第三十話 罪の証
その夜。わたしは、志乃の局を訪ねた。
志乃は、繕い物の手を止め、わたしを迎えた。この老女は、輿入れのあの朝から、ずっとわたしを支え、作法を仕込み、露見のたびに尻拭いをしてくれた。厳しくも情の深い、たった一人の味方。
だが、この人は、ずっと何かを、わたしに隠している。
わたしは、志乃の前に座り、まっすぐにその目を見た。
「志乃。……教えてください」わたしは言った。「わたしは、なぜ玲さまと、瓜二つなのですか」
志乃の、針を持つ手が、ぴたりと止まった。
その顔から、みるみる血の気が引いていく。あの、輿入れの朝、初めてわたしの顔を見たときと、同じ表情だった。
「……なにゆえ、いま、そのようなことを」
「ずっと、目を背けてきました。恐ろしくて」わたしは続けた。「なれど、もう逃げませぬ。志乃。あなたは、知っているのでしょう。……初めてわたしの顔を見たとき、あなたは言いました。『仏さまは、まだこの家を』と。……あれは、どういう意味だったのですか」
志乃は、長いこと俯いていた。皺だらけの手が、膝の上で固く握りしめられている。
やがて。絞り出すように、老女は口を開いた。
「……あなたは。琴宮の血を、引いておいでです」
わたしの、息が止まった。
「まことの玲さまの……お父上。先代のお殿さまが」志乃の声は、震えていた。「その、お手がついた……下働きの女がおりました。二十年近く前のこと。……その女が産んだ、娘。それが」
志乃は、顔を上げ、涙の滲んだ目でわたしを見た。
「……あなた、なのです。千代さま」
わたしは、言葉を失った。
琴宮の、先代の、娘。玲さまの――異母妹。
顔が同じなのも、当然だった。同じ父の血を、引いているのだから。
「お屋形さま――影虎さまも、ご存じないことです」志乃は続けた。「先代は、その女のことも、生まれた娘のことも、固く隠された。女は、娘を産むと、ほどなく……屋敷から姿を消しました。あなたは、身寄りのない拾い子として下働きにまぎれ込まされ……。真実を知るのは、この志乃だけ」
「……母は」わたしは、掠れた声で問うた。「わたしの、母は。どこの、誰だったのですか」
志乃の顔が、曇った。
「それは……わたくしにも、わかりませぬ」志乃は首を振った。「どこからか連れてこられた女、としか。素性は、誰も知りませなんだ。ただ……」
志乃は、そこで言い淀んだ。
「ただ?」
「……あの女は、時折、人目を忍んで泣いておりました。まるで、深い恨みと悲しみを抱えているかのように。そして一度……幼いあなたを抱いて、こう呟いたのを、聞いたことがあります。『この子は、罪の証。……いつか、この家を』と。そこまで言って、口をつぐみました」
この家を。……いつか、この家を。
わたしの背筋が、冷えた。母は、琴宮に恨みを抱いていた。連れてこられた、素性の知れぬ女。深い悲しみと、恨み。……そして、この時期。二十年ほど前、といえば。
柏木が滅ぼされた――あの頃と、重なる。
まさか。わたしの母は――
考えかけて、わたしは、ぞっとした。だが、志乃は、それ以上は知らぬと、首を振るばかりだった。
わたしは、局を出て。廊下の闇の中で、しばらく動けずにいた。
わたしは、琴宮の先代の娘。玲さまの妹。……そして、罪ある、あの家の血を引く者。
わたしが暴こうとしている、密書の罪。柏木を陥れ、滅ぼした先代の罪。その罪を犯した男が――わたしの、父だった。
わたしは、被害者ではなかったのだ。少なくとも、半分は。加害者の血を、引いている。
そして、母は。琴宮に恨みを抱いていた。素性の知れぬ女。あの時期に。……もし母が、柏木に縁のある者だったら。
わたしは、加害者の血と、被害者の血と、その両方を。この身に引いているのかもしれなかった。
わたしは、いったい。何者なのだろう。
(つづく)




