第四十四話 糺明
節会のあの日から、一月が過ぎた。
御堂の罪は、糺明の府で、つぶさに調べ上げられた。玲さまが命を賭して遺した密書。そして、早瀬が最期の力で差し出した、下知の文。二つに据えられた花押は、寸分違わず同じ手のもの――紛れもなく、御堂の花押であると認められた。
焼かれた控えは、もはや要らなかった。密書そのものと、下知の文とが、互いの証となり、二十年の闇を、余さず照らし出したのだ。
柏木を、無実の罪で陥れ、滅ぼしたこと。その企みを、当時まだ若かった琴宮の先代に授け、実行させたこと。二十年の後、父の罪を知り、それを正そうとした琴宮の姫、玲さまを、亡き者にせよと命じたこと。……そして、さらに遡って、かつて御堂の悪事の一端を知ってしまった、冴斗さまの母君をも、病と偽り、ひそかに手にかけていたこと。
そのすべてが、白日の下にさらされた。
沙汰は、厳しかった。御堂は、すべての官位を剥奪され、遠流を申し渡された。都で飛ぶ鳥を落とすと謳われた権勢は、一夜にして崩れ去った。二十年、幾人もの命を踏みにじって築いた栄華の、あまりにあっけない終わりだった。
そして――柏木の家は。
二十年、着せられていた逆賊の汚名を、雪がれた。無実であったことが公に認められ、絶えた家名は、復された。生き残り、身を潜めて生きてきた縁者たちに、ようやく、日の当たる場所が戻ってきたのだ。
早瀬が命に代えて願った、雪冤。柏木の皆に詫びる、と、事切れる間際に呟いた、その願いは。……果たされた。
だが、事が済んでも、わたし自身の身の上は、宙に浮いたままだった。
わたしは、公儀を欺いた。死んだ姫君に成り代わり、氷室に輿入れし、世を偽った。それは、紛れもない大罪。……たとえ、それが強いられたものであったとしても。
やがて、わたしは、白洲に引き出された。玲としてではなく。ただの、千代として。
わたしは、偽らず、すべてを語った。琴宮の下働きであったこと。玲さまが殺され、顔が似ているというだけで、身代わりに据えられたこと。拒めば、屋敷の者ともども、命はなかったこと。……そして、その偽りの日々の果てに、玲さまの死の真相と、柏木の無念にたどり着いたこと。
覚悟は、していた。どのような重い沙汰が下ろうとも。わたしは、確かに、世を偽ったのだから。
だが。下された沙汰は、わたしの覚悟を裏切るものだった。
「――千代」
沙汰を申し渡す奉行の声が、白洲に響いた。
「その方が、玲の名を騙りし罪。まことなれど……それは、琴宮の当主、影虎が強いたるものにして、その方自らの望みにあらず。加えて、その方は、身の危うきを顧みず、大罪人・御堂の悪事を、白日の下に引き出した。その功、まことに大なり」
わたしは、平伏したまま、息を詰めた。
「さらに、糺明の中で、明らかとなったことがある。……その方は、まことは、琴宮の先代が下働きの女に産ませし娘。すなわち、琴宮の血を引く者。ゆえに、玲の身代わりを務めしことも、まったくの他人の僭称とは、言い難し」
どよめきが、白洲を渡った。
「よって。その方の、偽りの罪は――赦す」
わたしは、思わず、顔を上げた。
「のみならず」奉行は続けた。「柏木の家、復名の証として。その方を、柏木の娘、小夜が遺せし者――柏木の末として、遇するものとする」
わたしの目に、涙があふれた。
名もなく、声もなく生きてきた娘に。いま、まことの、拠って立つ名が、与えられた。
わたしは、罪の証、だった。一族を滅ぼした男が、生き残った娘を蹂躙して産ませた、憎しみの果ての子。……だが、いまや、わたしは。その二十年の無念を晴らした、証として、天下に認められたのだ。
「この子は、罪の証」――母が、幼いわたしを抱いて、そう呟いた、あの言葉は。ようやく、別の意味を帯びたのだった。
白洲を退がりながら、わたしは、一つのことを思っていた。
わたしが、琴宮の先代の娘であるならば。……玲さまは、わたしの異母姉。そして。
琴宮の当主――影虎さま。玲さまを、わたしに演じさせた、あの冷たい当主は。玲さまの兄であると同時に。
……わたしの、異母兄でも、あったのだ。
(つづく)




