第三十九話 御前へ
節会の当日が、来た。
早瀬の手引きで、わたしたちは、下働きの装いで、御所の内へと忍び込んだ。膳を運ぶ下人。庭を掃く雑色。そうした末端の者に紛れれば、華やかな公卿たちは、誰もその顔を気に留めぬ。
皮肉なことだった。かつて下働きだったわたしが、いままた、下働きの装いで。だが今度は、姫君に化けるためではなく、まことを暴くために。
御所の奥。紫宸殿の大庭に、節会は催されていた。
簾の奥に、帝がおわす。その下に居並ぶ、綺羅、星のごとき公卿たち。雅楽の調べ。薫き染めた香。この世のものとも思えぬ、荘厳。
そして――その上座近く。ひときわ豪奢な装束を纏い、悠然と構える、初老の男がいた。
あれが、御堂の内府。
初めて見るその顔は、穏やかで、品があり、とても二十年、闇を操り、幾人もの命を奪ってきた男とは思えなかった。……だが、その細い眼の奥に、ぞっとするような冷たさが澱んでいるのを、わたしの読む眼は見逃さなかった。
わたしたちは、末席の庭の隅に控え、機をうかがった。密書を突きつける、その一瞬を。
と。冴斗が、ふいにわたしの袖を引いた。
「……見ろ。あそこだ」
冴斗の視線の先。御堂の側近くに、頭巾こそ被っていないが、見覚えのある佇まいの男が控えていた。早瀬が囁いた。「……頭領だ」と。
柏木の頭領。同胞を欺き、御堂に飼われた、二重の裏切り者。それがいま、御堂の腹心として、この晴れの場に侍っている。
もし。あの頭領に、わたしたちの顔を見咎められれば。
その危惧は、的中した。
膳を運ぶために庭を横切った、その拍子に。頭領の鋭い視線が、わたしの顔を捉えた。
男の眉が、ぴくり、と動いた。この顔を、知っている。玲の――否、御堂が始末しようとした、あの影法師の顔を。
頭領が、そっと近習を呼び、何事かを囁く。近習が頷き、足早に去っていく。
――気づかれた。
わたしの背に、冷たい汗が伝った。じきに捕り方が来る。悠長に機をうかがっている暇は、もうない。
「……冴斗さま」わたしは、押し殺した声で言った。「もう、待てませぬ。……いま、しか」
冴斗が頷いた。その眼に、覚悟の光が宿る。
「……ゆくぞ」
わたしたちは、下人の装いをかなぐり捨て、万座の只中へ、まっすぐに歩み出た。
雅楽が、ふと乱れ、止んだ。
華やかな公卿たちの視線が、一斉に、場違いな闖入者に注がれる。ざわめきが、さざ波のように広がっていく。
そして。上座の御堂の細い眼が、すっと、こちらを向いた。
冴斗が、凛とした声を張り上げた。
「――恐れながら、帝に、申し上げたき儀が、ござります!」
万座が、水を打ったように静まり返った。
二十年の闇に決着をつける戦いが、いま、始まった。
(つづく)




