↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの令嬢 ~下働きの娘は、消えた姫君に成り代わり冷徹な婚約者を欺き続ける~  作者: 智珠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/47

第三十話 罪の証

 その夜。わたしは、志乃の局を訪ねた。


 志乃は、繕い物の手を止め、わたしを迎えた。この老女は、輿入れのあの朝から、ずっとわたしを支え、作法を仕込み、露見のたびに尻拭いをしてくれた。厳しくも情の深い、たった一人の味方。


 だが、この人は、ずっと何かを、わたしに隠している。


 わたしは、志乃の前に座り、まっすぐにその目を見た。


「志乃。……教えてください」わたしは言った。「わたしは、なぜ玲さまと、瓜二つなのですか」


 志乃の、針を持つ手が、ぴたりと止まった。


 その顔から、みるみる血の気が引いていく。あの、輿入れの朝、初めてわたしの顔を見たときと、同じ表情だった。


「……なにゆえ、いま、そのようなことを」


「ずっと、目を背けてきました。恐ろしくて」わたしは続けた。「なれど、もう逃げませぬ。志乃。あなたは、知っているのでしょう。……初めてわたしの顔を見たとき、あなたは言いました。『仏さまは、まだこの家を』と。……あれは、どういう意味だったのですか」


 志乃は、長いこと俯いていた。皺だらけの手が、膝の上で固く握りしめられている。


 やがて。絞り出すように、老女は口を開いた。


「……あなたは。琴宮の血を、引いておいでです」


 わたしの、息が止まった。


「まことの玲さまの……お父上。先代のお殿さまが」志乃の声は、震えていた。「その、お手がついた……下働きの女がおりました。二十年近く前のこと。……その女が産んだ、娘。それが」


 志乃は、顔を上げ、涙の滲んだ目でわたしを見た。


「……あなた、なのです。千代さま」


 わたしは、言葉を失った。


 琴宮の、先代の、娘。玲さまの――異母妹。


 顔が同じなのも、当然だった。同じ父の血を、引いているのだから。


「お屋形さま――影虎さまも、ご存じないことです」志乃は続けた。「先代は、その女のことも、生まれた娘のことも、固く隠された。女は、娘を産むと、ほどなく……屋敷から姿を消しました。あなたは、身寄りのない拾い子として下働きにまぎれ込まされ……。真実を知るのは、この志乃だけ」


「……母は」わたしは、掠れた声で問うた。「わたしの、母は。どこの、誰だったのですか」


 志乃の顔が、曇った。


「それは……わたくしにも、わかりませぬ」志乃は首を振った。「どこからか連れてこられた女、としか。素性は、誰も知りませなんだ。ただ……」


 志乃は、そこで言い淀んだ。


「ただ?」


「……あの女は、時折、人目を忍んで泣いておりました。まるで、深い恨みと悲しみを抱えているかのように。そして一度……幼いあなたを抱いて、こう呟いたのを、聞いたことがあります。『この子は、罪の証。……いつか、この家を』と。そこまで言って、口をつぐみました」


 この家を。……いつか、この家を。


 わたしの背筋が、冷えた。母は、琴宮に恨みを抱いていた。連れてこられた、素性の知れぬ女。深い悲しみと、恨み。……そして、この時期。二十年ほど前、といえば。


 柏木が滅ぼされた――あの頃と、重なる。


 まさか。わたしの母は――


 考えかけて、わたしは、ぞっとした。だが、志乃は、それ以上は知らぬと、首を振るばかりだった。


 わたしは、局を出て。廊下の闇の中で、しばらく動けずにいた。


 わたしは、琴宮の先代の娘。玲さまの妹。……そして、罪ある、あの家の血を引く者。


 わたしが暴こうとしている、密書の罪。柏木を陥れ、滅ぼした先代の罪。その罪を犯した男が――わたしの、父だった。


 わたしは、被害者ではなかったのだ。少なくとも、半分は。加害者の血を、引いている。


 そして、母は。琴宮に恨みを抱いていた。素性の知れぬ女。あの時期に。……もし母が、柏木に縁のある者だったら。


 わたしは、加害者の血と、被害者の血と、その両方を。この身に引いているのかもしれなかった。


 わたしは、いったい。何者なのだろう。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。