第四十話 偽りの姫
「その方、何者だ! 帝の御前を、何と心得る!」
居並ぶ公卿の一人が、叱咤した。衛士たちが色めき立ち、槍を構えて、わたしたちを囲もうとする。
だが、冴斗は怯まなかった。
「氷室の当主、冴斗にござる! ……無礼は百も承知。なれど、この儀を措いて、帝の御耳に入れねばならぬ大事が、あればこそ!」
氷室の名に、ざわめきが大きくなった。地方の名家の当主が、狼藉同然に御前へ乱入した。ただ事ではない。
冴斗は、懐からあの密書を取り出し、高々と掲げた。
「これにあるは! 二十年前、無実の柏木の家を陥れ、滅ぼした企みを記した密書! ……その絵図を描いた張本人が、この御殿の中に、おわします!」
冴斗の声が、朗々と大庭に響き渡った。
「――御堂の内府。二十年前、柏木を謀反人に仕立て。近くは、その罪を知った琴宮の姫を亡き者にし。……我が母をも手にかけた。すべては、この御方の仕業!」
万座が、どよめいた。
衆目が、一斉に、上座の御堂に注がれる。
だが、御堂は、眉一つ動かさなかった。
ゆっくりと扇を開き、口元を隠すと、さも可笑しげに、低く笑った。
「……はて。異なことを」御堂の声は、穏やかで、よく通った。「氷室の当主とやら。乱心か。それとも……何者かに、そそのかされたか」
御堂は、悠然と、居並ぶ公卿たちを見回した。
「皆々、聞かれよ。……この氷室の若造は、近ごろ、あらぬ噂を立て、公儀に仇なす企みを巡らせ……お尋ね者となっておった者。それが、逆恨みか、乱心か。かかる狼藉に及んだ。……その掲げる書付とやらも、どうせ己でこしらえた偽物でござろう」
言いくるめられていく。御堂の言葉は、滑らかで、淀みがなく。公卿たちの顔に、疑いの色が広がっていく。追われるお尋ね者の狂言。……そう片づけられれば、すべてが水泡に帰す。
「それに」御堂の細い眼が、ふと、わたしを捉えた。その口元に、酷薄な笑みが浮かぶ。「……その傍らの女子。氷室に輿入れした、琴宮の姫と聞くが。……はて、まことに、そうかな」
わたしの心の臓が、跳ねた。
「わしの耳には、妙な噂が届いておる。……琴宮の姫は、とうに身罷られ。氷室には、姫の顔に似た、卑しき女が、身代わりに据えられておる、とな」
どよめきが、いっそう大きくなった。
「偽りの姫を立て、公儀を欺く。……それこそが、琴宮と氷室の、まことの大罪ではないか。かかる偽りを働く者どもの申し立てなど……一片の値打ちも、ござらぬ」
御堂は、わたしのいちばんの秘密を、この万座の前で、刃として抜いてみせた。
わたしが偽者だという、その一事で。密書も、訴えも、何もかも。「偽りを働く者どもの狂言」として、葬り去ろうとしている。
衆目が、今度は、わたしに注がれた。疑い。侮蔑。好奇。……無数の視線が、突き刺さる。
冴斗が、わたしを庇うように、一歩前に出ようとした。
だが。
わたしは、その袖を、そっと押さえた。
――ここは、わたしが。
二十年、俯いて生きてきたわたしが。いま、名もなき下働きの娘が、己の声で世に抗う、と誓った。ならば、この修羅場こそ。
わたしは、一歩、前へ進み出た。万座の視線を、一身に浴びながら。
そして、ゆっくりと、口を開いた。
(つづく)




