第四十三話 決着
白刃が、乱れ飛んだ。
冴斗が、わたしを背に庇い、迫る武士の刃を受け、弾き返す。早瀬もまた、鬼神のごとく刀を振るい、御堂の手の者を斬り伏せていく。榊たちが、庭の外から喊声を上げて、なだれ込んできた。
だが、御堂の腹心は手練れ揃い。数も、多い。
乱戦の中。一人の武士が、冴斗の隙を突き、その懐の――密書を狙って、斬りかかった。
「――冴斗さま!」
わたしが叫ぶより、早く。
その刃の前に、早瀬が、身を投げ出していた。
武士の刀が、早瀬の背を、深々と斬り裂いた。
だが、早瀬は、倒れながらも、その武士に組みつき、道連れに地に伏せた。そして、懐から、あの下知の文を掴み出し、血に濡れた手で、わたしの方へ差し出した。
「……これを。……帝に。……柏木の無念を。玲どのの……無念を……」
わたしは、駆け寄り、その文を受け取り、早瀬を抱き起こした。彼の背から、命が、とめどなく流れ出ていた。
「早瀬! しっかり……!」
早瀬は、血の気の失せた顔で、だが、憑き物が落ちたように、穏やかに微笑んだ。
「……これで。ようやく。……玲どのに、詫びられる。……柏木の、皆に……」
その目から、光が、静かに消えていった。
わたしの腕の中で、寝返った刺客が、二十年の罪をその命で贖い、事切れた。
「――狼藉者を、鎮めよ!」
凛とした声が、簾の奥から響いた。
その声に、御殿を守る近衛の武士たちが、一斉に動いた。だが――その刃が向けられたのは、冴斗たちではなかった。
御堂の腹心たちに、であった。
帝の御前で抜刀し、狼藉を働いた、御堂の手の者。その姿こそが、何よりも雄弁に、御堂の罪を証していた。潔白な者が、なぜ御前で刃を抜き、証人を口封じしようとするのか。
御堂の武士たちは、近衛に囲まれ、取り押さえられていく。
そして、上座の御堂は。
もはや、逃げ場は、なかった。密書。下知の文。早瀬の命を賭した証言。そして――帝の御前で己が命じた狼藉。すべてが、この二十年の権力者を、追い詰めていた。
御堂は、ゆっくりと、立ち上がった。
その顔には、もはや、取り繕う余裕もなかった。穏やかな仮面は剥がれ落ち、その下から、二十年、闇を操ってきた者の、冷たく荒んだ素顔が、露わになっていた。
「……小賢しい」御堂は、低く呻いた。「柏木の残党風情が。氷室の若造が。……そして、下働きの女風情が。……この御堂を」
その細い眼が、憎悪に燃えて、わたしを射た。
だが、わたしは、もう俯かなかった。まっすぐに、その視線を受け止めた。
「――御堂の内府」
簾の奥からの声が、厳かに告げた。
「その方の所業、しかと聞き届けた。……委細糺明の上、沙汰を下す。……それまで、身柄を留め置け」
近衛の武士が、御堂を取り囲んだ。
二十年、都の天を衝いた権力者は、いま、罪人として、その場に引き据えられたのだった。
修羅の嵐が過ぎ去った後。
大庭には、倒れた者たちと、血の匂いと、そして――重い静寂だけが、残されていた。
わたしは、早瀬の亡骸を、そっと地に横たえた。この男は、最後まで、玲さまへの詫びと、柏木への想いを抱いて逝った。憎むべき仇であり、そして、同じ血を分けた同胞でもあった、男。
わたしは、その瞼を、そっと閉じてやった。
「……よく、やった。千代」
冴斗が、刀を収め、わたしの傍らに膝をついた。その声にも、深い疲労と、哀惜が滲んでいた。
「二十年の闇が、ようやく晴れる。……母の無念も。玲どのの無念も。柏木の無念も。そして……お前の母と祖母の無念も」
わたしは、頷こうとして、だが、こみ上げるものに、声が出なかった。
勝った。討ち果たした。だが、その手には、あまりに多くの、喪われた命の重みが、残されていた。
わたしは、血に濡れた御前で、ただ、冴斗の肩に顔を埋め、声を殺して泣いた。
勝利の涙でも、哀しみの涙でもなかった。ただ、長い、長い闇が、終わったことへの……名づけようのない涙だった。
(つづく)




