第三十三話 小夜
柏木の生き残りを探し当てるのは、容易ではなかった。
滅ぼされた家の縁者は、累が及ぶのを恐れ、名を変え、身を隠して生きている。榊が数日、都の裏を探り、ようやく一人の老女の噂を掴んだ。
洛外の外れ。鴨川のほとりの粗末な庵に、ひっそりと暮らす、老いた女。かつて柏木の家に縁のあった者だという。
わたしと冴斗は、供を遠ざけ、二人だけでその庵を訪ねた。
庵の戸を叩くと、中から、腰の曲がった白髪の老女が現れた。落ちくぼんだ目が、警戒の色を湛えて、わたしたちを見る。
だが、その目が、わたしの顔を捉えた瞬間。
老女の顔が、恐怖に引きつった。
「……琴宮」老女は後ずさり、震える声で言った。「琴宮の娘……! なぜ、そのような者が、ここに……! 帰れ、帰っておくれ! わしらから、まだ奪い足りぬ、というのか……!」
琴宮の、娘。老女は、わたしの顔に、憎き琴宮の面影を見たのだ。玲さまと同じ――先代と同じ、血の顔を。
わたしは、胸を衝かれた。この人にとって、わたしの顔は、一族を滅ぼした仇の顔なのだ。
「……お待ちください」わたしは必死に言った。「わたしは、あなた方に害をなす者ではありませぬ。ただ、真実を知りたくて……」
だが老女は、聞く耳を持たなかった。戸を閉めようとする。
その時。わたしは、とっさに言っていた。
「わたしの母は……! わたしの母も、素性の知れぬ女で……! 琴宮に連れてこられ……わたしを産んで、消えた、と……! もしや、と……もしや、柏木に縁があるのでは、と……!」
老女の手が、止まった。
ゆっくりと振り返った、その落ちくぼんだ目が。今度は憎しみではなく――別の何かで、わたしの顔を、食い入るように見つめ始めた。
「……お前。齢は、いくつじゃ」
「……十六に、なります」
「……名は」
「千代、と」
老女の唇が、わなないた。皺だらけの手が伸びて、わたしの頬に触れる。震える指で、まるで遠い面影をなぞるように。
「この目元……口元……。琴宮の顔じゃ。じゃが……この面差しの奥に……。ああ……ああ、間違いない……」
老女の落ちくぼんだ目から、涙があふれ出した。
「……小夜。わしの、小夜の面影が……ある……」
小夜。
「……あの御方は」わたしは、震えながら問うた。「小夜、という御方は」
「わしの娘じゃ」老女は泣き崩れた。「柏木の娘。……二十年前。家が潰され、一族がなで斬りにされた、あの日。まだ十六だったあの子は……琴宮の先代に……戦利品のように、連れ去られ……!」
わたしの全身が、凍りついた。
「以来、わしは、あの子に二度と会えなんだ。生きているのか、死んだのかもわからぬまま……。じゃが、風の噂に聞いた。あの子が……琴宮で、子を産んだ、と。……その子が」
老女は、涙に濡れた目でわたしを見た。
「……お前、なのか。千代。……わしの、孫、なのか」
わたしは、言葉を失って、その場に崩れ落ちそうになった。
母の名は、小夜。柏木の娘。一族を滅ぼされ、その仇である先代に連れ去られ――わたしを産んだ。
わたしは、加害者の血と、被害者の血を併せ持つ、と思っていた。だが、それは生ぬるい言い方だった。
わたしは。一族を皆殺しにした男が、生き残ったその家の娘を、力ずくで我が物にし、産ませた――憎しみと蹂躙の果てに生まれた子、だったのだ。
「この子は、罪の証」――母がそう呟いた意味が、いま、痛いほどわかった。わたしはまさに、先代の罪そのものの証。生きた証拠、だったのだ。
わたしが呆然としているあいだ、冴斗が、静かに老女に問うた。
「……ご老女。一つ、お尋ねしたい。二十年前、柏木を陥れたのは、先代の琴宮だけではないはず。都に、その後ろ盾がいた。……あなたは、その者が誰か、ご存じないか」
老女の、涙に濡れた顔が、ふいにこわばった。そして、怯えたように周囲を見回し、声を潜めた。
「……知っている。忘れるものか」老女の声が、憎悪に震えた。「琴宮の先代に知恵をつけ、柏木を陥れる絵図を描いた、都の御方。あのお方こそが……まことの黒幕じゃ」
わたしと冴斗は、息を詰めた。
黒幕の名が、いま、明かされる。
老女が、その名を口にしようとした、その刹那。
庵の外で、夜鳥がけたたましく鳴いて、飛び立った。
冴斗の顔色が、変わった。
「……囲まれた」
(つづく)




