、同じ判断をなさいますか」

「する。わたくしが一年で成果を見せたいことと、リンデの者が今日食べることを同じ秤へ載せるな」


 内務大臣はそれ以上問いを重ねず、人員表と聞き取り欄を一つの紙へまとめた。


「では、内務で監査方法を作成します」


 長卓の中央には、財務が引いた二本の線と、内務が戻した人員、それから責任者とは別に本人へ聞くための欄が残った。最初の試行案は書き込みで埋まり始めていたが、働いた結果を本人へ返すという一行だけは、まだ消されていない。


 軍務大臣はその紙には触れず、下からリンデ周辺の地図を引き出した。

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