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偽りの令嬢 ~下働きの娘は、消えた姫君に成り代わり冷徹な婚約者を欺き続ける~  作者: 智珠


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第四十二話 証人

「早瀬……! おのれ、何を……!」


 狼狽した声を上げたのは、御堂の傍らに控えていた――頭領だった。


 早瀬は、その頭領を一瞥し、それから、御堂をまっすぐに見据えた。


「御堂の内府。……そして、そこに控える、我が頭領。二十年、我ら柏木の残党を束ね……その実、御堂の犬として、我らを欺いてきた男」


 早瀬の声は、静かで、だが、鋼のように鋭かった。


「わたくしは、早瀬。柏木の生き残りにございます。……そして、御堂の内府の命を受け、氷室の館に近習として潜り込み……この手で、琴宮の姫、玲さまを、手にかけた下手人にございます」


 万座が、凍りついた。


 自ら、殺しの罪を、公儀の御前で告白したのだ。


「わたくしは、信じておりました。柏木を滅ぼしたのは琴宮。御堂さまは、その仇を討たせてくださる後ろ盾だと。……だが、まことは違った。柏木を滅ぼしたのは、ほかならぬ御堂さま。我らは、己の一族を滅ぼした当の仇に、二十年、飼われ、使われていたのです」


 早瀬の声が、震えた。


「玲さまを殺せと命じたのは、御堂さま。……密書を見つけた玲さまが、柏木の無実を晴らせば、二十年前の己の罪が露見する。それを恐れて。……わたくしは、その指図のまま、何も知らず、柏木を救おうとしたただ一人の御方を、この手で……!」


 早瀬は、こぶしを床に叩きつけた。


「――この女子の申し立ては、すべてまこと! わたくしが、この命に代えて、証し立ていたす!」


「た、戯言を……!」頭領が叫んだ。「こやつは乱心して……! 御堂さまに恨みを抱く、謀反人にて……!」


「乱心では、ない」早瀬が遮った。そして、懐から、一通の書状を取り出した。「頭領。……あなたが御堂さまと交わした、指図の文。玲さま抹殺の下知(げち)。……迂闊にも、あなたはこれを焼き捨てていなかった。わたくしが盗み出しておいたのを、知らずに」


 頭領の顔が、土気色になった。


 早瀬は、その書状を、高々と掲げた。


「御堂さまの花押が据えられた、下知の文! 密書と、この文。二つ揃えば、花押は照らし合わせられる! ……焼かれた控えなど、なくとも!」


 わたしは、はっとした。


 御堂は、氷室の本邸の花押の控えを焼いた。だが、早瀬が握っていた、この下知の文にも、御堂の花押があった。密書の花押と、この文の花押。二つを並べれば、同じ筆の癖が、同じ花押が、証されてしまう。……御堂は、己の消したはずの手がかりを、足元から掘り起こされたのだ。


 御堂の額に、初めて、汗が滲んだ。


 簾の奥で、人の動く気配がした。……帝が、おそらくは、この成り行きを、じっと聞いておられる。


 衆目が、今度は、疑惑と糾弾の色を湛えて、御堂に注がれた。


 追い詰められた御堂の細い眼が、すっと、据わった。


 そして、彼は、低く、囁くように、傍らの武士に命じた。


「……斬れ。あの下知の文を持つ男を。密書もろとも、皆、斬り捨てい」


 御堂の腹心の武士たちが、一斉に、抜刀した。晴れの節会の大庭に、白刃が、ぎらり、と閃く。


 帝の御前で、刃を抜く。それは、もはや、狂気の沙汰だった。だが御堂は、追い詰められ、なりふり構わず、すべてを力でねじ伏せようとしていた。


「千代! 下がれ!」


 冴斗が叫び、抜刀して、わたしを庇う。早瀬も、下知の文を懐に抱え、刀を構えた。


 絢爛たる御前が、一転、修羅の巷と化した。


(つづく)

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