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偽りの令嬢 ~下働きの娘は、消えた姫君に成り代わり冷徹な婚約者を欺き続ける~  作者: 智珠


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第四十五話 弔い

 御堂の一件の後、琴宮の当主・影虎さまもまた、罪を問われた。妹・玲さまの死を隠し、偽りの身代わりを立てて、公儀を欺いた罪。……当主の座を退き、蟄居(ちっきょ)を申し渡された。


 わたしは、都を発つ前に、一度だけ、蟄居先の影虎さまを訪ねた。


 冴斗さまは、止めなかった。「行っておいで」と、ただ、静かに送り出してくれた。


 久しぶりに見る影虎さまは、見違えるほど窶(やつ)れていた。あの、家の存続のためなら妹の死すら道具にした、冷たい当主の面影は、もう、なかった。


「……知らなんだ」影虎さまは、わたしを見るなり、絞り出すように言った。「お前が、父の娘であったとは。……玲の、妹であったとは」


 その声は、震えていた。


「わたしは、薄々、感づいていた。父が、柏木に、何か酷いことをしたらしい、と。だが……目を背けた。名家の体面を守ることばかりを考えて。……挙句、玲の死すら隠し、お前を、偽りに巻き込んだ」


 影虎さまは、深く、頭を垂れた。


「すまなかった。……お前にも。玲にも。……柏木にも」


 わたしは、しばらく、黙っていた。


 この人を恨んでいないと言えば、偽りになる。わたしを、死んだように生きさせ、偽りの修羅へ突き落としたのは、この人だ。……だが。


「……お恨みしていないと、申せば。偽りになりましょう」わたしは、正直に言った。偽りは、もう置かぬと決めたのだ。誰に対しても。「赦す、とも、まだ申せませぬ。……なれど」


 わたしは、顔を上げた。


「あなたもまた、あの父の罪の下で、もがき、苦しんだ一人だったのだと。……それだけは、わかる気がいたします」


 影虎さまの目から、涙がこぼれた。


「玲さまの菩提を」わたしは言った。「どうか、あなたの手で……弔って差し上げてください。妹君を。そして――わたしの、姉を」


 わたしは、深く頭を下げた。かつて姉であった人のために。そして、たとえ憎しみの底からでも、血を分けた、この兄のために。


 その秋。


 わたしは、冴斗さまと共に、ささやかな供養を営んだ。


 玲さま。わたしに命を繋いでくれた、姉。父の罪を正そうとして、たった一人で闇に挑み、散った人。


 早瀬。憎むべき仇であり、同じ血を分けた同胞であり……最期に、その命で、すべてを贖った男。


 母、小夜。会うことも叶わなかった母。柏木の娘として生まれ、仇に蹂躙され。「この子は、罪の証」と、涙ながらにわたしを抱いた人。


 祖母。ただ一度、会えただけの。「小夜に、よう似て」と、微笑んで逝った人。


 そして――冴斗さまの母君。幼い我が子に、「何を見ても、聞かなかったことに」と言い遺して逝った人。


 線香の細い煙が、澄んだ秋空へ、まっすぐに立ちのぼっていった。


 二十年、晴れることのなかった無念が、ようやく報われていく。わたしは、手を合わせ、目を閉じた。皆さま、どうか、安らかに、と。


 供養の帰り道。


 夕暮れのあぜ道を、冴斗さまと並んで歩いた。稲の穂が金色に揺れ、赤とんぼが群れて飛んでいた。


 冴斗さまは、しばらく、何か言いあぐねる様子で黙っていた。やがて、ふと、足を止めた。


「……千代」


「はい」


「お前は、もう、玲の身代わりではない」冴斗さまは言った。「まことのお前として、堂々と生きていける身になった。……罪も赦され、柏木の末として認められた」


「……はい。あなたが、いてくれたおかげです」


「ならば」冴斗さまの声が、わずかに掠れた。「その、まことのお前に。……あらためて、乞いたいことが、ある」


 わたしの胸が、とくん、と鳴った。


(つづく)

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