第四十一話 名乗り
「――仰せの通りにございます」
わたしの声は、震えていた。だが、退かなかった。万座の視線を一身に浴びながら、わたしは、はっきりと言い切った。
「わたくしは、琴宮の姫、玲ではございませぬ」
どよめきが走った。御堂の口元に、勝ち誇った笑みがよぎる。
「わたくしは、千代、と申します。……琴宮の下働き。字も読めぬ、名もなき、卑しき女にございます」
衆目の侮蔑が、いっそう濃くなる。だが、わたしは続けた。
「御堂さまは仰いました。琴宮の姫は、とうに身罷った、と。……その通りにございます。玲さまは、亡くなりました。……いえ」
わたしは、御堂をまっすぐに見据えた。
「殺された、のでございます」
「殺されたのでございます。輿入れを前に。琴宮の離れで。何者かの手にかかって。……そして、玲さまの死は隠され。顔の似たわたくしが、身代わりに据えられました。……琴宮の家の、面目のために」
わたしは、一度、息を継いだ。
「なにゆえ、玲さまは殺されたのか。……それは。玲さまが御覧になってしまったからです。ご自分の父上――先代の琴宮が犯した罪を。二十年前、無実の柏木を陥れ、滅ぼした、その企みを記した密書を。玲さまは見つけ。そしてそれを公儀に突きつけ、柏木の無実を晴らそうとしておられた」
ざわめきの質が、変わっていく。侮蔑から、当惑へ。そして、恐る恐るの関心へ。
「玲さまは、父の罪を正そうとなさった。……その志ゆえに、口を封じられた。密書が公儀に渡り、二十年の闇が暴かれるのを恐れた者に。……その者こそが」
わたしは、御堂を指した。
「御堂の内府。あなた、です」
「そして」わたしの声が、ここで震えた。だが、それは恐怖ではなかった。「わたくしは、ただの下働きではございませんでした。……つい先日、知ったのです。わたくしの母は、小夜、と申す、柏木の娘。二十年前、家を滅ぼされ、先代の琴宮に連れ去られた……その末に、わたくしを産んだ」
わたしは、両の拳を握りしめた。
「わたくしは、琴宮の血と、柏木の血を、併せ持つ者。……滅ぼした者と、滅ぼされた者の。両方の血が、この身には流れているのです」
万座が、しんと静まり返った。
「御堂さま。あなたが二十年前、滅ぼした柏木。……その生き残りの娘の子が。いま、こうして、あなたの罪を問うております。……これは、偶然でしょうか。それとも」
わたしは、声を振り絞った。
「――天が。二十年の無念に、ようやく与えた道なのでは、ございませぬか」
御堂の顔から、笑みが消えていた。
だが、それも束の間。彼は再び扇を翻し、冷ややかに言い放った。
「……見事な作り話よ」御堂の声は、なお揺るがなかった。「卑しき女が、よくもそこまで口が回る。……だが、証は? その身の上とやらを、柏木の娘の子だと。……何をもって証すのだ。死んだ母の名を騙るなど、たやすいこと」
わたしは、言葉に詰まった。
証。……わたしの出自を証すものは。祖母は殺され、母はとうにいない。密書は玲さまの死の証にはなっても、わたし自身が柏木の血だという証には……。
御堂の細い眼が、勝ち誇ったように細まる。
その時だった。
万座の隅から、一つの声が上がった。
「――その証。この早瀬が、立て申す」
衆目が、一斉に、声の主に注がれた。
下人の装いを脱ぎ捨て、進み出たその男を見て。御堂の顔色が、初めて、変わった。
(つづく)




